歩きスマホが超戦闘力だったら世界平和になる話【五人少女シリーズ】

KP-おおふじさん

歩きスマホーン・アイデンティティー

 今、大流行のスマホアプリ……アニメで人気のキャラクターを、実際の空間を歩いて探すというコンセプトのゲームがあった。衣玖はアニメを毎週欠かさず見ているし、当然そのゲームも絶賛プレイ中だった。


 彼女たちの集まりの中で唯一そのゲームをプレイする衣玖は、毎日のように外出して、それはもう夏にも関わらず本当に精の出ること。興味の無い他の子らはエアコンの効いた部屋でのんびりと過ごしている。


「そういえば今日も衣玖さん、ヨーカイ捕まえに行ってるんですの?」


 ふと、西香がみんなに尋ねると留音がプラモデル作りの片手間に答えた。


「そ。あの子連れて今日はピカニャンの出現地まで行くって気合い入れてたよ」


 ちなみにあの子は衣玖と一緒にアニメを見ている事がある。マスコットキャラクターのピカニャンがとっても可愛いと子供から大人まで評判が高く、その子も漏れなくピカニャンを見てみたいとついていった。


「こんな暑い中よく行きますわねぇ。あの子も災難……全く、何が面白いのかわかりませんわ」


「でも世界中ですごーっく流行ってますよねっ、外ですれ違う人、みぃんなやってる気がしますしっ。友達も出来るって話ですよぉ?あ!西香さんもやってみたらいいかもしれませんねっ!通信量の無駄になるかもしれませんけどっ」


 無邪気な表情の真凛。エグい。


「何だか引っかかる言い方ですわね……でもそれは朗報。まずはインストールだけでもしてみましょうか……」


 それからしばらくすると、衣玖とあの子が帰ってきた。


「ただいま。ひぇーあっついわ。でもピカニャン八匹もコインにしてきたわよ」


 二人はエアコンの前に立つと、衣玖はその子を近くにあったうちわで扇ぎながら涼みはじめる。


「お帰りなさい。随分早かったんじゃないですかぁ?いつもはもっと探検して帰ってきてません?」


 衣玖はうちわを隣のその子に渡すと、服の襟元をパサパサと引っ張ったりしてエアコンの空気を直接体に送って快適そうにしながら答えた。


「それがこの子に虫が集るのよ。一緒にヨーカイ探しませんかーってチャラいのがね。鬱陶しくって帰ってきちゃったわ。私たちに話しかけるならクリスタルスカルでも首に下げて来いって話よ」


 その子は自分のために切り上げさせて申し訳ないと、うちわで衣玖を扇ぐが、衣玖は柔らかく「気にしないで」とうちわをとって扇ぎ返している。


「ふむふむ……一緒にヨーカイを探すという口実で声をかけるんですのね。そうして友達を作る、と……」


 熱心にメモを取りながらアプリをインストールし、チュートリアルを始めた西香。


「友達作りになるのはいいですけれど、携帯かざしてキャラクターを探して遊ぶなんてどこが面白いのかさっぱりわかりませんわね。こんなのに大人まで夢中に……あら?あら!」


