握運 剛(あくうん つよし)は報復される!? 

低迷アクション

第1話

握運 剛(あくうん つよし)は報復される!?



 まず、先に記しておきたいのは、全て、原因は“彼”にあるという事だ。

始まりは戦国時代末期、大阪の戦いに呼応しようとした、一武将の城が焼け落ちる

所から始まる。


「おい、右衛門!もう、この城は駄目じゃ。城下は火の海。隠しの抜け道も塞がれておる。

大殿も奥方も最後を迎えられた。姫様は天守閣。生き延びても、待っているのは奴婢の道…


最後はこの城と共に…ワシ等も逝こうぞ。」


「おう!左衛門、貴様も生き恥をさらすでないぞ?」


太刀を振り上げ、それに答える左衛門を後に、右衛門は一気に城内を駆け上がった。

辺りを逃げ惑う下女や部下の者達を掻き分け、押しのけ、


目的の“姫”の前に立つ。


「姫様、もう、この城は駄目です。大殿も奥方も…」


「わかっております…右衛殿」


「ならば、お早めに。介錯は某が務めます。一刀の元に極楽へ。決して痛みは

ないよう、務めます故…」


黒髪を綺麗に整えた姫は、端正な顔立ちを僅かに歪ませ、それでも華のある顔を僅かに

俯かせる。しかし、一瞬で迷いを断ち切ったように顔を上げ、静かに頷く。


「わかりました。」


「姫、お許しを、後生です。」


「早く…おやりなさい。」


細い首筋をこちらに差し出すまだ幼い少女に右衛門は涙をこらえ、刀を抜く。ぶしつけな

轟音が轟き、自身と姫の床が抜けたのは、丁度、その時だった…



 「オイオイ、ドサクサに紛れて、宝物殿を御開帳と思ったら、お姫様のお股を

御開帳ですかいっ!ゲヘへへー!」


自身の足元というか、股下から生暖かい空気と下卑た声が上がり、慌てて腰を浮かし、

そこから飛び離れた。着物の乱れを直し、姫は辺りを窺う。どうやら床下の隠し部屋に


落ちたようだ。彼女のすぐ横では右衛門が伸びている。そして、目の前には汚い歯を見せて

笑う雑兵の恰好をした若い男が立っていた。


「その方は誰です。こんな所で何をしていますか?周りは城下の民のため、戦う者達で

溢れています。その義勇の多くが集う中で、強奪とは何事です?」


自身と同い年くらいといった男に屹然とした態度で臨む。だが、彼の方は一向に悪びれた

様子は無いと言った感じで、肩を竦める。


「固い事言うなよ?お姫さん。こちらとら、殿様の無謀に付き合って、

全員打ち死の有様だぜ?今頃、城下は略奪、殺戮、淫虐の狂いまくりよ。


本当に民の事を思う城主なら、時代の流れを見るべきだったと思うぜ?俺はよ。」


この男の言う事は間違っていない。だけど…唇を噛み締める姫を他所に、

部屋の中を物色した男が喜びの声を上げた。


「見ろよ。やっぱりあった。もう一つの抜け道。いや、実質最後だな。こりゃ。

城外の川に繋がってる井戸。縄が切れる前に降りた方が良さそうだ…


てな訳で俺は行くぜ。それではごめんなすって~」


身軽に縄に飛びついた男が勢いよく滑り落ちていく。1人残された姫は、生きてる者の声が途絶え、火の音のみになっていく現実をひしひしと感じ、残された縄に、視線を集中した…



 「私だけ、生き残って…」


「いや、俺も生きとるよ。何、1人で焼け落ちた城見て、哀愁感醸し出してるの?」


城から随分と離れた丘に佇み、悲しみにくれる自分の横へ能天気に並ぶ男をキッと睨みつける。


「何故、助けたのです?」


「えっ?いや、別に助けてねぇよ。自分で縄掴んで、アンタが飛び降りただけじゃん。

まぁ、着物のせいで、川溺れてたのを救い上げはしたけどよ?

そんなに感謝しなくてもいいよ?」


「感謝など、誰がしますか?か弱い女1人、この乱世をどう生きれると言うのですか?」


「確かに難しいな。けどよ。手は色々あると思うよ。とにかく大事なのは“生きたい”って思う事だ。その気持ちを持ち続けている限り、何をしたっていい。せいぜい気張るこったな。」


「…っ……だから、貴方は、あの時…」


言葉を途中で止める。先程の城での出来事を思い出す。右衛門が刀に手を抜いた時、自身は

死を恐れた。頬から静かに涙が流れ、それが畳を伝った。白く光る刃が床下から覗き、

右衛門と自身の周りを素早く往復したのは、正にその時だった。


この男は自分の気持ちを察して、助けてくれたのだろうか?飄々とした彼の態度からは

何もわからない。でも…


ふいに目の前の地面に小判が一枚転がる。疑問に思う彼女が顔を上げると、男が森の中に

消えていく。


「ど、何処に?」


「それがお互いの取り分と行こうや。ドサクサであんまり持ってこれんかった。勘弁な。」


「ちょっと、待って。私はっ!?…」


「後は、自分次第だな。落人狩りは厳しい。1人の方が身軽でいい。それに…」


「それに?」


「“貧乳”でガキには興味がねぇんだ。ワリいな?」


片手を上げて、去っていく男に向かって、呆然とする姫、大体、昨今の日の本の女子、

自身の年齢も含めたら、ほとんどが“これ”くらいだろうがっ?いや、普通は、もうちょっと大きいかな?いやいや、問題はそうではなく、そんなんではなく…


「この、畜生!こん畜生!!絶対、絶対!!貴方に仕返しをしてやりますからーっ!」


「その意気だ、お姫さん!この世は曼荼羅~。幸あらん事を~」


姫の怒声に、森の中から、男の能天気かつ、実に無責任な返事が響いた…



 「あの“黒瀬さん(くろせさん)”?気のせいかな?いや心なしどころって

レベルじゃない程、俺の給食の配膳が少ないんですけど…


えっ、凄いよ?これ見て。ご飯とか、漬物は通常量だよ。でもね。メインの肉じゃが、

あっ、黒瀬さんが配膳当番の奴ね。それがね?ジャガー1個(じゃがいも一個)だけとか、どんだけなの?今日の俺はジャガー1個で何とかしのげって事なの?


