第九話

 叫ぶと同時に手の中にある100円玉が消えたのを感じた。

 そして次の瞬間──、  


「なっ……なんだ!? このでたらめな光の粒子の量は!?」


 ボロが叫んだ。

 それも当然である。なぜなら俺が立っている周辺どころではない、村の広場一面を覆いつくすかのような大量のメルトによる光が、夜空の下キラキラと舞い上がっていたからだ。


「なんなんだぁこれえ!? 一体よぉ!?」

「見たことがねぇ、こんなメルトこう……」


 ズルガンもジークも、そして縛られている村の人たちもみんな。

 突然目の前に現れた光景を魅入るようにただ眺めている。

 そんな中、リィナがぽつりとつぶやいた。


「……きれい。まるで──」


 まるで星の輝きのようだ、と俺は思った。


(これが……メルトか)


 やはりできた。

 俺も100円玉も、この世界において価値のない異物などではなかったのだ。


(ハハ、まったくもって未知の感覚だな)


 握りしめている手の中にたぎるような熱が息づいているのを感じる。

 だが不思議なことに熱いとは全く思わなかった。


(そしてこれが──……)


 周囲に散っていた光の粒子が徐々に吸い込まれていくように俺の握りこぶしの中に集まってゆく。

 俺は手の中に帰ってきた大きな光の存在を感じながら、握っていたこぶしを勢いよく開き叫んだ。


「リビルドッ!!」


 その直後、激しい閃光が周囲にまたたいた。

 あまりの眩しさに誰もが目を瞑ったに違いない。


(……!!)


 閃光が消え辺りに静けさが戻ると、俺の手には一振りの刀があった。

 まるで日本刀のような細身の刀。

 これがボロ達の言っていた武器系創成物アームドマテリアだろう。


 俺は銀色のさやに納まっているその刀をゆっくりと引き抜きながらボロをにらみつけた。

 

「覚悟はいいか」

「ぬう……! ハッタリだ、そんなもの!」

 

 刀の刀身には30という数字がしっかり刻まれていた。

 それを見たボロが悔しそうな表情をすると、


「貴様のような田舎者がどうやってレア鉱石を手に入れたかは知らんが、よくてAランクのアームドマテリアだろう! それならば同じAランクを持つ私のほうが上に決まっている!」


 怒りのままに叫ぶボロを横目に、俺は握っている刀に意識を集中させた。

 手にしただけで伝わってくる。

 何ができるのか、この刀がどのような存在なのか。

 はっきりと──。


「アームドエフェクト発動……『トランス』、居合の達人」


 刀から何か力のようなものが流れ込んでくるのを感じる。

 この能力によって俺は今から数分の間、剣聖だ。

 俺は刀をいったん鞘に納めると、能力によって導き出された刀を振るのに最も適した構えをとり、


「アームドスキル、『斬撃波』」


 構えた刀の周りに目に見えないエネルギーが満たされていくのを感じる。

 狙うはボロ、ただ一人。


「特性が二つ……!? ま、まさか……Sランクか!?」


 ボロは動揺を隠しきれない様子だ。

 そして俺は刀を握る手に力を込めると──、


「アームドエレメンタル、『火炎イフリート』!」


 次の瞬間、俺が構えている刀の周囲に逆巻くような炎の渦が生み出された。

 

「は?」


 間抜けな声をあげたボロ。

 驚きのあまりに見せたその表情はなんともいい気味だった。


「あ、ありえん! 三つの特性全てを持ちうるなどと……!」


 さらに激しくうろたえるボロ。

 そんなボロとは対照的に、俺の足元ではジークが楽しそうに笑っていた。


「へっ。オッサン、気付いてないのかよ? 数十年前、採掘王が最後の採掘探索で持ち帰ったあの虹色の鉱石の話と、Sランクを超えた伝説の武器の存在をよ!」

「そんな……まさか」

「オレにも信じらんねえけどよ、それ以外あるかよこんなのよお!!」

「ではソレが……あの幻の……SS……ランク!?」

 

 知るか。

 SSランクとか俺にはどうでもいい。

 今はただ勝つことだけが──!


