第十話

 あれから一夜が経った。

 俺は異世界に来て初めての朝を迎えた。


「ふあぁ……ねっむ」


 村の水汲み場で顔を洗ってみたがまだ眠い。

 日頃遅くまでゲームをやっていた夜型の俺には早すぎる時間だ。

 とはいえもう一度眠ろうという気にはならなかった。

 

(……これ、どうしたもんか)


 手には銀色の鞘に納まった一本の刀。

 ボロを倒すために俺が生み出したアームドマテリアである。

 昨日の夜はジークが傷の手当て中に死んだように爆睡してしまうし、他にも村に残っていた火の後始末やらなんやらでバタバタしていて、結局誰にも詳しいことを聞けなかったのだ。

 とはいえ、 


(まあいっか。別に)


 時間のあるときに改めてジークに聞けばいいわな。

 ってことでジークの様子でも見に行こうか。


 そう思い俺はジークが寝ているはずの診療所を目指して歩き始めた。

 周りを見ると村のおじさんたちが朝早くから瓦礫の撤去作業をしている。

 焼かれてしまったいくつかの家をさっそく建て直すつもりなのだろうか、なんともたくましい。


「おお! 黒髪の兄ちゃん! 昨日はありがとな!」

「ジークの知り合いなんだって? アイツも凄い人を連れてきたもんだ」


 会うたび村の人たちから声をかけられる。

 少しくすぐったい気持ちだが、感謝されるのは純粋に嬉しいものだ。



 診療所に着くと、そこには元気に朝メシをかきこむジークの姿があった。

 包帯こそ巻いてはいるが怪我人とは思えない活発さである。


「……もう大丈夫なの?」

「キッシッシ! 昔から傷の治りは早えんだ! こんなもん朝飯前だぜ!」

「化け物かよ」


 昨日はけっこうな怪我だった気もするけど……。

 この世界の人間みんなこんなのだったら恐ろしいな。


「ぷはー! 食った食った!」


 診療所を後にして、満足そうに腹をさすっているジーク。

 せっかくだし俺は気になってたことを聞いてみた。


「なあジーク」

「ん? なんだ?」

「そういえば昨日言ってた採掘王っての? お前の夢だって言ってたやつ、目指してるんだったらなんでさっさと村から出ないのよ?」

「んぐ!? い、いや、それは……」


 歯切れの悪いジークの様子。

 どうしたんだ? 昨日はあんなにも息巻いてたくせに。

 俺が不審に思っていると、


「もういいんじゃよ、ジーク」


 そう言ってどこからか現れたのは杖をついたおばあさんだった。

 昨日一度会っているのだが、この人はこの村の村長でありジークのおばあちゃんでもある人だ。


「ばあちゃん……」

「おまえがずっと外に出たがらんのはこの村を守るためなのは知っとる。儂らも儂らで今までずーっとそれに甘えとった。でももういいんじゃ、これからはもう自分のために生きなさい」


 なるほど、そういう事情だったのか。

 どうりで村から出ようとしないわけだ。


「でも……オレは」

「おまえさんにはでっかい夢があるじゃろうが」


 困ったような顔をしているジークに向かって村長さんは穏やかな笑みを浮かべた。


「心配すな。実は昨日の賊どもが以前この村に来たじゃろ? あの時からすでに取締隊とりしまりたいには連絡をつけてある。明日にでもこの村に着くころじゃ」

「取締隊!? おい、ばあちゃん! なんでオレに黙ってやがった! 今更あいつらなんかに……!」

「カッカッカッ。おまえは取締隊のことになるとうるさいからのう」


 俺の耳にまた聞き慣れない単語が出てきた。

 が、今はおとなしくしていよう。


「なあに。今までのように自由には暮らせんかもしれんがのう。お前がおらんくても村のモンどもで一緒に力を合わせて頑張っていくから大丈夫じゃよ」

「何言ってんだよ、そんなこといきなり言ったって……」

「牢に捕らえてあるボロとかいう男も取締隊に引き渡す予定じゃ。お前がおったら取締隊の人と揉めることは間違いないからのう、そうならんうちにさっさと村から出てっておくれ」

「……ばあちゃん」


 村長さんのその憎まれ口が本心でないことは部外者の俺でもすぐにわかった。

 悩んでいる孫を思ってのことだろう。優しいおばあちゃんだ。


「男ならウダウダ言っとらんと、さっさといかんか馬鹿もんが!」

「いでっ! わかった、わかったって!」


 結局、村長さんにケツを叩かれる形でジークの旅立ちが決まったらしい。

 初めて見るジークの情けない姿に俺が笑っていると、村長さんが俺の方を向いて深く頭を下げた。


「ギンジョー様、改めて言わせて下され……昨日は本当にありがとうございました。あなた様は我ら村の者みんなの命の恩人じゃ」

「いやー、はは。まあなんとかなってよかったです」

「本来は村総出でゆっくりとあなた様をもてなしたかったのじゃが……どうかウチの孫のこと、よろしくお願いします……」


 そう言って村長さんはどこかに去っていったのだった。

 