難しいな。難しいよ。ねぇっ、黒瀬さん!あっ、痛っ!」


「うるさいですね!早く席に戻りなさい。後ろの人が待っているでしょう。」


「ええっ?…えっと、す、すいません」


クラス委員の“黒瀬 姫華(くろせ ひめか)”の長髪が鞭のように(給食帽子被ってない?

衛生的にどうなの?っていうツッコミはさておき)


剛こと“握運 剛(あくうん つよし)”の顔面に叩きつけられ、あまりの痛さにすごすごと

自席に退散する。


明らかイジメだけど、担任も級友も見て見ぬフリ。彼女がクラス委員かつ、美人だからだ。

オマケに頭も良い。成績もトップクラスだ。そして美人だからだ。だが、残念な事に胸が無い。そう美人だけど、胸が…


「何か?」


と尋ねながら、しっかり足が、剛の顔面に叩き込まれていた。凄い!配膳スペース教室前から自分の席まで、モーション無しで、この飛び膝蹴り半端ねぇっ!とか言っている

場合じゃねぇっ!盛大に血しぶきを上げ、のたうち回る。


「おいっ!」


鼻を抑え、どうにか出血を止める剛に手が差し伸べられたと思ったら、そのまま首を掴まれ、

自分の背丈より2個分、宙に浮く。


「てめぇっ、オレの食い物にテメーの血しぶき着いたぞ?どうしてくれんだぁっ?おおっ??」


ヤンキー張りに、てかヤンキー!に、髪を真っ赤に染めた“九鬼 あやめ(くき あやめ)”

が自身を片手で持ち上げている。学校一のケンカ野郎!超強い。美人だけど、狂暴。


拳一発でトラックを止める噂ありきの。でも、雨の日、最近ほとんど見ねぇけど、

段ボールにINしてる仔犬を拾っちゃういい奴。そして巨乳(←ここ重要)

狂暴だけど。クラス内では毎日、剛に腹パン喰らわす(他の奴にはない)のを

日課としている。


「す、すんません。九鬼さん、でもですね。これは黒瀬さんの。」


「黒瀬っちは関係ないだろ?血ぃ出したのはテメェだぞ?」


「よかったら、俺の給食でも?」


「ジャガー1個だけじゃねぇかぁぁっ!?」


彼女が大きく腕を振り、そのまま大きく吹っ飛ばされた。勢いは止まらず、そのまま2階の窓から校庭にダイヴする。地面に顔面が叩きつけられ、意識を失う寸前、剛は思った。


“俺、何かしたかな?いや、したな。一杯したな”と…



 焼けただれた漁村で1人の少女が泣いていた。先に起こったキリシタン狩りの戦は

平和な村を戦火に包んだ。彼女を残し、全てが死に絶えた。波が打ち寄せる岩場に腰かけた

少女は、ボンヤリと遠くで新たに火を上げる大地を見つめる。


(人間共め…)


噛み締めた唇に涙の味が広がり、自身の過ごしてきた半生を回想させていく。


彼女の母親は村人達に慕われる存在だった。漁場を管理し、時に海難事故に遭った漁師達を

救った。元々は人間とは相容れない存在だったが、自身の父親となる男が瀕死の母を救った事が全てのキッカケ。


その間に生まれた自分は村人からも海にも愛される存在だった。村の周りでは戦が起こっていたが、それも遠い国の事のように思っていた。


だが、時代は流れ、国の流れが異教徒を排斥する流れになった所から、事態は急変した。

幕府の排除対象には、勿論、妖、異能も含まれている。


彼女と母親を守ろうとした村人達は、幕府の兵に全て討ち取られた。父と母は自分を

この岩場に隠し、村人達を救いに行き、殺された。何にも悪い事をしていないのに。


そうだ。自分達は何もしていない。殿様に収める年貢だって、きちんと献上した。

周囲の村とも上手くやってきた。


それが、この仕打ちだ。あまりにも酷すぎるではないか?これが人のする事なのか?


誰も救いに来なかった。仏も神もいない。信じたモノには全て裏切られた。人が憎い。

人なんて何処がいい?自分から全てを奪った人になんて未練はない。

こんな奴等と一緒なんて耐えられない。


(だったら、アタシは人をやめてやる)


