最終話「今ある全てで」

 世界に平和が訪れた。

 あらゆる国の調査期間が、ふちと呼ばれる異世界への穴が消滅したことを確認したのだ。これにより、もう深界獣しんかいじゅうは襲ってこない。

 わずかに地上に残った深界獣が駆逐されるのも、時間の問題だった。

 そして、新たな未来に向かう人々は忘れてゆく。

 極東の島国で、世界を守って戦った少女のことを。

 だが、猛疾尊タケハヤミコトは決して忘れない。

 一生忘れないし、一瞬たりとも忘れられない。


「あ、え、お……おおう。忘れちゃった。どうするんだっけか、みこっちゃん」

「アホか、何度目だ! ったく、要領悪いな、お前」


 今日も今日とて、閃桜警備保障せんおうけいびほしょうの八王子支社は忙しい。まだまだ国内には、こちら側に来た深界獣が多く存在している。その全てを駆除するまで、本当の平和は訪れない。

 格納庫でケイジに固定された"羽々斬ハバキリ"のコクピットで、尊は溜息ためいきこぼした。

 そんな彼を、シートに座る宮園華花ミヤゾノハナカがぎこちない笑みで見上げてくる。


「何度も教えたろ、手順を400番台からやり直せ。シミュレーターを一度リセットするぞ」

「うう、スパルタ……もっと優しく教えてくれてもいいじゃん。……わたしの、彼氏? だし?」

「おい待て、なんで疑問形なんだ」

「いやあ……でも、恋人なんだよね?」

「おっ、おお、おう……そりゃ、お前……はっ、恥ずかしいから言わせんなよ!」


 華花は、高校を卒業したら閃桜に就職すると言い出した。それも、深界獣対策室でのパイロット志望だという。

 勿論もちろん、尊は止めた。

 もう華花は、戦わなくてもいいのだ。

 その身体にはまだ、神の奇跡が宿っている。しかし、淵を完全に破壊して封じたあの日から、彼女は一度も変身していない。

 その必要がもうないからだ。

 そして、二度と変身させない。

 華花が守り抜いた地球を、今度は尊たち一人一人の人間が守ってゆくのだ。


「……ラピュセーラーって、なんだったんだ? なあ、華花。お前、なにか聞いてないのか?」

「あ、それ? んと、聖オオエド教会の人たちは、奇跡の力だって言ってたよ?」

「そんだけかぁ? じゃあ、なんでタケルじゃなくてお前なんだ」

「……わたしが死にそうだった、からかなあ」


 華花の両親は、ブロークンエイジで押し寄せた深界獣に殺された。華花もまた、両親の死を突きつけられたまま、瀕死の怪我で終わりを受け入れるしかなかったのだ。

 そんな中、謎の光が彼女に宿った。

 どうやら神は、用意されたうつわではなく、救うべき子羊を選んだようだ。

 それがしゅの導きと加護なのか、祝福なのかはわからない。

 だが、常識では考えられない再生力で、華花は生き返った。

 そして、しばらくは普通の女の子の日々が続いたが……激しさを増す深界獣の驚異に、とうとう彼女の中の救世主が覚醒したのだった。


「多分ね、みこっちゃん。瀕死のわたしを助けるために、ラピュセーラーは力を使い切っちゃったんだと思う。それで、あれから何年もの間ずっと眠ってて、突然目覚めた」

「なるほど、な。ラピュセーラーとは話せないのか?」

「ラピュセーラーはあくまで力、エネルギーでしかないから……だから、わたしが器になって形を与えることで、初めて正義の味方になれるんだよっ」


 だが、もうその必要はない。

 これからは華花は、普通の女子高生として過ごせばいいのだ。勿論、これからも護衛を続けるので、尊はすぐ側にいる。そのために女装もやむなしだ。

 華花は見ててもどかしくなるどんくささで、シミュレーターを再開させた。


「そいえばさ、みこっちゃん。こないだのテレビ見た? あの記者さん、えっと……狭間光一ハザマコウイチさん。討論番組に出てたよね」

「ああ……父さんの真実を話して、全てが濡れ衣だったって説明してくれてる」

「あの人も、大事な、大切な人を失ったって」

「だからこそ、なのかもな。戻ってこない人のために、今いる人を救えたら……そう思ったんじゃないかな。俺は感謝してる。俺も一歩間違えれば、以前の狭間さんみたいに暴走してたかもしれない。――っと、ストップ! 終わりだ、華花。お前、撃墜されたぞ」

「えっ? ……やっちゃった?」

「盛大にな」


 悪びれずに笑う華花を見て、尊は肩をすくめるほかない。

 うららかな午後の時間が、ゆっくりと流れてゆく。

 今日は出動もなさそうで、整備員たちの仕事ぶりもこころなしかのんびりとしていた。

 だが、それもこの瞬間までだった。

 突然、けたたましいサイレンと共に館内放送が響き渡る。


『東京湾にて謎の巨大生物出現! 深界獣の可能性があります! 深界獣対策室、出動願います! 繰り返しかえします――』


 あっという間に、誰もがいつもの緊張感を取り戻す。

 尊も直ぐに、華花をシートに固定するハーネスを外してやった。彼女と入れ替わりに座って、キャットウォークの方へと恋人を見送る。

 直ぐに実戦モードで起動すれば、ガスタービンの心地よい振動が唸り出した。


「ねえ、みこっちゃん! みこっちゃんは……あの新型には乗らないの?」

「ん? ああ、俺はいい。こいつでいい……こいつがいいんだ」


 見れば、十束流司トツカリュウジやルキア・ミナカタ、そして押しかけ隊員のタケルが自分の機体へと走っている。3機あった"羽々斬"は共食い整備で失われたため、先週納入された"草薙クサナギ"を三人はカスタムして使っている。

 最新鋭機に乗ることで皆、普段のパイロット技術を以前の何倍も発揮していた。

 当然、尊にも乗り換えの話があったのだが、断った。

 "羽々斬"には、いざとなればアビスドライブ搭載の"天羽々斬アメノハバキリ"という切り札がある。そして、それを使わずに戦い抜くのが尊の目標だ。


「じゃあ、ちょっと行ってくる!」

「ほいきた! みこっちゃん、ガンバだよ! 美味しいご飯作って、待ってるからね!」

「お前の料理、なあ……ま、将来に期待しとくさ」

「えー、なんでぇ!? 照奈テリナさんからも料理習ってるし……料理は愛情! あと、だもん!」

「……それな、華花。すっげえ間違ってると思うぞ」


 苦笑しつつ、キャノピーを閉じてケイジの拘束具こうそくぐを解除する。

 舞い上がる風圧にスカートを抑えつつ、華花が最後まで見送ってくれた。その手が、握りこぶしに親指を立てて突き出される。

 同じサインを返して、尊は終わりの見え始めた戦いへと飛び出してゆくのだった。


「よし、システム・オールグリーン! "羽々斬"、出るぞっ!」


 すでに外には、運搬用のトレーラーが待機している。

 武装を確認しつつ、眩しい斜陽の光へと尊は機体を進める。仲間たちも一緒で、これからも戦いは続くだろう。しかし、それも永遠ではない。

 もう、深界獣が出てくる淵は永遠に閉ざされたのだ。

 同時に、あの恐ろしいアビスドライブを生み出す超エネルギーも、失われた。

 だが、そんなものに頼らずとも、人類は今あるもので豊かにやっていける。それを証明するためにも、尊はこれからも"羽々斬"で戦い続けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神装戦姫ラピュセーラー ながやん @nagamono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説