二周目の人生を

不知火 和寿

第1話 普遍的な毎日


活気溢れる声、賑やかな音。



僕が毎晩仕事帰りに通る駅前の寂れた商店街も



今日だけは人のエネルギーで満たされていた。



年に一度の夏祭りの日だけは、この商店街も活気に溢れる。



僕は今日が夏祭りだということをすっかり忘れて、商店街の入り口まで歩みを進めてしまっていた。



少し迷ったが、このまま帰る気分にもならなかったので出店で缶ビールを買い、エネルギーに引っ張られらかのように、奥へと進んでいった。



途中で焼き鳥も買い、神輿を見ているとなんだかそれだけで幸せな気持ちになれた。



神輿はやんちゃなにいちゃん達が威勢の良い大きな掛け声と共に運ばれていく。



やんちゃな風貌のにいちゃん達が高校球児さながらの真剣で真面目な表情で神輿を担いでいる。



彼らは体中に汗をかきながら必死に神輿を担いでいた。



神輿が丁度僕の横を通り過ぎた時



僕は不思議な、そして心に突き刺さる熱いものを感じた。



僕は最近一生懸命になったことってあったかな・・・



思い返したけどなにもなかった。



僕には妻がいるし、愛すべき子供もいる。



けれど心の底から幸せを感じてはいない。



仕事だってそうだ。



出世競争に見事に敗れ、隅っこに追いやられ毎日嫌々仕事をしている。



世間的に僕と神輿を担ぐやんちゃな男の子を比べるならば、僕はまともな人間と言われるかもしれない。



けれど神輿を担ぐやんちゃな彼らのがよっぽど僕よりも人生を謳歌していた。



僕はどこで間違えたんだろうか・・・



そんなことを考えていると、耳元で囁かれる声を聞いた。



「人生やり直してみないかい?」



僕は周りを見渡した。



ごった返す人々はみんな僕のことなど見ていない。



目の前の幸せを噛み締めていた。



どうにも僕は酔っ払ってしまったようだ。



そろそろ帰ろう。



そう思い、家路に向け左足を一歩前に出す。



するとまた幻聴が聞こえる。



「幸せな人生を取り戻そう。過去に戻ってひとつひとつやり直そうじゃないか。」



ああ、僕は本格的に酔っ払ってる。



350mlの缶ビールを少し飲んだだけなんだけどな。



とりあえずこのまま帰ったら妻にまたどやされる。



少し休んでから家に戻ろう。



僕は祭りのメインストリートを外れ、寂れた小さな公園に行きベンチに座る。



そこの小さな公園は夏祭りということもあつて、カップルや家族連れで賑わっていた。



今考えればなんでひとつだけベンチが空いてたのかも不思議に思う。



しかしその時はなにも考えていなかった。



ベンチに腰掛けてひと息深呼吸をする。



頭は非常にクリアだった。



さっきのはなんだったんだろうか。



そう思っていた矢先に、ひとりの老人が僕に話し掛けてきた。



「無視は傷付くなあ。君の幸せを取り戻してやるっていってるんだ。少しは聞いてくれたっていいんじゃないかね?」



その老人は白髪で小綺麗な格好をして、背筋もしっかり伸び、口調も穏やかだった。



そんな老人の風貌からは予想もできない奇怪な言動に僕は動揺してしまう。



「君は良識を重んじるタイプの人間だ。なんでもかんでも型にはめたがる。だから人生がつまらないんじゃないかい?」



グサー。



ナイフのように鋭い老人の言葉が僕の心をえぐる。




「いいじゃないか。全部夢だ。夢の中なら君はなにしたっていいじゃないか。子供の頃のような無邪気さで、常識なんて気にせず、羽ばたいてみないか?」



僕はこの胡散臭い老人を何故か受け入れだしていた。



馬鹿馬鹿しい話だし、宗教の勧誘かもしれない。



それでも僕はこの老人が言うように人生が変わるなら・・・



そんな気持ちになっていた。



僕の目を見て、彼は何か悟ったように話を続けた。



「ほう。覚悟は決まったようだな。まあこれは夢物語だ。気張ることはない。さてそうと決まれば早速動こうか。どこから変えたい?」




僕は馬鹿馬鹿しい話だと思いながらも、どこから変えれば幸せが得られるのか頭を回転させていた。



続く




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二周目の人生を 不知火 和寿 @shiranui_kaz

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