衣服を脱ぎ、打ち寄せる波に素足を浸す。白い足に、徐々に鱗が見え始める。やっぱり自分もそうだった。

母の血を継いでいる。海がある限り、自分達は死ぬ事はない。


母は陸を愛し、陸で死ぬ事を選んだ。愛する者と一緒に…でも、自分にはそれがない。

だから、海を根城とし、海に出る人の命を奪おう。自分を愛してくれた者達の数、いや、

それ以上の者達の命を手にかけよう。


これから、それを始めてやる。もはや自分には必要のない着物を脱ぎ、生まれたままの姿になった彼女が海に飛び込もうとした時、その背中を暖かいモノが覆った。


「馬鹿野郎っ!!ちったぁ考えな。水遊びのタイミングと時期ぃ!そんなナリじゃぁ、

風邪ひくし、盛った雑兵共にやられちまっぞ?」


ヤサグれた声に振り向けば、大き目の着物を自分に羽織らせ、口元をくちゃくちゃと動かした男がすぐ傍に立っている。


年恰好は自分と同じくらい、いや、少し上か?わからないが、この男の服装は幕府の兵と

同じ、これから敵になる存在、命をもらう相手だ。思った事を、そのまま口にする。


「別に…オマエに関係ない。」


「うん、まぁ関係ないっちゃ、関係ないな。そもそも俺もよ。

結構、やられてよ。長くねぇ事が、色々把握な訳よ。だから、最後に海でも

見んべぇみたいな感じで来たら、お前さんを見つけたのさ。」


「どっこいしょ」とばかりに隣に座る男の図々しさに眉をしかめ、と同時に

彼の言葉の意味に気づいた。


男の胴周りが赤く染まっている。恐らく刀傷。村人に?それは違う。彼等に

そんな芸当は出来ない。一体何故?仲間割れでもしたのか?


少女の視線に気づいたのか?男が薄く笑う。


「近頃の役人共はやりすぎだ。違う神様を信じてるってだけで、殺す。女も子供も

年寄りもな。虫唾が走ってな。上の奴の首を取ったろうと思ってた。


だけど、しくじった。いや、やったにはやったけどよ。そいつが村の子供切る時、躊躇った。

女の子でな。いつもは平気で掻っ捌くのに。聞いたら、娘に、似てるってよ。なんだか


やってらんなくなっちまった。わかるか?殺し合いなんて、泥の掛け合い、同じ事の

繰り返しなんだよ。親殺された奴が仇討ったって、今度は相手の方に自分が殺される。

ずーっと同じだ。むなしいよ。ホントにむなしい。」


「じゃぁ、やられた方はやられっぱなしなの?一生我慢しろって、相手を許せって言うの?当事者でもないくせにいい加減な事…」


立ち上がり、叫ぶ彼女の裾がはだけ、着衣が地面に落ちる。自然と視線がそちらに行き、

そして気づく。


「これ、母様の?…」


藍染めの柄に小さな貝模様、間違える筈はない。父が母に贈ったものだ。


「それを着てたカミさんは立派だった。生き残った者達を、村長の屋敷に集め、

踏み込んできた雑兵共の前に立ちはだかり、ニッコリ笑ったのさ。全てを理解し、

許したって感じでな。菩薩様ってのはあーゆうもんを言うのさ。誰も中には入れなかった。


まぁ、結局は火が回って、死んじまったけどな。そいつはあの人の残したモノ。お前の

母ちゃんってんなら、残された者とモノ、意味を考えてな。お前がそれ着て、


人を殺すのを彼女がどう思うか。しっかり理解して、後は好きにやればいいよ。」


一息に喋って男は大儀そうに目を閉じた。少女は思う。元々は異能の存在だった母。でも、父と出会って、人になった母。その娘である自分が、人を殺す事をどう思うか?人を愛し、

彼等の愚行を許した彼女…


「駄目だよね…」


怒りと悲しみは消えない。でも、だからと言って、彼等のような事をする必要はない。

自身のいや、母親と自分の誇りを汚してはいけない。


それを皮肉にも人が教えてくれた。これから殺めようとした存在からだ。

自分も甘い。いや、これが母の目指したモノ。人間として生きる事という事なのだろう。


「あれ?…死なねぇ。何でだ?」


素っ頓狂な男の声で感慨的雰囲気をぶち壊され、我に返った。見れば、男の傷が治っていた。

そして、驚く彼の足元には、いくつかの小骨が散らばっている?最初、出会った時、口を

動かし、何かを食べていた。あれは、まさか…


少女は低い声で尋ねる。


「お前、何喰った?」


「へっ?い、いや、あ、あれだ。ここ漁村じゃん?くたばる前に

新鮮な海の幸を!!って思って、村長の家の焼け跡から出てきた、焼き魚の切れ端。

恐らく、最後の晩餐的な奴をつまみ食いした訳よ。な、何か不味かったかな?」


嬉しいというより、訳が分からないと言った感じで男が答える。こ、この男は…

手の震えを抑える事が出来ない。


「それ、母様…」


男の目が“驚愕っ!?”に見開かれる。


「え?嘘っ!?だって、これ魚…あっ!?まさか、や、やお、八尾比丘尼系?なの?

お前のかーちゃん?そして…」


今度は男がワナワナこちらを指さす。それに答えるように少女は大きな声で笑い返す。

自分のが伝染した彼の震えが実に小気味良い。まだ笑い足りない口を緩め、

言葉を発してやる。


「フフフフ…アハ、アハ、アーハッハ!これでアンタは死なない体。一生、年もとらない。

そして、私も好都合。人に対する憎しみは全部、アンタにぶつければいい!


死なない体なら、どんなにいたぶっても、問題なし、泥の掛け合いにはならない。

一生、アンタとあたしだけ、誰にも迷惑かけない、誰も悲しまない。」


今や、自身の狂喜が開花し、あらゆる問題が解消された。男が、自分から徐々に

後退していく様子を目で楽しそうに追いかけてやる。


「な、なぁ、娘さん、冗談だろ?アンタはまだ若い。そんな事考えちゃぁいけないよ。

さっき、言ってたじゃん“駄目だよね?”ってさ!


