第32話「新たな時代の神話を奏でよ!」
大いなる海の奥底、そこは宇宙よりも遠い場所。
そして、宇宙以上に人類の常識が通用しない場所でもある。
今、
それに、ラピュセーラーが、
一人きりじゃないから、二人だから、なにも怖くない。
『ねえ、みこっちゃん。もうすぐ、えっと、
「ああ、このまま
『わたし思うんだけど、すっごい爆発になると思う。だから』
「自分だけで最後はやる、なんて言うよな? 一応、考えはある」
そう、サンプル零号が完全に息絶えれば、蓄積されたエネルギーは制御する
それは、12年前のブロークンエイジを引き起こした爆発とは桁違いだ。
12年前、尊の父親である
だが、失敗した。
結果として、爆発の刺激で淵は活性化し……淵より来るものを
それは今、
尊は機体をチェックし直し、さらなる深海へと向かった。
「それにしても……凄い。あの"羽々斬"が強化パーツと合体……鎧を着込んでデカくなっただけで、こうもパワーと防御力が。それに、この武装。これなら、いける!」
ガラス張りのコクピットは半壊状態だが、頭部にフルフェイスの
自分の思い描く手順を、脳裏に反芻する。
もう、サンプル零号の爆発まで時間がない。
通信機が懐かしい声を響かせたのは、そんな時だった。
『尊……私だ。お前はまだ、戦っているのか? もしそうだとしたら』
「父さん!? ……ああ、そうだよ。俺は戦ってる! 華花を助けて、ついでに華花と地球を救ってやる!」
『フッ……その声、その物言い。子供の頃から全く変わってないな』
「そういうあんたは変わってしまった……そう、思ってた。でも、違ったよ」
『違いはしないさ。人は変わる……よもや息子が、女装趣味に目覚めるとは。すまんな、母さん……私は』
「ちょっと待て! これは違う! 違うんだからな! ……まあ、多少は変わったかもしれないけどさ」
隣で一緒に荷物を掲げる、ラピュセーラーが笑う気配があった。
まさか、父親とこんなにも素直に話せる日が来るとは思わなかった。
だからつい、今までの
「父さん、さ……帰ったら会ってほしい奴がいるんだよ。父さんはとっくに知ってる……この世界で知らない奴はいないんだけどさ」
『ああ、わかってる。いつか、そういう日が来たらと思っていた。お前は私の息子で、私と母さんの大切な子供だ。そのお前が新しい家族を連れてきてくれる、こんなに嬉しいことはない』
「ちょ、ちょっと待てよ! ……まだ、そこまでは決めてないけどさ。でも、ちゃんと会ってほしいんだ。光の
そして、ついにマリアナ海溝の底が近付いてくる。
一度通信を切って、尊は緊張感を巡らせた。
「華花、あとは俺に任せてくれ。なに、このまま一緒に突っ込むとかしないからさ」
『う、うん……じゃあ、はい。重くない? みこっちゃん、ちっちゃいから』
「今の"天羽々斬"なら大丈夫だ。そして、これが二人で生きて帰る最善の策だ!」
ラピュセーラーが手を離して、ずしりとサンプル零号の重みが機体の全てにのしかかってくる。だが、"天羽々斬"はビクともしない。
そして、軽々とサンプル零号を持ち上げる両腕が、
周囲の海水を泡立てながら、そのまま尊は全力でサンプル零号を振り下ろした。
「ええと、叫ぶか? なんで……でも、叫ぶなら今だ! ――ダブルッ! ジェットォ! ブロオオオオオオオッ!」
いわゆるロケットパンチの凄いやつ、ジェットブロウが文字通り火を吹いた。
"天羽々斬"の両腕が、サンプル零号を掴んだまま底へと撃ち出された。その先に、尊は見る……まさに、闇。闇が凝縮されて
まさしく
悲劇の始まりをもたらし、さらなる悲劇を吐き続ける、あれが淵と呼ばれる穴だ。
両腕のパーツを切り離したことで、露出した"羽々斬"の手を水圧が襲う。
「よしっ、浮上するぞ華花! 爆発の衝撃が来る!」
『う、うんっ! って、みこっちゃん! ロボットの腕が!』
「あくまで、強いのは"天羽々斬"を構成する外装の強化パーツだけだからな。腕部を延長したパーツそのものが撃ち出されたから……くっ、思ったより水圧が強い!」
『ちょ、ちょっと待ってね。わたしがなんとかしてみるから』
暗黒に包まれた深海を、煌々と照らしてサンプル零号が爆発する。その
