/6.

 私の友人は、揃って朝に弱い。

 来ない美果はともかくとしても、双葉は朝に余裕がなく、麻由は見た目通りに貧血と低血圧。ホームルームでも両隣が空いたままなのはそのせいだった。

 双葉曰く、麻由とは下駄箱あたりで会ったとのことで、麻由は真っ白い顔をより生白くさせていたから、そのまま保健室に連れて行ったらしい。まあ、そこそこの頻度であることなので、あまり心配することではない。

 寧ろ我が身の心配をするべきだろう。寒川先生には、昨日も一昨日も散々に怒られているから。呼び出してまで怒らなくてもいいんじゃないのかな、というのが正直な感想。尋常じゃない点数の変動だったとして、私が何点だろうとそれはそれ、の筈なのだけれど。気に掛けてくれるのなら、その分の笑顔の労力を察して欲しかった。最早、過去形だ。

 窓の外を伺っても、遅刻してくる姿はなかった。これは来ないパターンか、それともまたやってしまったパターンか。

 けれどこの際、美果がいないのは幸いかもしれない。仮にも美果がいれば、面白くない顔をする――いや、後からきつく睨んでくるだろうことは、想像に難くない。あの二人の仲はいつの間にやら最悪だ。

 ホームルームが終わって、私は麻由を迎えに保健室へ向かった。双葉も一緒に行こうと誘ったけれど、一時間目の英語の予習がすっかり頭から抜けていたらしく、律儀にも急いでノートを作っていた。

 麻由は保健室から出て、廊下に立っていた。

 薄暗い一階の保健室前で、麻由は窓枠に半身なってもたれていた。荷物は足元に置かれている。見るからに力が抜けている感じ。保健室に連れて行かれるのも道理だった。

「一時間目から休んだら、帰らされるし」

 保健室に帰った方が良いと私が勧めるより先に、麻由は脱力した身体を預けて来た。肩のあたりに頭が縋る。骨ばっているから、硬いというより痛い。

「朝ちゃんと食べた?」

 無理をしているのは明らかだ。

「……夢に」

 呻きながら、麻由は首を振る。私のブラウスが擦れていた。

「夢?」

「最悪だった……」

 どうにも朝は摂っていないらしい。寝不足気味に、目が多少潤んでいる。それにこの暑さとくれば、後は些細な調子の悪さだけでも倒れるには充分な引き金になりそうだ。

 言葉にならない呻きが繰り返されていた。一時間目が始まるまで、決して余裕がある訳ではなかったけれど、ぐったりとした麻由を引き摺って帰るのも気が引ける。なるようになれ、と思って窓枠に片肘を乗せた。ある程度ならまだ、私という免罪符も効く筈だし。

 暫くそうしていたものの、麻由は深呼吸をして私から離れた。

「階段いける?」

「うえー、だる……頑張る」

 言いながら半歩。またふらついた。瞼が左だけ二重になっている。結局、麻由は正面から窓枠にもたれかかった。顔色は戻りつつある。だいぶ楽にはなっているらしい。

「寝覚めが悪かったってだけなんだけど」

 険のある言い方だった。

「夢を見たんよ。沖縄。修学旅行」

「……ああ、それで」

 沖縄。修学旅行の平和学習。

 合点がいった。麻由にとってはトラウマの場所だ。

「ずっと暗い場所にいたん。最初はわかんなかったんだけど、壕の中だった」

「あの日の夢だった訳……」

「さあ、だってマコちゃんいなかったし、もう混ざってた。話してみると馬鹿みたいなんだけどね、出られないんだよ」

 声は笑っていても、顔は笑っていない。

「白黒の……腕、みたいなさ」

 言いにくそうに、麻由はそれだけを呟いた。

 思い出す。白黒の腕。恐らく、麻由にとって強烈な――逃げ出した記憶。夢がどんなものだったにしても、白黒の腕から想起するのは、あの記録映像。かつて戦地となった沖縄で刻まれた、人間の身体の一部そのままの記録だ。

 麻由はあの映像を事前学習で目にしたとき、殆ど反射的に、教室から飛び出していった。

 そしてあの時から、麻由は私たちと話が合わなくなった。致命的なまでに。

「あー気持ち悪い……何でこんな重なるんよ。最悪。休みたい」

 チャイムが鳴った。時間切れ。タイムズアップ、英語の先生の空耳が聞こえる。

 やむなく麻由は窓枠から離れた。今度はしっかりと両足で立っている。もう支えは要りそうにないものの、不釣り合いに大きな麻由の荷物を、私は抱えた。急げそうにもなく、寧ろゆっくりと、授業の始まった教室へ帰った。

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