そ、そうだ!あん時、アンタは優しい目をしていた。あの心は大事だ。闇に落ちちゃぁ…」


「さっさと走れば?すぐに追いかけるから!まぁ、何処に行っても、無駄だけどね?」


嘲りを含んだ言葉に男が脱兎の如く、走り出す。少女はその背中を楽しそうに眺めた…



 意識が覚醒した瞬間、握運剛に見えた景色は白一色、

そして顔面が水中に浸されている事を知る。顔を上げようとするが、


後頭部が何かに抑えられいて、動けない。手は後ろ手、足もギッチリ縛られていた。息はあっという間に苦しくなり、体をバタつかせるが、水面から顔が出る事はない。


自分に何が?黒瀬に蹴られ、次は九鬼に投げられ、今度は水責め?

いや、これには覚えがある。恐らく…


再び意識が遠のく瞬間、後頭部の力が緩み、少しだけ顔を水面から上げる事が許された。

辺りを見れば、白タイルの床、恐らく保健室。目の前には水の張った洗面器、すぐ横には


黒いストッキングを組んだ、片足が伸ばされ、自分の頭に乗せられている。

その頭上から涼しく、嘲笑を含んだ声が響く。


「剛くぅ~ん?駄目だな~?息止め時間2分38秒、この次はもうちょっと

我慢してみようねぇ~?」


「せ、先生、これは治療じゃないですよね?

2階から落ちた生徒を介抱する手段には、ぜった…むが、ぼごごごごゴゴゴ」


「勿論、治療だよ~?」


乗せられた足に力が入り、再びの水入りにもがく自分の耳に、

保健医見た目、幼いけど(←ここ重要)保健医、見た目幼いけど、胸結構ある

“波打 輪子(なみうち りんこ)”の声が続く。


地面に叩きつけられた時、自力で逃げれば良かった。この学校に剛の安息地はない。

いや、生活空間全体か?クラスでいたぶられ、それが元で保健室に運ばれれば、拷問。

そして、家に帰れば…


目が上を向き、白目寸前で、再びの水上に帰ってこれた。


「2分54秒~!よく出来ました~、偉い、偉い~」


肩で息をし、水を吐く自分の頭を足で撫でられる。全然嬉しくない。真の安堵を覚えるのは、拘束が解かれてからだ。


「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ、ハッ、ハッ…あ、あの、先生!!」


「ん~?なぁにぃ~?」


輪子が不思議そうに小首を傾げる。まだ交渉の余地が少しはありそうだ。ボンヤリとした頭をどうにか振い、言葉を選んでいく。


「も、もう、やめね…いや、止めませんか?貴方のお母さんだって、今頃、天国でしっかり

…ごぼごぼぼぼぼぼぼ」


「次は4分な?」


冷酷そのもの声に変わった輪子の責めが再開された…



 夕日が差す帰り道を、剛はフラフラと歩く。輪子は、本当に4分耐えるまで、

解放してくれなかった。午後の授業は全部欠席。教室に戻った彼の机には丁寧に記された

黒瀬のノートが置いてあった。


クラス委員としての役割をキチンとこなしているように見えるが、ノートの巻末には

“給食は当分抜きね♪”と可愛く書かれた日には、明日が既に憂鬱だ。


「普通、不死者って、結構、優遇されるって、漫画とかで描いてあるけど?コレ何?

俺の人生…不死者じゃなくて、負死者じゃん?」


人魚の肉を食べたおかげで年をとらないため、年齢的には学生。就職も出来ない。

学校を何百回、転学したかわからない。資金面とか、戸籍とか住民登録は


“終戦後”に出会った、というより背負った業?のおかげで何とかなるというものの…


「転生した姫様には、毎日イジメられるし、人魚と鬼はセットで俺をいたぶる?

