第3話 いきなり求愛の嵐

「――あなたが、西の森で発見されたという記憶喪失のお嬢さんですね?」


 お城に入り、暫く控え室で待たされて。漸く謁見した女王様は、とても豪華なドレスを身に纏ったウサギちゃんだった。

 くっ……でもこれはズルい、鎧と違って可愛いもの! 思いっきりギューッてしてフカフカしたい!

 可愛いと言えば、女王様の隣に座ってるウサギちゃん。これがまたピンクのフリフリのドレス着ててメチャクチャ可愛い!

 立場的に、多分お姫様とかだよね……。ああー……モフりたいぃ……。


「どうしたのですか? 緊張しているのですか?」


 目の前の二匹のウサギのあまりの可愛さにトリップしていた私だけど、再度心配そうにそう声をかけられて我に返る。いけないいけない、今はこの場を上手く切り抜けなきゃ。


「す、すみません。はい、奏と言います」

「カナデ、我がトラッビ王国はあなたを歓迎します。ここをあなたの祖国だと思ってお過ごしなさい」

「え、いいんですか?」


 あまりにもアッサリと出た滞在許可に、私は拍子抜けする。こういうのは、もっと色々根掘り葉掘り聞かれるものと思ってたけど……。


「いい、とは?」

「ほら、私得体が知れない訳ですし、もう少し尋問とか……」

「そんな事はしません。確かに見慣れない種族ではありますがあなたはきっと悪い人ではありませんから」


 ウサギの顔だから解らないけど多分笑顔なんだろう、大きな目を軽く細めて女王様が言う。な、何かトントン拍子すぎて逆に気味が悪いかも……。


「それではカナデ、あなたの部屋は……」

「お母様、わたくしの! わたくしの部屋の近くにして下さいませ!」


 その時ピンクのドレスのウサギちゃんが、椅子から身を乗り出すようにしてそう言った。女王様はウサギちゃんの方に振り返り、強く咎めるような視線を送る。


「急に何ですかメロディ。はしたないですよ」

「す、すみませんお母様……」

「……ですがカナデは見たところメロディと歳が近いようですし……どうでしょうカナデ? この国にいる間、娘の……メロディの話し相手になって貰えませんか?」


 女王様とウサギちゃん――メロディ姫が、揃って私の方を見る。……まあ、こんな可愛いお姫様と仲良くなれるんならいいかな。


「ええ、いいですよ」

「ありがとうございます、カナデ様!」


 私が了承の返事を返すと、メロディ姫は嬉しそうに目を輝かせてくれた。うーん、いいなあ。癒されるなあ。


「それではすぐに部屋を支度させます。楽にしてお待ちになって下さい」


 メロディ姫の反応を見たお陰もあり、私は女王様の言葉に甘え、肩の力を抜いて部屋の支度が終わるのを待つ事にしたのだった。



 暫くして現れたウサギのメイドに連れられ、私は用意された部屋へと案内された。中に入ってみて、私は思わず自分の目を疑った。

 軽く教室くらいはありそうな広さ。天蓋付きの大きなベッド。お金のかかってそうな調度品。

 正直王族の部屋と言われても納得するような部屋が、そこにはあった。


「それでは、何かご用がありましたら遠慮なく私達をお呼びつけ下さいませ」


 呆気に取られる私に深々と礼をして、ウサギメイドは去っていく。一人残された私はどうしていいか解らず、その場に立ち尽くした。

 な、何もこんなVIPルームじゃなくても普通の部屋で良かったのにー! こんな豪華な部屋、逆に落ち着けないって!


「カナデ殿、いらっしゃいますか?」


 私が頭を抱えていると、不意に部屋の外からノックの音と男の人の声がした。この声は……ピーター?


