最終話 そして旅立ちへ

 次に目覚めた時、私が目にしたのはドラゴンの顔のドアップだった。


「うひゃあ!?」


 驚いて跳ね起きた拍子に、私の頭はドラゴンの鼻先に思いっきり頭突きをかましてしまう。それにドラゴンが痛がる……事はなく、寧ろ私の頭の方が痛かった。


「カナデ殿、目が覚められましたか!」


 その声に横を向くと、嬉しそうな――ウサギの顔だから表情はよく解んないけど、多分そうだと思う――顔をしたピーターが私を見た。訳が解らずキョトンとする私を、ドラゴンがまた大きく一舐めした。


「わっぷ……ちょっとヨダレまみれになるから! ステイ! ステイ!」


 もう既にドラゴンのヨダレでびっしょびしょなんだけどそう言うと、ドラゴンはよく解ってないのか首を小さく傾げただけだった。くっ……ちょっと可愛いのが悔しい!


「えっと……ピーター。私が気絶してからどうなったの?」


 再開された舌舐めを諦めて受け入れながら隣のピーターに聞くと、ピーターもどう説明していいのか解らないらしく困ったように眉間に皺を寄せた。それでも何とか語って貰った内容がこうだ。


 まず私が気絶して、ピーター達は真っ先に毒を疑った。噂では、毒の息を吐くドラゴンもいるという話だったからだ。

 けどそれにしては、倒れた私は血色も良く呼吸も穏やかだった。命には別状は無さそうだけどこのままドラゴンの側に私を置いておくのは危険、そう思ったピーターは私を運び出そうとした。

 けどピーターが私に触れようとすると、物凄い勢いでドラゴンが威嚇してきた。かと言ってそれ以上攻撃を仕掛けてくるでもなく、私に触れさえしなければドラゴンは大人しかった。

 ドラゴンを下手に刺激出来ず、私の事も放って置けず……。その結果、私が自主的に目覚めるのを待つ事になったのだと言う。


「……正直、ドラゴンが人間になつくなんて話は今までに聞いた事がありません。しかし、このドラゴンのあなたへの態度はそれしか説明の付けようが……」


 腕組みし、唸るように言うピーターに、私は自分の読みが当たったのだと確信した。その事に、思わず安堵の息が漏れる。


 賭けだった。あの時私が願ったのは、『どんな動物にも好かれたい』。もしもドラゴンもまた動物カテゴリーの中に入るなら、きっと私になついて攻撃を止める筈だと。

 その目論見は見事に当たり、こうしてドラゴンは私になついた。……まあ、私以外には変わらず凶暴みたいだけど。


「それで……我々は一体、どうすればいいのでしょう。このドラゴンを殺すにも、我々の武器でどこまで通用するか……」


 私を舐めまくって満足したのか、今度は顔をスリスリと擦り付け始めたドラゴンを見ながら、困り果てた様子でピーターが言う。……殺す……確かに皆の為にはそれが一番安全なんだろうけど、でも……。

 ドラゴンの方を、チラッと振り返る。ドラゴンは邪気なんてまるでないような澄んだ眼で、私を見つめていた。

 ……私は……。



「カナデ様……本当に行ってしまわれるのですね……」


 見送りに来てくれたメロディ姫が、涙を流しながら呟く。メロディ姫だけじゃない、女王様や他の皆も、皆一様に寂しげな顔をしていた。

 悩んだ末、私はこのクロと名付けたドラゴンと一緒に旅に出る事にした。お城での優雅な生活はとても魅力的だったけど、私以外にはなつかないクロを人里にこのまま置いておく事は出来そうになかった。

 根は凶暴なドラゴンだと言っても、私にはとてもなついて、甘えてくれている。そんなクロを、無下にはしたくなかった。


「女王様、皆、短い間だったけどお世話になりました」

「いいえ。気が変わったら、いつでも戻っていらっしゃいね。私達はあなたを歓迎します」

「カナデ殿……」


 女王様の傍らに立ったピーターが、何か言いたげに私を見る。私はその視線を振り切るように、クロに向き直った。


「それじゃあ行こう、クロ」


 声をかけられたクロが、嬉しそうに鳴く。私はクロの背にゴツゴツの鱗を伝ってよじ登り、しっかりと跨がった。


「皆、元気でね! クロ、飛んで!」


 私のかけ声と共に、クロが翼をはばたかせる。そしてその巨体は、ゆっくりと空へと舞い上がっていった。


「どこか、あんたと一緒に暮らせる場所が見つかるまで……頑張ろうね、クロ!」


 そう言った私に、クロはまた一つ、嬉しそうに鳴き返した。



 この後私は色々あった末に、『最強の竜使い』として魔王に挑む事になるんだけど――。

 それはまた、別の話だ。






fin

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異世界の住人達にモテモテ過ぎて困ります。 由希 @yukikairi

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