自宅に帰れば…まぁ、あれはイイとして…皆、美人だけど痛みを伴う。主に俺限定…

蔑みと苦痛を与え続けられる生涯?えっ報復ハーレム?ぜっぜんぜん!嬉しくないんだけど…どう思う?‥‥」


虚しい沈黙が続く。

ひとり事も500年繰り返せば、立派な話し相手だ。まぁ返事は帰ってこないが…

唯一の理解者と言っていい。勿論、友人が出来なかった訳ではない。


でも、それらは全て彼女達によって疎遠にさせられた。まるで苦行のような人生、

しかも死ねない。永遠が約束されている。ここまで揃って頭が狂わなかった自分を

褒めてやりたいくらいだ。


堂々巡りの絶望を抱えた剛の視線が、通学路近くの竹藪で止まる。


「まだ、いやがる。困ったな…」


頭から覗く“狐耳”は恐らくコスプレではない。古風な着物を纏った少女が薮の中に立っている。数日前から彼女の姿は見えていた。他の通行人に見えている様子はない。


不死になったおかげで、余計なモノまで見えるようになってきた。察しはつく。

ここら一体は新興の開発地。


道路拡張で自身の住処が無くなった神々やら、妖等が夜逃げのように、移動しているのが

見えていた。しかし、彼女は去ろうとしない。1人でいつも町並みを眺めているのだ。


思えば、この竹藪からは町の全貌が望める。元守り神?詳しくは知らない。聞いた事がないからだ。勿論、会話する事は出来る。


だがしない。絶対しねぇ!自分の性分というか、行動の結果はわかっている。これ以上

自分を報復したい、いたぶりたい女子を増やす気は起こらない。ボンヤリとした少女から

足早に離れながら思う。


(九鬼みたいな“二の舞”はゴメンだぜ?)…



 「早く、殺せよ…」


山賊風の衣装が破け、あちこちから肌を露出させ、オマケに赤い髪の間から角の生えた

“鬼娘”が自分を見上げていた。


剛はため息をつき、支給されたスナイドル銃を静かに下げる。幕末が終わり、新政府の時代、

蒸気機関や鉄鋼業と言った新しい技術の発達は自然を蹂躙し、開けたモノにしていった。


そこに元々いたモノ達のほとんどは、まだ開発の進んでいない土地か、山、海の奥深くに

逃れていく。


だが、中には抗う者達もいる。山間での工事現場を襲撃する者達は、初め、旧幕府連中の

落人とされた。だが、この時、既に不死となり、人魚の追跡に悩まされ、幾度も


人智を超えた出来事を経験してきた剛としては、異様な臭いを嗅ぎ取っていた。討伐軍に

志願した彼は、隠れ潜み、時には襲ってくる異形の者達と戦い、全て退かせる事に成功する。


その頭目の鬼が九鬼だった。確かに彼女は強い。だが、最新式の銃器に加え、

九鬼と同じくらい、長い時を歩んできた剛に軍配が上がった形となった。


「殺すつもりはねぇ。そっちの仲間は皆、頭にたんこぶ付けて、帰ってきただろ?

とにかく邪魔をしないでくれりゃ、こっちもいいんだ。後、出来れば人間をあまり

殺してほしくねぇっ。頼むよ。だからおたく等を無事逃がしてえんだ。察してくれ。」


剛の懇願に九鬼は胡坐をかき、考え込むように両手を組む。よくよく見れば胸がデカい、

組んだ両手に収まり切ってない。


(角は省くとして、かなり好みのタイプだ。考えてみれば、今まで出会ったのは姫に人魚と、

乳に乏しいのばっかりだった。腕っぷしも強い。これは存外に悪くない出会いかも…?)


「勝手だな…」


こちらを睨みつけた九鬼が呟く。不味いな、胸に視線を集中しすぎたか?

彼女の言葉は続く。


「長い間、お前等と我等は共に暮らしてきた。勿論、時には争う事もあった。だが、

これほど一方的な破壊は今まで無かった。我等の全てを壊し、諦めさせ、

そして、生まれた場所を捨て、落ち延びよだと?


オレは鬼族の頭目、生き恥など御免だ。殺せ、人外れの者よ。」


「人外れ?」


「お前と剣を交わした時から気づいていた。随分、長生きしてるようだな。

人魚の肉でも食ったか?人でオレに敵う者などいない。


我が名は九鬼。最後の時にして、人ではない同胞と良き戦いを出来た。

満足だよ。さぁ、早ぅ…」


そう言いながら、九鬼は剛の前に膝をつき、こちらを仰ぐように首を差し出す。

ちょうど胸の谷間と綺麗な顔がセットで自分の腰元にという非常にエロい状況だが、

今はそうする時ではない。今はな!


「止せよ…」


静かに彼女の肩を掴み、目の前に立たせる。その弾みで、ちょっと、こちらの手が、九鬼の胸に触れ、


「…あっ…」


っと彼女が小さく鳴き、頬を染めたのを見逃さない。


「そんなに、死に急ぐな!時代を見ろ!黒船が来て、幕府が潰れて、あっという間に

新政府、どこもかしこも混乱の真っただ中だ。そんな中でも新しい時代を生きようと


もがく奴等は…いや、この国全ての人々がそう思って、動いている。

そんな時、おたく等、いや、俺も含めた“人外”が、めげてどうする?アイツ等よりだいぶ

タフだろ?俺達は?病気にもならねぇし、何日も飯食わなくても大丈夫だ。

刀や銃で撃たれても平気だろ?無敵じゃん?死ぬなんて勿体ねぇよ。


生きてみようや。この時代をさ。今さら、人間を滅ぼそうなんて、思ってないだろ?

だったら、共に生きる道を探っていこう。ゆっくりでいい。何百年かかってもいい。


その頃には、あいつ等の方が先に滅んでるかもしれない。大砲って知ってるか?俺達の国よりずっとデカい西洋ってとこが作ったデッカイ銃、いや“砲”だ。あの弾をもっと、もっと

大きくすりゃ、こんな小さな島国、あっという間に沈む。


世界地図を見た事ないだろう?この国なんてな、豆粒みたいなモンだ。だから、もっともっと広い視野で、生きていこう。」


今流行りの自由民権なんちゃらよりは簡単にまとめたつもりだ。連中の言葉は難しい。

そして、目の前の鬼娘は?と見れば…少し泣いたような顔からの!笑顔っ!?


“やったぜ!”と剛は心の中で両手を上げた。


「フフッ、面白いな、お前。名は何という?」


だいぶ目つきの柔らかくなった彼女に、剛も自身満々に答える。


「握運剛!新しい時代の名は長いだろう?握の部分を悪にしようか迷ったけどな、実際、

運は自分で握りしめる、つかむ的な感じでよ。」


「握運か…そうだな。私もお前のように自分で運命を握り締めるとしようかな。」


(俺もその胸握り締めてぇぜ?)


揺れる巨乳と共に、風を切る九鬼に心の叫びをぶつけ、剛はさりげなく髪に手を回す。

このまま鬼娘と一緒に暮らすのも悪くないかもしれない。少なくとも今まで何度も

繰り返した結婚のように、妻が死に、最後は子供が死んでも、自分が生きているという状況

は回避できる。


彼女の力を使えば、しつこい人魚の攻撃も、100年ごとに変わる、何処かで見覚えのある

黒髪のお姫さん風の嫌がらせにも困る事はなさそうだ。


現に、剛が伸ばした手を、彼女は受け入れ、為すがままにさせていた。その手が、

固い何かに触れる。ビクッと九鬼の肩が震えるのが伝わってきた。これは角?初めて触るな?いや、鬼に触れたのが、そもそも初めてか?


