六月二十二日 京宮
振り返ってみれば、こんなに毎日移動してばかりの日々は初めて穂乃方を出たとき以来だった。
あの手紙の主に追われているような気がして、怖かったのだ。
京宮のような大きな街までやってきたのも人混みに紛れたかったから。
私は、そう思っていた。
自分のことが自分でわからなくなった。
自分のことが信用できなくなった。
わからない。
今日、あの手紙の主に会った。
「未都で俺はあなたに会ってるんです。覚えてませんか?」
そう言われても、覚えがなかった。
日記を読み返してみると、たしかに私は未都でその大道芸人らしき人物に会っているようだ。
手品に失敗してあまりに落ち込んでいたので、銀貨1枚を投げ入れた大道芸人だ。
たったそれだけのことで、ここまで追いかけてきたのが私には信じられなかった。
その男はやや痩せ型で身長は一般的な成人男性と同じくらい。年は私よりはいくつか上だろうか。
やけに得意げでいちいち大げさに話す。職業ゆえのものなのか、生まれ持っての性格なのかよくわからない。
顔は細面で、こんな顔の面長の小型犬がいたと思う。
名は「梔子鈴也」と名乗った。
静かなのかうるさいのかよくわからない名前だ。
私の名前は名乗らなかった。面倒臭くなりそうだったから。
「じゃあ、旅人さんって呼ぶよ」
と男は言った。
呼び名なんてなくても適当にやりすごせるものなのに。
声をかけられた瞬間「うれしい」と思ってしまったのはなぜだろう。
もしもこれが母親なら嫌な気持ちになっていたはずだ。
この男が心底うれしそうに笑っていたので、それにつられてしまったのだろうか。
アバラスド旅行記 花苑 @Blumengarten
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アバラスド旅行記の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます