短編 失敗艦

@redeyesers

失敗艦

「醜い艦だろう?」

 年老いた男が話しかけてきた。安酒の瓶と、アテの干物が転がっていた。

「ここに並んでんのは実験艦の失敗艦だよ。スクラップにする金もねぇんで、ここで無様を晒し続けてやがる」

 確かに醜い艦だ。なにを意図して作られたのか、当時の設計思想や実験目的を知らない私には知る由もないが、古今のどの艦とも違う異形だった。

「あんたは?」

「ここの管理者さ。こいつらと一緒に、人生を失敗しちまった」

 そのときは、ただの閑職に追いやられて飲んだくれている老いぼれだと思い、大して興味も持たずに去った。




 老人を思い出したのは、数年後のこと。古い資料に乗っていた記事に、どこかで見た顔があった。遥か昔の偉大なる造船設計官の准将。

 どこで会ったか記憶を頼りに、あの醜い艦の桟橋に向かう。

「よぉ、醜い艦だろう?」

「以前、お会いしています」

「まだボケちゃいねぇさ」

 以前と全く同じ酒瓶と干物を手に、准将だった老人はへらりと笑う。

「いくつか教えていただきたいことが……」

「あー、ほれ。俺のボケかけた頭で説明するよか早ぇ」

 封筒と、その中の感触は鍵。

「ぜーんぶ、そん中にある。じゃあな、二度とくんなよ」

 これ以上は、何を問うても口を開いてはくれそうになかった。




 鍵で開いたのは、造船局の資料室まるまる一室。どれほどの量、そしてこの時に至るまで保存されていたのか。開いた資料は古く読みにくいものであったが、それを理解した時に彼の恐ろしさを知った。

 あまりにも先を征く先進性、それを実用化するための工夫、生産総額は当時でもどうにか量産できる程にまで抑えられている。

 あの醜い艦の設計資料も出てきた。与えられた船体で、どうにか全ての実験を行うための兵装・機材配置。あの退役准将は失敗したと言ったが、記録上では全て良好な成績ばかりを残していた。実験艦でありながら、当時の主力艦を圧倒してしまいかねないほどに。現代の主力艦と渡り合えるほどに。




「醜い艦、だったろう?」

 退役准将は変わらず、酒を呑んでいた。酒で虚ろなその目はしかし、何もかもお見通し、私が来るのもわかっていたようだ。

「素晴らしい先進性と、それを当時の技術体系に組み込む工夫、外見はともかく、素晴らしい艦だとお見受けします」

「今は動くかどうかも怪しいがね」

 確信があった。何十年も放置されておきながら、しかしこいつの動力系だけはちょっとした整備で動く確信があった。他の武装も、もしかしたら。そのような設計だった。

「何故……」

 何を問おうとしたのか。不採用になった経緯は、事細かに書いてあった。膨大な開発費を注ぎ込んだ不採用艦を作った男は、責任を問われ僻地の閑職にやられ、退役後はなんの因果かここで管理人をしている。

「人間を見なかったのさ。艦にばかりかまけて、権力闘争なんか知ったこっちゃない。気づいたら俺も艦も嫌われもんだった」

 まるで私を戒めるように、退役准将は告白する。理解されぬ先進的な考えには誰もついてゆけず、彼らを顧みることをなかった彼は、最後は孤独に開発していたという。

「もういいだろう。帰れ。二度とくるんじゃないぞ」




 戦争が始まった。軍縮が終わった矢先のこと、狙いすました宣戦同時攻撃だった。

 海軍は艦艇のことごとくをモスボールか撃沈という惨憺たるありさま、隣国から旧式を買い漁ったり貸与を打診したりと、後先考えぬ状態だった。

 私はあの失敗艦のことを思い出していた。記録はほとんどあの資料室に集約され、覚えている者は私とあの老人だけと言って過言ではない。

 とにかく艦が欲しかった。失敗しているからといって、動く艦を遊ばせる理由はなかった。




「よぉ、おおごとだな」

 あの桟橋に、退役准将はいなかった。周囲を探し回り、病室でやっと再会できた。

「艦をお借りしたいのです」

「好きにしろ。どうせ俺のんじゃねぇ」

 知っていた、それでも、許可を取るべきと思った。この火急の極みにこのように悠長であるべきではないとは思うが、それでもだ。

「ありがとうございます」

「じゃあな。二度とくんなよ」




 退役准将の失敗艦隊が出港する。誰一人として兵を乗せないまま、非人道的であるとされた自律艦は敵地へと向かう。

 資料には、当時の技術で自律化するための電算機のために、人の生命維持を顧みないという不採用理由も記述されていた。当たり前だ、誰一人として将兵が乗ることを考えていなかったからだ。自律艦の利点というものが全く理解されない時代、それを実現すれば理解されると信じ設計室で孤軍奮闘したが、実物を見せてなお理解されなかった。いや、理解していたからこそ否定されたのかもしれない。

 あの古い記事に、准将の略歴や発言が載っていた。乗っていた艦が整備不良からくる事故で沈み、流れ着いた激戦地で餓えながら戦った。復員して乗組員がほとんど生きて帰れなかったことを知った。軍艦に人が乗るべきではない、子らをあの絶海の戦地に送らない。煩雑な整備をせずとも動くように工夫すべし。彼の設計思想は、あの沈没で凝り固まってしまったのだろう。

 人のために人を排し、そのために人から排されてしまった。やがて誰からも忘れ去られ、なんの因果か、忘れ去られたおかげでモスボールも解体もされず、艦も人も足りないこの有事に被害を恐れず最前線へ駆り出されている。

 私は言うべきだったのだろうか。「あなたの艦は失敗艦なんかではなかった」と。

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