 呆れ声はすぐに興奮したような声音に変わり、一番暇そうな真凛にブンブン手招きをして呼んでいる。


「ちょっと真凛さん!うちにヨーカイいますわよ!!ゲーム会社の人がわざわざ設置したんですの?!わたくしのために設置してくれたのかしら……」


「えー!そうなんですかぁっ?!西香さん、早く捕まえてみてくださいよぅ!」


「あ、そうですわねっ……」


 気合いを入れ、片手でがっちりスマホを握り、オーバーなフリック操作を数回繰り返してなんとか捕まえることが出来たようだ。真凛がパチンと手を合わせて歓びを表す。


「やりましたね!西香さんっ」


「ま、まぁ当然ですわ。ふふん。それにまだ近くにいるようですわね……あと、このスポットって何ですの?……ちょっと近くまで行って見てきますわ」


 誇らしげに鼻を鳴らした後、西香はスマホから目を離さず、そんなことを言いながらソロソロと一人で出て行ってしまった。


「……マジかよ。さっきまで自分がなんて言ってたか覚えてねーのかあいつは……」


 留音はそれこそお化けでも見るようにぽそりと呟く。


「まぁ不思議な魔力があるのよ。ルーもやってみれば良いじゃない」


「えー、あたしはいいや。流行りもんはなんか冷めちまうんだよなぁ。大体外出てケータイの画面ちまちま見っぱなしなんだろ?ガラじゃないよ」


 と言いつつ、長い指で丁寧に人気ロボットのプラモデルを作っている。つまるところ「興味無い」の同義語。


「見っぱなしってわけでもないわよ。歩きスマホにならないでちゃんとプレイできるように設計されてるの」


「……それ、西香さん知ってるんでしょうか。出て行くときガッツリ画面見てましたけど……」


 真凛がぽやっと呟くが、みんなどうでも良さそうだった。



 数十分後に帰ってきた西香は案の定、注意を受けたのは確かだったのだが。


「本当に凄いですわよあのゲーム!ちょっとそこまで出ただけで三人とお話し出来たんですの!」


 ただ本人はわかっていないようで、興奮しながら喜んでいる様子。


「一人目は公務員の男でしたの!まぁ男の信者ならいっぱいいますし、警官の男性なんて堅物そうでなんかなーと思いましたから、丁重にお断りしたんですけれど、彼ったら歩くときは画面を見ないで僕を見てって言うんですのよ!プレイしているだけで公務員の男すら職務放棄させて惑わすとは、わたくしの魅力もあれど恐るべしヨーカイ……ですわ!」


「そいつぁよかったね」


 実際は画面を見ながら歩かないで、としか言われてない。みんなはもちろん気づいているが、割とどうでもいいので指摘もしない。西香はまだ話し続けている。


「でもわたくしが欲しいのは女友達ですので、今度は二人組の若い女性グループに声をかけてみたんですの。もし、そこのお二方?わたくしと一緒にヨーカイ探しますよね、と!そしたらお二方、なんて言ったと思います!?やってません……って!世界中で流行ってるのにそんな事あるわけないですわよねぇっ。でもわたくし、気づきました。これは友達間で行われる冗談遊びなんだって。だからわたくし、それに乗って差し上げました。じゃあわたくしのスマホを貸しますから、これで三十枚のコインを集めてきてと。やったことがないなら遊ばせてあげようという心遣い……どうですか?冗談に付き合った上でそんな心遣いまでかけるわたくしって本当に可愛くて健気……まぁ用事があるとかで帰ってしまったのですが……でもたしかに、このゲームでは知らない人と心の交流が図れます。素晴らしいゲームですわ!!」


 聞いてしまった人に心からお詫びしたいくらい長い演説。得意げになって感動を語る西香に、みんなどんよりと空気をよどませる。まぁとにかく、個人個人いろんな楽しみ方があるというのは確からしい。


 そうして爆発的な普及をしたゲームは、人気の一方で同時に歩きスマホという問題も露呈していく事になった。連日のようにテレビやWebニュースなどで取り上げられ、邪魔だ規制だと声が上がり始めると、瞬く間に健全に遊んでいたユーザーにまで波紋が広がり、社会問題にまで発展。やがて歩きながらスマホを取り出そうとしたように見えた時点で訴訟されるという事態になった事で、ゲーム会社はついに本アプリの国内配信を中止するに至った。


 全ては歩きスマホをする一部ユーザーのせいだ……そんな声を上がるのも無理はない。健全に遊んでいたユーザーはどういう気持ちでいればいい?


 その問いにIQ三億の衣玖は一つの答えを出す。大好きなヨーカイを取り戻すため、彼女は歴史に戦いを挑む。



 さて、変革を求めた衣玖が起こす聖戦に、一体どんな事から取り組んだと思うだろう。レジスタンスを組織し、武力によるヨーカイの奪還か。それともその超IQを駆使し、経済を掌握、金の力で無理やり復活させるか。はたまた隣国へ接触し、国家的根回しを行うか。


 彼女の取り組んだ道……それは学校を建てる事だった。誰も知らない山奥に、歩きスマホ者専用の学校を。その工事は天才的頭脳が中心にあったことですぐに完了する。


「でもなんで学校なんですかぁ?」


 建設が完了した新校舎を見物に来た真凛の質問に答えた衣玖の目はギラギラと野心が宿っていたという。


「意識レベルで変革を起こすには必要な第一歩だからよ」


 真凛はピンとこなかったが、それを留音が補足する。


「恐らくだが……衣玖は歩きスマホをする人間を消そうと考えてるんだ。そもそもそいつらがいなけりゃ、こんな大事にならなかったんじゃないかと考えてな。ほらみろ、重度の歩きスマホ常習者だった西香がガッチガチに縛られて拉致……入学させられている」


 西香は何度注意されても歩きスマホを直さなかった。警察が声をかければしつこく友達になってくれるのかを聞き続け、何人かがトラウマになって辞職したという話まであった。


「いやあああああ!わたくしっ、宗教上の理由でスマホを手放せませんのぉ!か、戒律があってぇええ!スマホ!スマホを返してくださいましー!」


 手足を縛られたままどこかへ連れて行かれようとしている依存患者西香。宗教の自由を盾に喚く西香に近づいた衣玖は何故か腰に備えていた鞭を取り出し、弱めにペチンと西香の頬に当て、それを首筋に這わせながら囁くように言う。