興味深い感触に、何度も愛撫を繰り返す剛の顔面に、彼女の拳が決まったのは、本当に

突然だった。


「ど、どうしたの?」


地面にしたたか頭をぶつけた剛が驚き、怯えて顔を上げれば、正に鬼女といった感じだけど、頬を真っ赤に染め、何処か可愛い?それでも怒り狂ってはいる九鬼が剣を振り上げていた。


「オレ達、鬼族にとって、頭の角は大事なモノ。嫁入りの前の生娘と同じ。それを貴様、

淫猥な手つきで弄びやがってえぇぇぇっ!!」


「ちょ、ちょっと待って。知らなかった。剛、マジで知らなかった。勘弁…」


「やっぱり、お前は人間だ。人間は我等の敵!成敗!!」


「わあぁぁーっ!おっ助けー!!」


逃げ出す剛を九鬼が追いかけてくる。この追いかけっこは、現在まで400年続き、

剛としては、自分を狙う存在が1人いや、1匹増えただけで終わった…



 「お帰りなさい~!剛ぃっ~、ご飯にします?お風呂にします?それともわた…きゃぁっ、

恥ずくて言えないーっ!!」


「うん、ええっと…とりあえず、顔面を治療したいんでタオルと

氷持ってきてくれないかな?」


「はいは~いっ!」


ハイテンション+エプロン装備の元巫女‟防守 やえ(さきもり やえ)“が元気な声と

同時に、突き出したおたまが左目に深く入り込み、剛は顔面を抑えながら、何とか玄関から居間へと移動した。


「オカエリ、ツヨシ、ごめんね、今日のヤエ、テンション高くテ…」


申し訳ないと言った風に、こちらに濡れタオルを差し出すのは元ドイツの魔女

“エーリカ”だ。


この二人が持つ神秘的能力、魔力のおかげで、剛は現在の学校生活、居住空間を確保できている。勿論どちらも美女。やえが和風美人、エーリカは洋風!胸の大きさはエーリカの方が

やや大きい!と言っても、やえは和風な巫女さんなのに、そのわがままボディは

グラビアアイドル並と来ているので色々安心だ。


こんな二人の美女と同居なら“学校での出来事、全部相殺じゃん!”と

人は思うかもしれないが、そうではない。


「ありがとう、エーリ。やえはいつもだから、気にしてないよ。それより、

今日も色々あってさ。疲れたっていうか、本気で死ぬんじゃねぇ?と毎日思うよ。」


「ソーナノ…」


彼女がしゅんとしたように、ぺたんと膝をつく。エーリカなりの正座らしいのだが、途中で痺れて、飛び上がると、胸が“ルン”と揺れるのが可愛いので、あえて止めていない。


「いや、死なないけどさ。うん、不死身だし…ただ、転生姫に、鬼っ子、人魚の

3コンボはマジでキツイって事。それに気になる子も増えたしね。」


「…!!(ガシャンと台所で何かが砕ける音がした)…ソーナノ…」


「そうそう、家の近くの竹藪に狐の妖怪みたいな子がいるのよ。訳ありそうだから、

声はかけてないけど。」


「かけなくてイイヨ。ツヨシ、ヤサシーから、ショーガナイけど、いつか、本当に死んじゃうカモ…エーリカ心配だヨ。トテモ、トーッテモ、心配だヨ…」


不味いっ!…透き通ったような肌をしたエーリカの頬に一筋の涙が伝った時、剛は彼女の

ヤバい琴線に触れた事に気づいた。彼女に気取られないよう、ゆっくり後退する背中に柔らかく弾力のあるモノが2つ押し付けられる。しまった、台所の巫女を忘れていた。


甘い吐息が背中にかかってくるが、それは不吉の風、静かな怒りを讃えた、やえの仕業だ。


「よくもっ!愛する2人の女の子前に、いけしゃあしゃぁと新しい女の子の話とか、

いい度胸してますね!剛!!いや、そりゃ、私の胸はデカいですけどっ!って聞いてない?

ムッカムカー(自分で盛り上がり、そのまま剛の首をギリギリ締め上げる)


ねぇっ、エーリ!怒っちゃいますよね?よね?」


「私は心配だヨ…ツヨシが死んだり、どっか遠い所に行っちゃったら、ドーシヨウって思うヨ。心配だヨ…」


「オッケー!オッケー!把握しました!!私は“愛”を、エーリは“安心”を確かめたい、刻み込みたい訳ですね!剛の!その体に!!いいでしょう、いいでしょう!」


「いや、可笑しくね?エーリ、全然、そんな事言ってないよ。えっ?てか、俺、お仕置きされるの?」


「ウン!」


“ルン”と胸を揺らし、エーリカが元気に立ち上がる。一瞬、乳揺れに和んだけど、

それどころじゃない。


「うっそ!?肯定しちゃったよ?可笑しいよ。絶対!飯は、お風呂は?」


「おあずけ~!さぁっ、行きますよ!エーリ、足持って!」


「ウンッ、ドーグ揃ってる!木馬、モクバー…」


「オッケー、オッケー!火あぶり、爪差し、駿河問い~」


「増えてる、増えてる!ギャアアア、嫌だぁ~!」


愛と痛みを妖絶に勘違いした二匹の巨乳魔女&巫女に引きずられながら、剛は、

そう言えば彼女達と出会った時も、自分は引きずられていた事を思い出していた…



 (畜生め!…連合軍の糞ッタレ共が…)


