第8話

「ある雨の日です。私はクラスの連中に傘を壊されて途方に暮れていました。そこに相原さんが通りかかって、折りたたみ傘を貸してくれたんです」


雪乃は淡々と話し始めた。


「最初は、偽善者だとか、憐れみだとか、斜に構えたことを考えていました。私、すごくひねくれてて。そのときは髪が長かったのでもう覚えていなくても当たり前です」


雨の日、長い黒髪、折りたたみ傘。


「…っ、あの時のか!」


俺の記憶の片隅で、頰を染める女の子の姿が浮かんだ。

確か俺は、彼女が困っているからだけではなく、ちょっとした下心で折りたたみ傘を貸したのだ。


「覚えていて、くれたんですか」


彼女は折りたたみ傘を受け取ると、名前も言わないまま走り去ってしまい、傘は翌日下駄箱に入れられていたのだ。


「あの時は、お礼も言わずに逃げてしまってすみませんでした」


雪乃は頭を下げたまま言った。


「いや、突然先輩に話しかけられたら誰でもそうなるって。気にしなくていい、今更だけど」


雪乃は顔を上げて、


「私は、また相原さんに迷惑をかけてしまったんですね」


「あの時のも今のこれも、迷惑なんかじゃない」


俺はまっすぐ彼女の目を見て言った。

本心が伝わればいいと、思った。


「未来に飛ぶなんてなかなかできない経験だよ、それに時間は止まってるみたいだから気にならないし」


「…さっきのお願いを聞いていただけますか」


「土居雪乃を目覚めさせればいいんだろ?彼女はいまどこの病院にいる」


「この学校からいちばん近い、大学病院にいます。名前を言えば入れます」


自分で自分の居場所を教えるなんて変な話ですね、と雪乃は笑った。


「できれば今すぐ向かいたいけど、聞いておかないといけないことがある」


「何でしょう」


「土居雪乃が、自殺しようとした理由だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私とキミと、終末と。 各務ありす @crazy_silly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