第5話 今日も失恋した

 吉永先生でもない?

 他に、もう、心当たりがない。


 そういえば、蒼井優子が、女子にも告白されたって言っていたな。

 だとしたら、俺も、男子に?

 もしかして、翔太か?!


 あらためて、翔太の顔を思い浮かべる。

 清らかな、すんだ瞳。

 男にしては、赤く艶やかな唇。

 清潔感あふれる、さらさらヘアー。


 ……

 ……

 ……


 いやいや! 相手が翔太だったら、本人にメッセを送らないだろう!

 一度、ちょっと、冷静になろう。


 吉永先生特製の問題集でパンパンになったバッグを持ち、俺は家に帰った。

 憂鬱だ。


 しかし、扉を開けて、家の玄関に入ると、俺の憂鬱な気持ちは、あっという間に吹っ飛んだ。


「にいにい、おかえり―」

 目の前に天使がいた。


 鈴と書いて『りん』。俺の年の離れた妹だ。俺が12の時に生まれ、今年で5歳になる。生まれたての時は、あまりにも小さく、触ると壊れそうで、どう接したらいいか、わからなかったが、数ヶ月も経つと体もしっかりし、俺が抱くと笑うようになった。

 両親と一緒に、おしめを取り替えたり、お風呂にも入れた。りんが最初にハイハイした時も、立って歩く瞬間も、俺がいっしょにいた。


「ただいま~」

 俺は、バッグをほっぽり投げ、りんを抱っこする。

 あー、ぷにぷにしてやわらかい。至福の瞬間だ!


「たかい、たかーい」

 りんの好きな、高い高い、をする。

 んっ?


「たかい、たかーい」

 あれ? なんか、反応が鈍い?


「たかい、たかーい」

 俺のハイテンションとは逆に、りんが、むっつりしている。


「どうした、りん? お腹でも痛いのか?」

 りんを下ろして、頭を撫でると、

「だっこ、やめてって、いったでしょ」

と口を尖らせた。


 えっ? 抱っこやめる? なんで?


「りん、赤ちゃんじゃない」

 りんが俺の前から、駆け去った。


 な、なんだ! 何が起きている!


「お帰り」

 母さんから声がかかった。


「なんか、りんの様子がおかしいんだけど!」

 俺が、語気を荒げると、母さんが笑って答えた。

「ゆうくんのせいでしょ」

「ゆうくん? 保育園でいっしょの?」

「りん、ゆうくんのこと、気に入ってるみたいだから」


 な、なんだって!


「ゆうくんが抱っこ卒業するって言ってたから、りんも真似しているのよ。って、この話、昨日もしたじゃない」


 昨日? なんか、記憶が蘇りつつある。


「り、りん」

「なあに」

 俺は記憶の蓋を開けるため、一歩踏み出した。


「りんは、ゆうくんが好きなのか?」

 俺の一言に、りんが下を向く。


 こ、これは!

 ま、まさか、照れている!?


「うん。りん、おとなになったら、ゆうくんと、けっこんする」

 りんが顔を赤らめて言った。


「ちょ、ちょっと待て、りん。りんは、お兄ちゃんと結婚するって言ったよな!」

 俺は動揺を隠しきれない。


「お、お、お、お兄ちゃんとは、け、け、け、結婚しないのか?」

 言葉が出ない俺に、りんがとどめを刺した。


「それは、ちっちゃいときのはなしでしょ」

「ちっちゃいときって、今も、ちっちゃいじゃないか!」

「りん、ちっちゃくないもん! もう、おおきいもん! にいにい、きらい!」

 りんが、ぷいっとそっぽを向いて、リビングから出ていった。


 にいにい、きらい。

 にいにい、きらい。

 にいにい、きらい。

 ……。

 りんの発した言葉が、頭の中でリフレインする。


 今までの人生で一度も経験したことのないショックに呆然とする。

 一度も? いや、このショックには覚えがあるような……。


 な、なんてことだ。

 りんが、俺のりんが。


 おしめも変えたのに……。

 お風呂も入れたのに……。

 保育園の送り迎えもしたのに……。


 喉がカラカラになり、俺は冷蔵庫を空けた。

 そして、ジュースを取り出す。


「ちょっと、それ、チューハイよ。あんた、昨日も間違えて、飲んだでしょう!」

「えっ?」

 俺は手元の缶をみる。

「オレンジ果汁50%って書いてあるけど?」

「だから、缶チューハイ。パッケージ紛らわしいけど、お酒だから。まだ、高校生なんだから、飲んじゃ駄目よ。昨日は、夕飯も食べずに、酔っ払って、いきなり寝ちゃったから、気をつけなよ。お酒は、20歳を過ぎてからね」


 昨日、俺は、初めての失恋と、二日酔いを経験したようだ。


 そして、今日、二回目の失恋をした。


「全く、あんたは。いい加減、子離れ、じゃなくて、妹離れしなさい」

 母さんが呆れたように言った。


― おしまい ―




※注意※ 

・未成年の飲酒は禁止されています。

・作中、飲酒により、飲酒前の記憶も飛んでいますが、創作として大目に見て下さい。

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昨日、俺は失恋した? 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969

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