「はい、いますけど」

「少しあなたと話がしたいのです。中に入れて貰えませんか」


 ピーターに言われて、私は考える。これが人間の男の人ならモテないなりに警戒してたかもしれないけど……ピーターはウサギだし、モフモフだし、別にいいよね。あわよくばフカフカさせて貰えるかもしれないし。

 扉に近付き、ゆっくりと開ける。そこには鎧姿から軽装に変わったピーターが、緊張した様子で直立していた。


「どうぞ」

「はっ、はい。では失礼します」


 部屋に迎え入れ、椅子を勧めると、ピーターはギクシャクした動きでそれに応じた。それが何だか見てられなくて、私はピーターに提案する。


「ええと……お茶でも持ってきて貰います?」

「い、いえっ、お構い無く。私は、あなたと二人きりで話がしたいのです」


 緊張しつつも真剣な様子でそう言われると、こっちも何も言えない。私はピーターの向かい側に座り、彼が話し始めるのを待った。


「……」

「……」


 暫くの間、沈黙が辺りを支配する。私がその居心地の悪さに耐え切れなくなり始めた時、漸くピーターが意を決したように口を開いた。


「……カナデ殿」

「はい」

「私と……結婚を前提にお付き合いして下さい!」


 ……。


 …………。


 ……………………ハァ?


「あなたに初めてお会いした時からあなたの事が頭から離れなくて……他の事が何も考えられないのです。このような気持ちになったのは初めてで……。すぐに妻になってくれとは言いません。まずは恋人として」

「ち、ちょっ、ちょーっと待って!」


 畳み掛けてくるピーターに、私は慌ててストップをかける。待って、幾ら何でもいきなりすぎない!?

 第一ピーターとはついさっき知り合ったばかりなのよ!? 相手がウサギじゃなくたって、こんなの急に受け入れられないに決まってるじゃない!


「何ですか、カナデ殿?」

「あのね、私とあなたはさっき初めて会ったばかりなの! それなのに付き合いたいとか正気!?」

「恋をするのに時間は関係ないと、私はあなたに会って知りました!」


 私はピーターを諭そうとするけど、ピーターの熱は一向に冷める気配がない。あああ、こんな時恋愛経験値が全くない自分が憎い!


「お願いです! どうか私の想い、受け入れて下さい!」


 身を乗り出し迫るピーターと、椅子から立ち上がり後ずさる私。ちょっと、誰かこの状況どうにかしてよ~~っ!!


「お待ちなさい!」


 その時勢い良く扉が開き、ピンク色の影が部屋の中に飛び込んできた。あれは……メロディ姫?


「姫……?」

「騎士団長ピーター、カナデ様にそれ以上の狼藉はこのわたくしが許しません!」


 キッと睨み付けてくるメロディ姫に、さしものピーターもたじろぐ。そりゃそうよね。自分の国のお姫様だもんね。

 でも、良かった。これで何とかこの場は治まりそう……。


「メロディ姫、ありが……」

「カナデ様と結ばれるのは……このわたくしですっ!」


 ……。


 …………。


 ……………………ハァ?(二度目)


「姫、一体何を……」

「一目見た時から、わたくしは心に決めたのです。必ずこの方と添い遂げると!」

「そんな、姫は女性ではありませんか!」

「愛に性別は関係ありません!」


 目の前で言い争いを始める二人に、私はズキズキと頭痛がしてくるのを感じる。何? 何なのこの修羅場?

 私、特に何かした覚えないんだけど。何でこんな事になってるの?


「カナデ様、是非わたくしと! わたくしとお付き合い下さい!」

「いいえカナデ殿、是非私と! 必ずあなたを幸せにします!」


 一斉にこっちを向く二人。そんな二人に私は、やっとの思いでこう答えた。


「とりあえず……二人とも部屋から出てって」



 肩を落として部屋から出ていく二人を見送ると、私は扉を閉めてその場にへたり込んだ。その途端、ドッと疲れが押し寄せてくる。

 ……何で私が、こんな目に遭わなきゃならないのか。異世界の住人、趣味悪すぎじゃない?

 折角なら動物人間じゃなくて、普通の動物にモテたかっ……ん? 動物にモテる?


「……あ」


 そこで私は思い出した。思い出してしまった。この世界に来る前に連れてこられた部屋で、自分が何をしたかを。

 あの時。好きな願いを送信しろと言われて、私はこう送信したのだ。


『どんな動物にも好かれたい』


 まさか。まさかこの状況って。


「あの時送信した、願いのせい……?」


 そう、私が呟いたその時。

 窓の外を、何か黒く巨大なものが横切った。

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