第1話 後編

「失礼。」

 フォスはヒトの形をした残骸の、手首の関節より少し下の位置に優しく指を落とす。

「これは興味深い。意識はないようだが、未だ生に縋り付いている。」

「近頃はこの手の犠牲者が増えてきています。聞けば、他国の街々でも同じようなことが起きていると。」

「住民にはなんと説明を?」

「分かりやすく、災いの類であると。医術的な解明はされていない以上、そう説明する他にありません。」

 災い。禍。伝承曰く、それらは風の噂のように流れ広がり、時には国に蝕み、色濃く蔓延る星の呪いであると言われている。飢饉、病、摂理に応じた神々の余興。ヒトはその最悪の結果を仕方のないことと受け入れる。ヒトにとって災禍とは、一種の裁定、試練のようなものらしい。

「それで住民の不安や焦燥が緩和できるのなら、一時的措置としては妥当なところだ。しかし、あらぬ誤解は暴走の火種になりかねない。一刻も早く解決すべきだろう。」

「フォシウス殿はこの災いに心当たりがおありで?」

「確証はない。だから、それを今から確かめに行く。」

 神妙な顔でそう答える。私はもちろん思い当たる節は皆無だが、フォスには何か引っかかる部分があったのだろう。

「お待ちください、せめて我々に何か手助けをさせてほしい。この街で起きていることを導師に任せて、何一つ関与しないことは私自身が許せない。」

「伯爵が手を出しても、この件の有効打になりえることは万が一にもない。が、一つだけ頼みはある。街の中心にそびえ立つ神殿らしき建物。あそこは本来ヒトが立ち入らぬ様、伯爵や聖職者たちに管理されていると聞いた。そこで、私の立ち入りを許可してほしい。」

「あそこに、今回の件との何か関わりがあるのですか?」

「先ほども言ったが、確証はない。だが、看過することはできない。故に、立ち入りを許可して貰いたい。」

「…分かりました。ですが、中で見たものを郊外へ漏らすのは、例えフォシウス殿であっても許すことはできません。そこはご容赦ください。」

 フォスは頷くと私に付いて来いと小声でそう呟き、その部屋をあとにしようと出口に差し掛かる。振り向きざま、伯爵に視線を合わせるとフォスは最後に言葉を残した。

「明日にはまた戻る。次の会合はそのとき、この場所でお願いしよう。」


 館を出て、神殿らしき場所へと向かう。未だ外の空気は活気があるとは到底言えず、人通りも少ない。昨日、私は一度この場所へと足を運んでいる。朝陽によって浮き彫りにされた装飾は、一層貫禄を感じさせた。

「少し緊張しますね。」

 石レンガで積まれた階段を登りきると、施錠され、立ち入りが困難になった入り口を見つける。先ほど、館を出る際に伯爵から借り受けた鍵を使いその錠を外すと、中へと繋がる通路が開ける。そこには外見上、荘厳な雰囲気を纏っていた神殿とは違い、洞穴が見えただけであった。

「この大きな洞穴に用があるのですか?」

「奥にまで進まないことには何も分からない。」

 洞穴の入り口の高さはおよそ私二人分ほど。洞口部には日の光が差し込んでいるものの奥は既に暗く、まるで別世界のような空気がひしひしと伝わってくる。

「テルはここにいなさい。お前の役目は、この洞穴にヒトを寄せ付けぬことだ。何者であれ、私が帰ってくるまでは一人たりとも通してはならない。分かったな。」

「はい、分かりました。」

 そう言うとフォスは一人でその暗闇へと溶け込んでいく。途中、火の光が灯されたが、その微かな灯火もつかの間に闇に飲み込まれていた。私は洞口付近の岩壁に腰を下ろし、帰りを待つことにした。


 暗く、暗く、深く、深く。路は狭いが、確かにヒトが関与したと思われる残りは目に見えて取れた。所々の壁に彩色が施されており、何よりも動物の骨が散布している。気になる点は他にもあるが、一つ一つ観察していてはキリがない。わたしは足を止めることなく、路の続く方へと進んでいく。

「ここはやはり、埋葬地か。土壙墓とは、また旧い時代のものが廃れず残っているものだ。ヒト眼につかぬ故に荒らされることなく残留していたといったところか。」

 壁との間合いが大きく開けたことを灯火が示唆した。そこは路よりも広い空間で、左右だけでなく、上下にも広い。足元には平らに削られた大きな石が寝かせるように置いてあり、おそらくこの下に遺体が埋葬されているのだろう。灯火で壁を照らすと、当時の宗教観が表された壁画が余すところなく描かれている。しかし、そんな派手な壁面とは裏腹に、周囲の情景は常識を逸脱しているかのように、真っ黒に染まっていた。

「運が良いのか悪いのか、私の予感は当たっていたらしい。」

 インクが溢れ出るように、最奥の壁からは真っ黒な何かが巣食っている。それは高く、扉のような型をしておりこの空間に馴染んでいた。

『ハザマ』。この現象の名称である。生成過程は不明。知見のあるものもごく僅か。故に未だ謎に包まれた現象及び空間である。

「ハザマが開いているということは、祖父の記した現象と同じだ。あの衰弱したヒトの残骸も、おそらくはこの影響だろう。」

 ハザマは在るだけで有害になりえるものであり、有害を産み出すものでもある。その有害は『シト』と呼ばれており、底の見えない黒をヒトのカタチに模ったような外見をしている。シトは魂を求め彷徨う習性を持ち、魂を喰われたヒトは館で見えたように植物状態にまで衰弱する。

 私はハザマより産まれ出ようとしているシトらに対して杖を構え、詠唱を口にする。

「穢土より生まれし寂滅のシトよ、ヒト世の柵より、正覚の輪へと、汝、世の内なる救済の光を受けよ。」

 杖の先端から純度の高い光が収束していく。染み付いた不純を例外なく溶かす様に、その光は浩々と輝きを放出させ、シトは白い波へと飲み込まれる。ハザマも徐々にその侵食を停滞させ、遂にはその空間丸ごと溢れる光に溺れていった。

 後に残ったのは、異常性が潰えた埋葬地のみ。深く根付いた闇は、光によって芯まで滅失した。


〈あとがき〉

 読んでくれてありがとうございます。

 更新が大変遅れてすいません(そもそも読んでくれている人が少なすぎる件について)。

 もしこの話を読んでくれた方がいれば、友だちに勧めておいてください。

 前回も書いた気がしますが、急ぎということもあり文章がお粗末になっています。もし誤字脱字、訂正してほしいところがあれば感想を書いてください。

 次の更新はいつですかね。

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ウィウレの頭蓋 のりもり @orinpos172

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