第4話 ドラゴンさんこんにちは

「ド……ドラゴンだあああああっ!」


 部屋の外から、そんな悲鳴が聞こえる。同時に響く、バタバタという複数の足音。

 え? 今何て? ドラゴン? え?


「カナデ殿!」


 私が困惑していると、部屋の扉を乱暴に開けてピーターが飛び込んできた。服装は軽装のままだけど、手には剣を持っている。


「ピーター、これ、どういう事!?」

「ドラゴンが攻めてきたのです! クソッ……魔王め、遂にこのトラッビ王国にまで手を伸ばしてきたか……!」

「ちちちちょっと待って! 魔王って!?」


 聞き捨てならない単語に思わず声を上げるけど、ピーターがそれに答えるより前に凄まじい咆哮が辺りに響き渡った。窓ガラスはその振動で弾け飛び、咄嗟に耳を塞いだにもかかわらず頭がクラクラするほどだ。


「……っう……」

「とにかく、早く城から避難しましょう。魔王の事については、道すがらお話し致します。早く!」


 この状況でなおも説明を聞く事を最優先するほど、私も馬鹿じゃなかった。私はピーターの手を借りて立ち上がると、ふらつく足を何とか動かし部屋を出たのだった。



「魔王は今から十年前、突然世界に現れました」


 城の外に向かって駆けながら、ピーターが言う。辺りはすっかりパニック状態で、騎士団の人達が必死で城の皆を誘導していた。


「魔王は無数の怪物を従え、既に幾つもの国が魔王により滅ぼされました。あのドラゴンは魔王の配下の中でも最強と言われ、その姿を見て生き延びた者は殆どいません」


 ち、ちょっと大事じゃないそれ! どうせ異世界転移するなら、もっと平和な世界が良かったんだけど!


「……安心して下さい、カナデ殿。あなただけは、私が命にかえてもお守りします。そして忘れないで下さい。ほんの僅かな間でも、あなたに恋をした一人の男がいた事を」


 え? それって……。私が聞き返そうとするより前に、ピーターの毛むくじゃらの手が私の手から離れた。

 いつの間にか城門の前まで来ていた私は、そのまま避難する人達に体を押し流されていく。遠ざかっていく城内で、ピーターがこう叫ぶのが聞こえた。


「騎士達よ! 我々は今より民達が国の外に避難するまでの時間を稼ぐ! 愛する者達の未来の為に、今こそ我らトラッビ王国騎士団、死力を尽くし戦う時! 頼む皆、私と共に死んでくれ!」

「おおーっ!!」


 城内で割れんばかりの咆哮が巻き起こり、けどそれはすぐに遠くなる。彼らの咆哮に応えるように、どこかでドラゴンがまた大きく吼えた。


 ……これで、お別れなの? そりゃ急に求婚されたのには参ったけど、ピーターも、他の皆も、全員得体の知れない私に良くしてくれて……。

 例え、それが与えられたスキルのせいだとしても……。


「……!」


 その時私に天啓が降りた。成功させる自信はある。ただ問題は、私にその度胸があるかどうか。

 私は――。


「離して! 夫が城にいるんです!」

「馬鹿言っちゃいけない、早く逃げるんだ!」

「うわあああああん! パパあああああ!」

「バグス! どこにいるのバグス! お願い、馬鹿な真似は止めて! あなたも一緒に逃げて!」


 ……このモフモフ達の平和を守る為なら、何だってしてやるわよ!


 人波を強引に掻き分け、城のある方へと戻っていく。こんな時だけは、体格のいい自分に感謝したくなった。

 ピーターを始めとした騎士団の皆は、いつドラゴンが降りてきてもいいよう武器を構えて備えている。そのドラゴンは上空を旋回しているのが、空に見える影の動きで解る。


「ちょっと、ドラゴン!」

「カナデ殿!?」


 突然飛び出し声を上げた私に、ピーター達騎士団が驚きの目を向ける。それに構わず、私は更に声を大にした。


「そんなところにいないで降りてきなさいよ! いつまでも空の上をグルグルグルグル、ホントは大して強くないんでしょ! そうじゃないってんなら降りてこいこのトカゲ!」

「何をやっているんですカナデ殿! 正気ですか!?」


 思い付く限りの啖呵を口にする私に、ピーターが慌てて駆け寄る。同時に――空中の影が旋回を止めた。

 一際大きな、ドラゴンの咆哮が轟く。そして空中の影が徐々にこっちに近付き、大きくなっていった。


「カナデ殿、早くお逃げ下さい! あなたが死んだら私は……!」


 ピーターのその声は間に合わなかった。ピーターの言葉が最後まで終わるより前に、ドラゴンは翼をはためかせ、私の目の前に着地していた。


「ヒ、ヒッ……!」


 誰かが、恐怖にひきつった声を上げた。私も正直、逃げたい気持ちで一杯だ。

 でかい。まずでかい。そのでかい体は全身真っ黒な鱗で覆われていて、六本の角を生やした頭が金色の眼で私をジッと見つめる。


「クソッ……! ドラゴンよ、私が相手になる! カナデ殿には指一本触れさせはしない!」

「待って!」


 私の前に出ようとするピーターを、手で制する。私の目とドラゴンの眼、二つの視線が重なる。

 ドラゴンは暫くジッと私を見ていたけど、やがて天に向けて一際大きく吼えた。そして私に向けて、一気に首を振り下ろす。

 あっ、ヤバ、私死んだ――?


 ――ぺろり。


 死を覚悟した私の全身を、湿った圧力が襲う。その圧力に押され、私の体は数歩よろめく。


 ――ぺろり。


 また圧力。私に圧力を与えている物体――ドラゴンの舌は、まるでじゃれつくように私に押し付けられている。

 更にドスンという音がドラゴンの背後から聞こえてきて、私はそっちを覗き見る。するとドラゴンの尻尾が、バタバタと左右に揺れていた。


 これって……成功した・・・・


 そう思った瞬間、私の気は一気に遠くなったのだった。

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