「キッシッシ! お前はやっぱ最高だぜギンジョー! やっちまえ!!」


 チャキ、っと刀のつばを鳴らした俺はさらに深く体勢を沈めた。

 アームドエフェクト『トランス』による達人級の居合抜刀術。

 とくと味わえや。


「どけよクソ野郎、俺たちの邪魔だ」

「ぐっ……、カアアアァ!!」


 奇声を上げてこちらに突撃してきたボロに向けて、俺はその場から一歩も動かず刀を振りぬいた。

 

「吹き飛べええ!!」


 飛ぶ斬撃スキル『斬撃波』に、エレメンタル『火炎イフリート』の真っ赤な炎が絡み合った巨大な斬撃波が居合の抜刀術によって発射される。


「ぬお……おおおおおおおおお!?」


 斬撃波は無数の棘に形を変えていたボロの黒い槍をボロもろとも叩き斬ると、そのままボロを思いっきり吹き飛ばしたのだった。

 

「……か、はァ……」


 焼け崩れた民家の中にものすごい勢いで突っ込んでいったボロの姿。

 起き上がってきそうな気配は……一切なさそうだ。

 一発KOだった。


(……ギリギリの力加減までこんな簡単に……なんてすごい能力だ『トランス』)


 殺してはいない。

 居合の達人ともなれば急所を外すなど造作もなかった。

 

(てか、人殺しとかできるわけないだろ普通に)

 

 さて……。

 一番の障害は排除できた。あとは残っている残党だけだ。


「おい。ズルガンだったっけ。どうするまだやるか?」

 

 俺が刀を向けると、ズルガンは引きつった顔で後ずさりを始め、


「ヒイィイィ! お前ら、撤収だぁ!!」


 周りの部下たちを集めると、一目散に村の外へ逃げて行ったのだった。


「クソッたれ共がぁ~! 覚えてやがれよぉてめえらぁ~!!」


 お約束かよ。

 お前らみたいな野郎のツラなんて二度と見たくないっての。 


「……ふう。もう悪い奴は残ってないよな?」


 どうやら終わったようだ。

 俺が一息つくと、戦いが終わったのを感じたのか縛られていた村の人たちが一斉に沸き上がった。


(……勝った……)


 俺は刀身の数字が27に減っているアームドマテリアを鞘に納めた。

 体からトランスの効果が抜けていくのを感じる。時間切れなのだろう。


(やっぱり勝つのは……気持ちいい……!)


 まるでゲームで格上の人間を相手に勝てた時のような爽快感。

 いまだ体の熱は冷めぬまま、火照りさえもが心地よく感じられた。

 たまらない。


「ギンジョー君! すごいわ! 君、こんな力を隠していたの!?」

「いや、まあ、ぶっつけ本番だった」

「えええ!?」


 あ。リィナと喋ったら気が抜けてきた。

 ひー疲れた、もう寝たい。

 だがまあ流石にそうもいかないよな。もうひと踏ん張りか。


「ジーク、大丈夫か」


 俺は倒れているジークの元に駆け寄ると肩を貸して起こしてやった。


「へっ。こんな傷、別に大したことねえよ。っとイテテ……」

「もう! なにこんな時まで強がってるのよ! 馬鹿!」


 憎まれ口を叩きながらもリィナの目には涙が浮かんでいた。

 まったく……ホント素直じゃないなーこの二人は。

 俺が笑いながら呆れてると、ジークも何か思い出したように小さく笑った。


「しかしギンジョーお前……熱くなるとすげー口が悪くなるのな。『どけよクソ野郎』ってな、かっこよかったぜ。キシシシ!」

「え。待ってやめて」


 いかんいかん、対人ゲームをやってたときの癖かな。

 気付かないうちについ口調が荒っぽくなっていたようだ。

 イキってるみたいで恥ずかしい……。


 まあ、なにはともあれ、


「ギンジョー。ありがとな」

「ん」


 ジークから差し出された拳に、俺も拳を突き合わせた。

 今日ぐらいは多少イキったり浮かれたりしてもいいだろう。

 なんてったって──。

 これが俺の、異世界に来て初めての勝利なのだから。

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