 点滅した栄光灯が続く長い廊下を屈強な二人の兵士に引き摺られながら、

剛は毒づいていた。転生姫、鬼娘や人魚の報復を逃れるため、彼が選んだ道は軍隊だった。


日清、日露に中国戦線、シベリアを経て、先の太平洋戦役においては、

南方の島々で戦った彼は、終戦と同時に連合軍に拘束される。


上級将校以外は、人間とも思わない日本軍にはバレなかったが、

様々な時代の戦場で年恰好の変わらない剛の姿は、以前から敵に注目されていたようだ。


拷問に等しい人体実験は、常日頃から報復少女達にいたぶられている彼には苦でもなかったが、自身達の手に負えない存在という事がわかると“処分”を早々に決めた。


「着いたぞ。ここが終点だ。」


長い廊下の先は海だった。波が打ちつける岩場の先端に、

鉄のフェンスで仕切られた鳥籠のような場所に、彼はそのまま突き落とされる。


顔を上げる彼の前には巨大な船影が立ちはだかっていた。


「凄ぇな、戦艦長門にドイツの船?軍船も実験に使うのか?」


“原爆”による核爆発…それが、剛達のような異能者に対し、どの程度の効力を催すか?

今回の実験には、それも含まれている。


連合軍の扱いには正直、ムカつくが、自分としては、もしかしたら、これで死ぬ事が出来るかもしれないという期待もあった。


数百年の時を生き、人の醜さ、業の深さをウンザリする程見てきた。素敵な出会いもあるにはあったが、それが報復者として、永遠に追い回される結果に繋がるようでは、さしたる

未練はない。


爆発のカウントまで、残り数分…走馬灯のように蘇るのは、彼女達に与えられてきた責め苦の数々…


(あっ、駄目だ。目開けよう。)


軽く絶望し、広げた視界が、後頭部の鈍い鈍痛と共に、黒一色に塞がれる。


「あ…ゴメンなさい!」


可愛い片言声と一緒に、視界を、細く綺麗な太ももと逆三角の白がよぎる。


「あー!!危ない!避けて!避けてー!!」


死ぬ前にイイもん見た!と叫びたい剛の衝動は、続けて聞こえてきた元気というか、

かますびしい日本語に遮られ、再び、後頭部の鈍痛として再現された。


「ごめんなさーい!大丈夫ですかー?」


赤い袴を翻した巫女さん風少女が、はしゃぎながら、謝罪する。横には、

いかにも魔女といった黒いローブと三角帽子を被った金髪娘の姿があった。


何だろう?これから実験で跡形もなくなる剛に慰問的なサービスか?それとも

既に爆発は起こっていて、自分は死んだ?ここは極楽?それにしちゃ、随分、ハイカラな…


「どっちも違いマス…」


「ええっ?心読まれた?すっげぇ!」


「そーです!エーリカはドイツで一番強い魔女です!そして私は日本で一番の

霊力のある巫~女さん、やえちゃん!です!」


「ヤメテ、恥ずかしいし、くすぐったいよ!ヤエ…」


テンションの高い巫女やえに胸を揉まれた魔女エーリカが恥ずかしそうに俯く。

しかし、剛としては、そんな事より…


「何で二人はここに?てか、これから何が起こるのか、知っているのか?」


「勿論、新型爆弾で私達を吹っ飛ばす予定ですよね?そして貴方も私達と同じ

人を外れた者でしょ?」


屈託なく、てか、悲壮感無しで、明るく喋る彼女に剛は純粋に驚く。何だ?コイツ等は

今までにないタイプだ。いや、だからこそ聞いておかねばならない。爆発まで

あまり時間はない。


「わかってるみてぇだが、いいのか?二人は死ぬんだぞ?いや、多分、俺もだけどさ…

なんつーか、それで終わり?まだ若い二人、確かにどっちの国も焼け野原だけど、


生きて、頑張るとか、生きてりゃ何とかなるとかさ!そーゆう考えはないのか?」


慌て、捲し立てる自分がいた。もう、姫様や人魚に、鬼娘に言った事が混ざったような台詞だが構わない。恐らくこれが自分の性分なのだ。困っている奴を放っておけない。その代償はいつも高くついたが…それに対する後悔は微塵もない。だから、ここまで生きてこれた。


この最後かもしれない状況でようやく気付いた。だから、生ある、最後の一瞬まで、

救わなければいけない。


しかし、目の前の二人の少女は優しい目で、必死に“生きろ”を繰り返す剛を見ている。

悲惨極まりない状況なのに、自覚はない。いや、覚悟を決めているのか?どっちにしたって

最悪だ。


「ありがとう…日本の人。デモ、ワタシは充分生きマシタ。彼等は言いました。

国の大切な人達の代わりにワタシが実験台になる。ソシタラ、これ以上、国に住む人達に

ヒドイ事しない。これヤクソク。私を大切にしてくれた人達のタメナノデス。」


エーリカがローブの両端を持ってはにかみながらも、優雅に会釈をする。ちっくしょう!

話はきかねぇし、可愛いな!もうっ!!


「お兄さん。巫女とは本来、不浄をその身に一切を背負う者なのです。私の存在は

この国全てを完全に滅ぼさせない、日の本を守るための犠牲。


悔いはないです。美しい祖国の礎になるのなら。」


その巫女さん衣装からあふれ出しそうな、わがままボディは、戦後の我が国に、

絶対必要だよ!!…ちっくしょう、こんなにも素敵で崇高な娘達が、剛達の頭上に

鳴り響き始めた英語放送の10秒後には一瞬で灰になるのか?


いや、最悪なのは、自分だけ1人生き残る事だ。そんなのは考えたくもない。

どうする?何とかこの二人だけは助けなくては!