センサーが一時的に無効化されて、映像が途切れる。
だが、華花がラピュセーラーとして闇を見通す
『穴が……淵が、消えてく! やったよ、みこっちゃん!』
「よし、あとは浮上して帰還する! ……それで華花、お前のラピュセーラーは終わりだ」
『えっ?』
「もう、お前が苦しみながら救世主なんかしなくていいんだ。俺は……俺なら、かっ、かかか、彼女に! そんなこと、させない!」
『みこっちゃん……でも、わたし……!? ま、待って! 崩壊する淵の奥から……最後の深海獣が!』
即座にラピュセーラーは、再び深海へと向けて潜り始めた。
その先に、ようやく回復したセンサーが敵意を警告してくる。
それは、巨大な
全貌が
そう、まるで神話に登場する
「くそっ、待て華花! 機体の調子が……なんだよ、強くて無敵なのは"天羽々斬"だけで、その中の"羽々斬"が露出しちゃうと!」
先程、ジェットブロウを放って両の前腕部を失っている。それは、接続時に内包されていた"羽々斬"の腕部を露出させることになってしまった。世界初のギガント・アーマーである"羽々斬"の耐水性能は、お世辞にもいいとは言えない。
そこから水圧が襲ってきて、尊は"天羽々斬"の無敵の力が
アラートの赤い光に包まれる中で、ラピュセーラーは最後の深海獣と戦い始める。
それは、尊が一番望んでいなかった結末だった。
焦りに奥歯を噛む尊の耳には、再び父親の声が響く。
『尊! こちらで機体はモニターしている。今のままでは戦闘は不可能だ!』
「父さんっ! そんなこと言ったって、華花が!」
『今はラピュセーラーの力を……私たちがこの星に招いた、神の力を信じるんだ!』
「……嫌だ」
『尊! 話を――』
「いやっ、だあああああ! 俺は、もう! 華花に戦ってほしくない……たたの女の子でいてほしい、俺の隣にいて欲しいんだ!」
突如、異変が"天羽々斬"の機体を襲った。
文字通り両腕を失った全身から、再びあの炎が燃え盛る。深海の中にあって、眩い光を放って暗く燃え盛る。そして、奇跡が起きた。
"天羽々斬"の全身から吹き出る炎が、失われた両腕へと集う。
それはまるで、炎が
コクピットの内部に鳴り響く警告音が、一斉に静かになった。
そして、父親の声が驚きに凍ってゆく。
『馬鹿な……アビスドライブか! あの日……12年前、淵と呼ばれる異界の穴を爆破して、失われた超エネルギーの断片。誰にも渡すまいと、全てを拾って一つにまとめた……それがアビスドライブ! その力が、今!』
「うおおっ! 華花っ! 今行く、行ってやっつけてやる……お前を一人で、戦わせないっ! これから先、戦わせたりしないっ!」
深海の真空を、"天羽々斬"の咆吼が震わせる。
その手は、触れる全てを蒸発して消し飛ばす。黒き炎で形成された手と手が、周囲の海水を遮断し、巨大な気泡を作っていた。その中に守られた"天羽々斬"が、尊の操縦で再び深海へと降りてゆく。
あまりに強過ぎる熱量が、海の中に鬼神の吠え荒ぶ空を現出させていた。
そして、尊は荒ぶる鬼神と化した愛機の中で絶叫する。
「華花ああああああああっ! 待ってろ、今……今っ、助けてやる! 俺は誓った! 地球を守るお前を守るって!」
闇を切り裂く彗星のように、深海に空を広げて"天羽々斬"が急降下。その手が、触れた何かを握って身構えた。
それは、ラピュセーラーがポニーテイルを
その剣を大上段に振りかぶって、"天羽々斬"が雄々しく
炎で象られた両手が、救世主の刃を敵へと振り下ろした。
「そういえば……
両手の炎が、そのままラピュセイバーに宿って光となる。
迷わず尊は、這い出た最後の深海獣へと一撃を叩き付けた。
八つの頭に、ギラつく
おぞましい絶叫を張り上げ、あっという間に"天羽々斬"は八つの
夢中で戦う尊は、気付けば愛機の突然の覚醒を限界まで使い切っていた。
崩壊してゆく最後の深海獣が、海底へと小さく消えてゆく。
尊は、自分の愛機がラピュセーラーに抱き上げられたところで意識を失ってしまうのだった。
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