第7話 赤毛の傭将〈下〉


「おらぁッ!」


 目つきの鋭い盗賊が、刃の欠けた長剣を振り下ろす。力に任せた、上方からの斜め斬り。憤撃とも呼ばれる初歩的な技である。切っ先を向けられた青年は難なくその軌道を読み切って、自らが持つ大剣ツヴァイヘンダー鍔迫り合いバインドさせる。火花が散り、それからしばらく競り合う。すると突然、青年は大剣に入れていた力をふっと逃がした。力尽きたか、と油断した盗賊はそのまま押し切ろうと剣を握る手にますます力を入れる。

 しかし。そうしたが最後。青年は大剣を鍔迫っていた反対側に持っていき、流れるような動きで左足で斜めに踏み込みながら盗賊の頭部を捉えた。一瞬のことである。


「な……ッ」


 五フース(約一・五メートル)の大剣など、個人戦で容易に扱えるものでは無い。すぐに隙を見せるはずだ。数秒前にはそう思っていたであろう盗賊の頭蓋が、文字通りに粉砕される。禿かかった天頂から赤みがかった何かが露出したかと思うと、ぶにょっとした固形物とどろどろとした液体を撒き散らしながら、盗賊は地に倒れた。

 あまりにも規格外で、理不尽なる一撃。その斬撃を繰り出した赤毛の青年は、ざっとこんなもんよと言わんばかりに大剣を軽々しく振り回しながら、満足げに目を細めた。動きが一瞬だけ静止する。だが、戦っていたのはこの二人だけではない。

 背後に詰め寄った別の盗賊が半剣を持って、青年を突き刺さんと迫った。


「よそ見してんじゃねぇよ、ジグムント!」


 そこに颯爽と現れるは茶髪の少年。身長は五フースにも満たないぐらいの小柄で、しかし逆手で巧みに操られた二丁のダガーは半剣を吹き飛ばし、振り戻す動作で盗賊の腕を突き刺して横一文字に斬り刻む。一切の躊躇なく前腕を挽き肉にされた盗賊はとどめに少年の蹴りをお見舞いされる。本来ダガーは片手で一丁だけ扱い、もう片方の手は防御用に使うというのに、この少年は全てを攻撃の為に注いでいるのだ。

 小柄であるからこそ、相手の懐に入っての素早い攻撃。

 傭兵であるからこそ、情けなど微塵も無い疾風怒濤の攻撃。


「おう、すまねぇ。ちょっと考え事をな」


「はぁ!? 今の状況分かってんのか、さんよ!」


 背中を互いに預け合いながら、青年ジグムントと少年ゲルトは会話を織り成す。周囲には十人、いや二十人を超える盗賊がいるというのに、彼らはいつもと変わらない応酬を続けるのだ。それと同時に、青年はこれまでの経緯を軽く思い返す。

 最初に入った家から早速、盗賊が隠れていて彼らと応戦することになった。しかしその騒ぎを聞きつけた他の盗賊共が集まってきたので、住居を包囲される前に外へ出た。それからは逃げながら戦い続け、今や袋小路まで追い詰められてしまったというわけだ。いや、逆に追い詰められて良かったのかもしれない。

 袋小路なら四方ではなく、三方を二人で補い合いながら、一人ずつ斬り伏せれば済む。とはいえいつまでも維持できる状況でないことは分かっている。三方から押し切るのが無理ならば、単純明快。回り込んで四方向目を作り出せば良い。盗賊の側にはそれを実行できるだけの人数がいるし、増援を呼ぶことだってできるだろう。


「ははっ、ちょっと調子に乗りすぎたか。あの家で派手に殺しちまったからなぁ」


「全くだ。あんな物音立てりゃ、昼眠る夜盗も起きちまうぜ! 後先考えない奴!」


 わざとか天然か、相手の調子を狂わせるようなことばかり言いながら大剣を振るうジグムントと。それに対して悪態を付きながらも、盗賊の身体にダガーを突き立てることは止めないゲルト。相性が良いんだか悪いんだか、と二人して思う。


「けど、やべぇぞ……。どうにかしてここを切り抜けねぇと」


「……策はある。とりあえず耐え凌げ」


 冗談めいた会話は自然と断ち切られ、声音を低くした二人は直接伝え合うことも要せずに両者間の距離を開く。耐え凌ぐ、その言葉の響きとは全く逆の行動。

 背中を預け合っていた二人が一歩二歩と前進し、じりじりと目の前にいる盗賊共を小路の脇へと追い詰める。しかしそれによって空いた彼らの背中を、盗賊共が見過ごすはずもない。これは好機とばかりに一人二人と飛び出していく盗賊たちを見て、後方から彼らを統率しているらしい屈強な男が何かを予感したように叫ぶ。


「ッ……待て! 奴ら何か企ん……」


「—―――おせーよ、バーカ」


 ジグムントとゲルトの間に二人の盗賊が入り込み、手に持ったナイフで攻めかける。しかしジグムントは一切恐怖の色を見せず、意味深に呟く。

 かと思えば即座に、右足を強く踏み込んで腰を落とし。

 ぐわん、と体ごと勢い良く大剣を半月状に回転させた。もはや斬る為ではない。

 鈍器を人間という肉の塊に押し付け、正真正銘の肉塊に変える為の回転斬り。

 青年の目の前にいた盗賊も、背後にいた二人の盗賊も、剣による防御など何の意味もなさず、成す術なく振り飛ばされ、地にくずおれる。ゲルトも眼前で放心状態になっていた盗賊の頸にダガーを突き刺して、再び青年との距離を戻す。

 一瞬で四人を葬り去った二人の傭兵の様子に、盗賊たちが浮足立つ。

 耐え凌ぐというと、二人で背中をぴったり離れないようにして、相手の攻撃をいなし続けることばかり考える。しかしそれではジリ貧だとゲルトも分かっていた。

 数的劣勢の中で、ほんの少しでも長く耐え凌ぐなら。

 一時的にでも、相手に数的優勢を忘れさせる衝撃を与えてやれば良い。

 理不尽な一撃を、相手を誘い込んだ状態で、ここぞという時に放つのだ。

 生き残る為には、攻め続けなくてはならない。それが彼ら傭兵の流儀だった。


「クソ、増援を呼んで来い! こいつらを逃がしたとに伝われば……」


 近くの部下に声を荒げる盗賊共の頭目は、どうも焦っているようだった。彼の浅黒い肌に浮かぶ玉の汗は焦燥と、恐怖さえも包含しているようだった。しかし彼は二十、いやそれ以上の数の盗賊を束ねる大頭目だ。この小さな街区で、他に何を恐れることがあるのだろうか。それはともかくとして。

 増援さえ呼べば、数で押し切れば、何とかなる。

 そんな彼の甘い推測は、袋小路の入り口の方から聞こえる声に掻き消された。


「誰だか知らぬが、助けに参ったぞ!」

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