「はは、ジーク。お前もおばあちゃんの前じゃ形無しだなあ」

「……ふん、うるせえよギンジョー」


 村長さんに村を追い出される形になった俺たちは、とりあえず村のはずれに停めてあるジーク号に向かって歩き出した。

 さっきまで少し寂しそうにしていたジークだったが、調子が戻ったのかわざとらしい大きなため息をはいた。


「ったくよお、ばあちゃんも強引なんだっつうの。オレまだ快復してねえのに」

「その体でよく言うよ。それだけ動けてれば十分でしょ」

「キシシ、まあな! とはいえよ、今すぐ行けったってまだ荷物も何も準備できてねえしな。他の仲間たちにも声かけなきゃいけねえってのに」

「たしかになあ。もうちょっとゆっくり休みたい気も……ってあれ」


 見えてきたジーク号の様子に、俺は思わず笑ってしまった。


「ジーク、俺もお前も情弱乙らしい。あれを見てみ」


 どうやら何も知らないのは俺たちだけのようだ。

 俺が指をさした先、停めてあるジーク号の前にはちょうど荷物を積み込み終わった様子のリィナと、それと他二人の女の子が待っていた。

 

「リィナ!? それにリオとロロウェイも!? お前ら、なんで!?」

「アハハ、ごめんねジーク。実はおばあちゃんや村のみんなに昨日から頼まれてたの。ジークを村から連れ出してやってくれって」

「おはようなのですジークくん! ボクたちの準備はすでにオッケーなのですよ☆」

「……同じく」


 リィナの隣にはリオと呼ばれたフリフリの服を着た小柄な女の子が。その隣には長めの前髪で片目を隠している大人しそうな女性、ロロウェイが立っていた。

 どうやらこれがジーク採掘団のフルメンバーらしい。女ばっかりじゃないか。

 聞いていた話と違うな。


「お前らあ……ちっくしょー! どいつもこいつもオレに黙って勝手じゃねえか!」

「バカね、アンタが寝てたからでしょ」

「そうなのですよー☆」


 リィナとリオちゃんに笑われているジークが怒りに震えている。


「お前らあ! オレを敬え! この採掘団の団長はオレなんだぞ!」

「このあいだ結成したばっかりのクセによく言うわね……。それにロロウェイさんとギンジョー君以外は子供のときからの付き合いだし。今更じゃないの、アハハ」

「ぐぬぬ……リィナてめえ~……」


 しかし女の子多いな、このメンバーで一緒にこれから旅を……?

 う~ん。どうなんだ。倫理的にどうなんだ。


「……待てよ? 悪いジーク、旅とか正直面倒くさくなってきた。なあ、やっぱり俺だけ村に残っていいか?」

「テメふざけんな! お前あのときなんて言った!!」


 想定外の男女比を前に日和ったムーブを見せる俺に対して、キレたジークがぐいっと俺の肩を引き寄せると、


「オレが採掘王になるまでは死んでも付き合ってもらうからな! 覚悟しとけよギンジョー! キシシシシ!!」

「……そこまで言ってない気が」


 死んでも付き合うなんて捏造にもほどがあるぞ、まったく。

 けどまあ仕方ないか。約束したからな。

 

「……出発する。さっさと乗って、みんな」

 

 ロロウェイがそっけない感じでそれだけ言うと、さっさと運転席に乗り込んでしまった。それに続いてリィナとリオちゃんも楽しそうに後部コンテナの中に入っていく。

 残された俺とジークはお互いに顔を見合わせ溜息をつくと、


(うまくやっていけるかね,俺)


 まあ、なるようになるだろう。

 なんてったって俺は適当男だからな。


「それじゃあジーク、記念すべき旅の門出になんか一言」

「よしきた!!」


 俺の言葉に意気揚々と反応したジークは器用にコンテナの上に登ると、俺たちを見送る村人たちへ向かって大声で叫んだ。


「採掘王に、オレはなる!」


 そうじゃないだろ。ったく。

 そんなこんなで村を出発した俺たちジーク採掘団は、まだ見ぬ冒険の世界へと旅立ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日本硬貨はレアでメタルなハイグレード!?~鉱物が一瞬で武器に変わる世界を生き抜け~ ごまし @gomashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