また虹がかかる時
虹だ‥
最後に見たのはいつだろうか、
今、見えるのに昔の虹の記憶を辿るように
なったのは俺も歳をとったからだろう。
実家から帰る途中の道。通り雨が止まり、
やけに重いキャリーバッグを片手に懐かしさを踏みしめる。
地方の国立大学に受かり、単身で1人暮らしを始めた俺は4年間これといって特別なことをせず、それなりの企業への内定を手に入れた。
卒業してから何年か経った今でも、何も
変わらない故郷は嬉しさと寂しさを匂わせる。
もうここに帰ってこれる回数が少ないと
自分で感じていたからかもしれない。
都会では見かけないマイナーなコンビニと
この先の突き当たりを左に曲がって、
大通りを抜けて5分ほど歩けば、辺りには
田んぼしか見えなくなり、実家が見えてくる。
駅の周辺はそれなりに栄えて、駅から離れると廃れていく。田舎ではよく見る光景だ。
この景色も見れなくなるのかと哀愁を感じているが、それよりも違う寂しさを胸の奥に小さな棘が刺さる痛みのように感じていた。
田んぼばかりの道に入る前の交差点で
田舎にしては大きな病院が隣に見え、その脇にある小さな公園が視界に入る。
汽車を模した遊具と背の低いブランコ。
そして‥
色は落ちて、眼が覚めるような青色は
くすんだ水色になり、極彩色の橋には白い線が傷のように所々に入っている。だが、
あれは間違いなく【虹のベンチ】だ。
思い出とか記憶は不思議なもので、頭だけでは覚えていることは雫ほどなのに実際に
見たり触れたりすると滝のように溢れ出す。
君と過ごした日々が、時間が胸に流れてきて痛い。けど、どこか甘い幸福にみたされてるようで、苦しくて切なくて幸せだった。
あの日に僕と君で作った約束のような噂は
残っているのかな‥
「見てー!お母さん、虹が見えるよー」
振り向くと、ほのかなピンク色の病院の
ガウンを着た幼い女の子が元気よく公園へと走ってきた。
「アキ、あまり走っちゃダメよ」
奥から白いシャツと黒のスキニーを履いた若い母親と白い制服を着た看護婦さんが出てきた。
うんー、と言いながら走る女の子はよほど嬉しいのか満面の笑顔を浮かべて公園を駆け回っている。
もう、と小さく呟く母親と今日も元気一杯ねと微笑む看護婦。
公園の中を見ると、汽車の遊具で遊ぶ
女の子と虹のベンチに座り女の子を見守る
保護者たち。
自分はひどく場違いな場所にいる気がするが足は公園の中へと進んでいった。
だが長居するつもりはないため公園の端に
置かれたブランコの近くに立ち、ただ辺りをボンヤリと見つめていた
数えられないほど君と訪れた公園、
あの時の映像が小さく目の端で再生されて、その姿を追いかけていたのかもしれない。
「虹のベンチの伝説ってどう? 」
気がつくと君が目の前に立っていた。
彼女はあの頃の出で立ちのままで、真っ直ぐと僕を見つめる目は柔らかく、優しさに満ちている。
「そうだね、その方が分かりやすいね」
自分の真下から声が聞こえる。
あの頃の僕がいる。
そうだこれはあの時の虹のベンチの伝説を
作った時の‥
「
「なんで僕のはダメなの? 」
「虹の呪いはダメでしょ‥ 」
「そうかなぁ? インパクトあると思うけど」
「インパクトだけじゃダメだよ、ちゃんと
中身の事も考えないと 」
懐かしい風にめくられた記憶は栞を挟んだ
思い出のページを開けてくれている。
ねぇ、覚えてる?
そう言う君の顔が少しずつボヤけていく。
待ってよ、そう大きな声で叫ぶけど彼女は遠ざかっていく。
「待ってよーおかあさーん」
現実に意識を戻すとアキと呼ばれていた
幼い女の子と若い母親は公園を離れ、
病院へと向かっていた。
手を繋いで楽しそうに、憂いなど微塵もない後ろ姿はあの頃の僕たちのように思える。
1人きりとなった公園で思い出のカケラを
探るように見渡す僕は何かを信じていた。
「優くん‥? 」
少し息を切らした声が後ろから聞こえた。
その声は呟くようで弱々しいが、鮮明で澄み渡るような純粋な音だった。
その声だけで十分だった。
彼女はあの頃の面影を少ししかない残さないほど大きく、そして綺麗になっていた。
大きなキャリーケースを持った僕と君は
約束のベンチの前で立ち尽くす。
目と目が合い、相手の呼吸と鼓動が肌に伝わる。僕と彼女は、また巡り会えた。
幼い僕たちが虹のベンチに座り、話し合う。空の虹を見つめて、あの時に決めた僕たちの噂のような約束を口にした。
【虹のベンチに座りながら虹を見た2人は
これからずっと仲良くなれますように】
どちらが虹の麓でどちらが終着点なのかは
分からないけど、僕たちは傷だらけの虹の
ベンチの前で繋がった。
きっとこのまま僕たちが連絡先を交換したり、次にいつ会えるのかと約束を取り付けなくてもまた会えるだろうと僕は気づいていた。
あの優しいベンチはいつまでも僕と君を
待ってくれているのだから。
虹のベンチ 祭 @tanajun
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