全く白人の糞ッタレ、1人で死なせてくれれば良かったのに。とんだ連れ添いをつけてくれたもんだ。一体、どうする?複雑な説得は無理、考える暇はない。あまりにも時間が無さすぎる。


英語のカウントが5を切った。二人の少女は仲良く手を繋ぎ、目を閉じている。一切の迷いはなさそうな面構えに、剛の心は焦りを通り越した。


(もうどうでもいい!こちらとら、数百年生きてんだ!その間救った(?)女の子の

数は3人!数百年でひとケタ!救ねぇ、いや、少ねぇとは言わせない。九鬼の時に出かかった言葉を今言うぞ!)


カウント3で息を吸い、めいいっぱいの声を上げる。


「俺は嫌だぞ!!!」


剛の怒号に二人がビクッと目を開け、怯えた顔をする。カウントは2、いよいよ最後が

秒読み。


「お前等とは数分で会って、色々知らねぇけどな。とりあえずあれだ!こんな女の子

二人、犠牲で保たれる国なんて消えちまえ!馬鹿野郎って訳だ。


俺はまだ“えっ、巫女さんって袴の下穿いてんの?”とか、

“魔女って箒またがる時どうなの?”とか、色々知りてぇ事いっぱいだぞ!…


あ、ゴメン、その表情、驚愕?それともドン引き?ま、まぁ、俺のくだらねぇ戯言は

置いといて…あれだ!!


死ぬのがオッケーって覚悟があんなら、死んだ気で来世風?な新しい人生始めよう!

一緒に!…いや、一緒じゃなく・・・てもいいけどね!俺としては!」


カウントは1、そして二人に効果はアリ。両方とも、戸惑い頬染め…


「えっ、それって…」


とか言っている。皆まで言うな。酷薄な現状!時間はない。


「よーっし!九鬼に、人魚ぉぉっ、さん!!いるんだろ!?後はよろしく。」


「鬼を便利屋みたいに使うな!」


「人魚も同じく!」


剛が叫び、岩場から飛びだした九鬼が鉄柵を切る。海上に落ちた二人を掴み、海中へ逃がすのは輪子。それと同時に激しい閃光と爆発が全てを包みこんだ…


次に目覚めた時、自分はまた“死に損なった事”を確信した。輪子に九鬼、エーリカ、やえが自分を覗き込んでいる。極楽には程遠い景色だ。それとも、ここは地獄?

まぁ、悪くはないか…


静かに笑う剛を見た報復女子達が、一瞬安心したように微笑み、すぐにキツイ表情に戻って、去っていく。彼女達の言葉を聞かなくてもわかる。


“今日は見逃す”と言う事だろう。長い…長い付き合いだ。


「ヨカッタ…」


笑うエーリカの隣で、やえもゆっくり微笑み、剛の頭の傍に座る。


「ありがとう、お兄さん。お礼に、さっき叫んでた疑問にお答えしましょう!!

さーて、気になる答えは~っ?」


鈴のように明るい彼女の声と一緒に、赤い袴が、ゆっくりたくし上げられていく。

剛の笑みが、さらにゆっくりと広がっていった…



 あの頃は本当に良かった…いや、今が悪いと言う訳でもないけど…

二人の愛と安心をどうにか、体で勝ち取り、ボロボロの体を引き摺り、夜の町へ繰り出す事に成功した。二人には、明日の買い出しだと言い訳し、

外出という自由を得ている。


エーリカの「心配だヨ」コールは、ありがたいが、心配のあまり、恐らく今夜も添い寝をしてくれ、彼女の豊満バストに押し包まれ、窒息死しそうで、出来ない生き地獄を味わうのは正直やり過ぎだと思う。


(皆、可愛いし、いい子ではあるんだけどな。)


そう、剛が思う事が出来るのも、1人だけの、この時間があるからだ。大切な時間だと思う。

だが、貴重な時間はいつだって、速攻終わりを告げるものだ。


ウッカリ、例の女の子が立つ竹藪に出てしまったのが運の尽き…何故か、そこに黒瀬姫華が

立っていた日には、もう絶望しかない。


(俺は只の通行人、通行人A…通行…)


「剛…?」


「あ、はい、こんばんわっすね!黒瀬さん。」


速攻で発見された事に軽く絶望するが、仕方ない。さて、今夜はどんな理由を付けられ、

いたぶられる事やら?


「あれ、見える?」


黒瀬が指さした先には、件の狐少女が立っている。意外な展開に思わず答えてしまう。


「キツネの女の子?てか、黒瀬さん、見えるんすか?」


「うっすらとだけどね。キツネかどうかは知らない。でも、悲しそうなのは伝わってくる。」


そう言う黒瀬の視線がこちらを見る。400年経っても変わらない。あの時と同じだ。

彼女の目を見た時、自分は救うと決めた。何度、転生を繰り返したとしても、本質までは

変わらないという事か…


でも、関わるべきではない。関わるという事は、その者の人生に対し、責任を持つ事になる。

これ以上は背負いきれない。いくら不死身の自分でも、限界はある。他の“視える”

誰かに任せるとしよう。


黒瀬に黙って首を振り、その場を去る。後ろ髪を文字通り引かれるが、今は心の回復が

重要だ。厄介事を背負いこむ容量回復のためにも…


「それでいいの?」


黒瀬の声に、剛の足が止まる。今、振り返ったら絶対、あの目に負ける。確信があった。

そうしたら、絶対にあの子を助ける事になる。繰り返しだ。結局最後は、しくじって…

新たな報復が…


そう想う心とは裏腹に、体は振り返った。予想は的中、黒瀬の瞳に加えて、狐耳の少女まで

こっちを見ている。


「馬鹿だな…俺は…」


苦笑交じりに呟き、剛は現報復少女と報復候補の少女に向かって、歩みを早めた…(終)





 

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握運 剛(あくうん つよし)は報復される!?  低迷アクション @0516001a

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