/16.
こんな結末だ。
そう言ってしまいたかった。声に出してしまいたかった。
合奏は、いつも通り散々だった。上達しているのかどうかもわからない連中の音程は、私の音とは比べ物にならないくらい、狂っている。
辿る結末すら、見え透いている。
これでは、三文役者の不出来な芝居だ。去年だってこうなった。一昨年もこうだった。だから今年も変わらない。吹いて、練習して、本番やって、結果を聞いて、泣く。どうせその後、真白あたりがスピーチする。来年こそは金取れるように頑張ります、なんて。でもそれは去年、理沙も吐いていた科白だ。何も、変わらない。
最後に、足部管をケースに収める。
半日練が終わった音楽室に残されたのは、私ひとりだけ。誰も聞いていないのだから、声にしたって価値を持たない。
――どうせ悪役なのだから。私だけが抗っても無駄なだけだ。
我慢ならずに垣間見えてしまう。泣くにはまだ早かった。そんな不足を意識したところで、息が苦しくなるだけだ。
妥協。一度だけ、床を蹴った。思い切り。頭の中まで静かになる。引き波のように、詰まった息が遠ざかってくれる。わかっているから、だからこそ意識したくはなかった。爪先から脚にかけてが、軽く痺れていた。
片付けを済ませて、出入り口の戸締りを全部チェックした後、外から音楽室に鍵を掛ける。
理由がどうあれ、今になって私を排除したところで曲が成り立つとは思えない。楓もそれくらい理解している筈で、それならば恐らく、私は改心を求められているに違いない。
……ずっと、夏に入ってからずっと、求められてきたことだ。
職員室に鍵を返し、下駄箱まで降りると、麻由がしゃがみ込んでいた。
「遅かったから、心配になって」
臆面もなく、麻由はそう言った。
「待ってたの?」
「うん」
自分の顔が引きつったのがわかった。それが是かどうかはともかく、こういうときは放っておいてくれた方がマシなのだと、麻由なら知っている筈だったから。
「マコちゃんは後悔しないん?」
「何を」
日向に逃れても、麻由は離れてくれなかった。
自転車置き場から校門の方を見れば、馴染み深い姿があった。私が、一番に求めている姿。美果。黒い私服姿だった。幻かと思ったけれど、どうも現実らしかった。
……ああ、それで。だから麻由は動けなかったのか。
「陽ちゃんセンセ、心配してるって」
「そ」
「マコちゃん、戻っておいでよ」
「それって、先生の差し金?」
「違うよ。陽ちゃんは心配してたけど、それは私とは別だから。陽ちゃんじゃ、戻って来いなんて言わないよ。それに、陽ちゃんは知らないでしょ、マコちゃんが一年の頃」
「言わないで」
「今日ので、うちが思い出さないと思ったの。うちだけじゃない、あいつらが思い出してないとでも思ってるん。あんな場所にまで戻る気なの、マコちゃん」
凡そ、私の思考は見透かされているようだった。麻由だからこそ、或いは警告かもしれなかった。悪態をついて返してやろうとは思わなかった。
「もう止めよう、マコちゃんも。私も許してないし、そりゃあ出来るならって思ったよ、でもそんなの」
「妄想ってか」
「そこまで言ってない」
「知ってる。麻由がそうでも、私は」
「願望だっけ」
「……もう、思い出せなくても」
「あんなの、自分で自分を傷付けてる……思い出してるんじゃん。思い出してるから、あんなのを」
「あんなのって何」
「その趣味だよ」
頑なに口にしない麻由に、つい笑ってしまう。
「……まあ、呼称が無いものね、これ。グロ趣味? 猟奇趣味って言えばいいの?」
麻由は私より先に動いていた。麻由が押す自転車は、校門とは反対の裏口に向いていた。簡単に倒れそうな脚が、毅然とそこに立っていた。
つい笑ってしまったくらい、もう私は疲れてしまっているらしい。
「――で、戻るって何」
「わかってるよね。もう、こっちに戻ってよ。戻っておいでよ」
スタンドを蹴った。
「麻由のことは、わかんない。私には。どうして私がそっちにいられると思うのかも、そっちに戻るなんて発想も、私には理解できない」
「逃げないでよ、私も逃げんから。わかんないって逃げないでよ」
自転車を押して駆けだした私に、今度こそ、麻由は着いてこなかった。
頭と胸と、とにかく身体の奥に滲んでしまった何ものかが、私にその存在を主張している。思い直していき当たる、ほんの、氷山の一角に過ぎないそれをぶつける為には、不自由な言葉だけでは到底足りそうもない。
けれど、それそのことを口にする勇気はついになかった。そも、そんな大袈裟な――恐らくは鼻で笑われるだけでは済まない醜態と火種に迫られた――動機を以て臨む中学生なんて、私の他にいる筈もないし、余計な頭は回さなくて良かった。ただ吹いていられれば満足で、同時に、私は満ち足りないようもないと理解していた。
だいたい、思い出したくもないことを思い出させてくれる。
そんな奴は私ひとりで充分だった。
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