第4話 先生に失恋した?

 幼馴染でもない。学校一の美少女でもない。

 そうすると考えられるのは、もうあと一人しかいない。


 数学の吉永先生だ。


 正確な年齢はわからないが、20代後半のクールビューティー。憧れている男子生徒は数しれず、独身の先生たちも虎視眈々と狙っているが、皆、やんわりと断られているようだ。


 放課後、俺は意を決して、数学科の教室に行った。俺の通っている高校は、理数系に力を入れており、数学の教師には専用の教室と教員室が与えられているのだ。


「失礼します。C組の山本、入ります」

 俺は戸を引いて、教員室に入った。

「山本君? 今日も来たのね」

 机に向かっていた吉永先生が振り返った。


 今日も? やはり、俺は昨日、ここに来たのか?


「すみません、ちょっと、昨日のことで」

「昨日、一人の生徒に特別扱いはできないって言ったでしょう」

 吉永先生が真剣な眼差しで、俺をたしなめるように言った。


 特別扱いはできない。やはり、俺は、この人に……。


「そうですよね。生徒と教師ですからね」

「それは、普通だと思うけど」


 えっ? 生徒と教師で普通? 世の中って、そんなもんなのか?


「だけど、昨日、君があまりにも真剣だっから、私も、あれから、よく考えてみたの」

 吉永先生が意を決したように、俺を見つめた。


 ま、まさか!

 俺の心臓が早鐘を打つ。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

 全力疾走したように、心臓がはちきれそうだ。


「昨日は断ったけど、君の気持ちに応えることにするわ」

 ドキューン!

 俺の心臓は撃ち抜かれた。


 教師と生徒の禁断の愛。

 酸いも甘いも噛み分けた年上の女性。

 夜な夜な頭の中で想像している、あんなことやこんなことが、とうとう現実のものとなる。


「先生、本当にいいんですか!」

 俺は興奮して叫んだ!


「ふふふ。そんなに喜んでくれると、私も嬉しくなっちゃうな♡」

 やったー! 生きててよかった!


「さっそくだけど、今日は予定開いてる?」

 大人の女性は積極的だーーー!


「は、はい。も、もちろんです!」

 声がひっくり返った。


「よかった。私も準備したかいがあったわ♡」

 じゅ、準備ですか~。俺も、準備万端です~。


「じゃあ、これ。明日までにやってきてね」

 そう言って、吉永先生が俺に分厚い紙の束を手渡した。


「こ、これは?」

「私が作った、特製問題集よ」

「問題集?」

 俺の頭の中に、クエスチョンマークが飛び交う。


「でも、君も偉いよね。自分から苦手な数学を克服しようなんて、いやー、関心関心」

 何だこの展開? 確かに俺は数学は苦手だが。


「昨日は、一人の生徒だけ特別扱いするのはどうかなって思ったけど、せっかく、生徒がやる気を出したんだから、教師として、それを後押しするのは当然だと思い直したの」

「はぁ」

 吉永先生の目が遠くを見ている。生徒思いの熱血先生を演じる自分の姿に酔っているようだ。


「自分から言い出したんだから、途中で投げ出しちゃダメだぞ! 今日の分は、明日までに必ずやって来ること、いいわね!」

「あ、明日までですか!」

「やると決めたからには全力でやる! もし、やってこなかったら、成績に響くと思え!」

と俺の顔を指差した。なんか、語調が完全に熱血先生になりきっている。


「明日は、この倍。明後日は、さらに倍。そうやって倍々にしていけば、10日後には、なんと1024倍だぞー! 全部やれば、東大だって合格間違いなしだぞー! 頑張っていこう!」


 絶対無理です。

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