「黙れウォーカー。私がお前をしっかり調教してやる。今日から私がお前の神だ」


 学校というか、そこはもう強制なんとか所のようになっていた。


「やべぇよ……衣玖がガチだ……なんだよウォーカーって……」


 だが果たしてそんな方法でヨーカイを取り戻せるのか。


 その答えは数ヶ月後に出る事になる。


 順を追って説明しよう。国家機関と提携した衣玖は、重度の歩きスマホユーザーを対象にこの施設への入学を勧める。例え本人が嫌がったとしてもその親などにつけ込み、強引に入学者を増やしていった。


 そんな方法だから、当然反発は多かったはずだ。歩きスマホユーザーにも言い分はある。「メールが来てないかちょっと見ただけ」「周りに誰もいないと確認してるから平気」「スマホがダメなら地図や時計を見るのも同罪だ」……だがそんな彼らも、衣玖の話を聞く事で入学にケチをつけなくなる。


 一体何故か。


 IQ三億的な催眠術にかけているわけでも、卒業後になにか大きな報酬があるわけでもない。ただ、歩きスマホのあり方について納得しただけだった。


 なら、衣玖はどのような事を話しているのだろう。


 真凛と留音とあの子が、開校後初めてその学校に遊びに来た日……新入生歓迎会が行われていた時、衣玖の演説風景を偶然見かけた。


「……であるからして、危険な歩きスマホは唾棄すべきものと言われている。だがそれならば、逆に危険でないものがあるのだろうか!車はどうだ、免許があるから危なくないというわけじゃない。だがあれは、適切な使い方を熟知したものであれば使って良いとされている。ならば包丁はどうだ。こちらは子供でも相手を突き刺す力があれば、誰だって亡き者にできる。にも関わらず免許などいらない。……ならばもっと身近なボールペンはどうだ……!文字を書くためだけにしか使えないと思うか!?あるスパイはナイフを持った暗殺者相手にボールペンで格闘戦に勝利した!」


 ごくり。三人とも理解もできず魅入っている。頭の中で考える事はただ一つ。何を言っているんだこいつは、ということだけ。


「重要なのは、愚民どもに『こうであれば危険じゃない』と思わせる事である!!安全運転をする車は危険じゃない!料理にしか使わない包丁は危険じゃない!文字を書くだけのボールペンは危険じゃない!歩きスマホも、私にかかれば民衆にその意識を植え付ける事ができる!規制規制では何も生まれん!危険なものを危険だと、ダメなものをダメだとしか言えぬ人間のどこに価値があろう!!我々人間の英知はロックにあり!!既成概念と戦え!決まりごと全てに疑問を感じろ!我々が危険だと言われる歩きスマホを、歩きスマホ然とした状態のまま危険でないものに変えるのだ!!それには諸君らの協力が必要不可欠である!!立てよ選ばれし者たち!我々が!!歩きスマホに対する意識を変えるのだ!!」


 空気の流れを感じ、葉の落ちる音すら聞こえそうな静寂、無音による意識の調和……そして新入生から一斉に拍手が沸き起こった。


「な、なんだこれ……あいつは何を変えようとしてるんだ……」


 既に開校からしばらく経っているが、衣玖と会うのは自宅にたまに帰ってくる時だけ。最近は忙しくあまり帰ってこれないということで、留音たちが尋ねることにしたというわけでここに来たのだが……。


「なんだかわかりませんけどぅ、でも衣玖さん元気そうで良かったですねぇ〜」


「元気そうってか、別の心配が……」


 なんて圧倒されている留音とあの子、そして空気違いの真凛……。色々と面倒そうだとそこを離れようとした時。


「誰だ!貴様ら!」


 顔の見えない服装をした警備員に見つかると、直ぐに取り囲まれる。ここはディストピア世界か。


「侵入者!侵入者!!」


 あれよあれよと連行され、総帥室なんて書かれた部屋に通された。そこで待っていると、シークレットブーツとガッチガチの肩パッド入りのマントを羽織った総帥……というか衣玖が現れる。


「ルー、真凛、それにあなたもいらっしゃい。今日は一緒にスマブラで遊ぶ日だったわね。わざわざ来てもらったのにちゃんと出迎えもしないで悪かったわね」


 なんて話しているが、その衣装が、もうドが付くほど似合っていなくて留音も真凛も吹きこぼしそうだ。


「ぷふっ……それはいいけどさ、んふ、なにその格好……ダサ……ぷふふ……」


 なんて茶化しながら留音がガッチ盛りの肩パッドに触れようと手を伸ばしたその瞬間、喉元に背後から刃が突きつけられていた。


「総帥に触れるな」


 背後から放たれる殺気に一瞬にして血の気が引く。留音も一応格闘技の心得があるにも関わらず、その気配を少しも感じ取れなかった。それに、その声……。


「えっ、西香さん……?」


 後ろから様子を伺っていた真凛が驚きに満ちた声でそう言った。確かにそうだ、西香の声。


「よいのだ西香。私の友達だ。お前は下がっておれ」


「御意」


 衣玖の命令を聞くと、ヒュンッ、と風の気配を残し、西香は消えた。


「……って、え、なんだ今の!?あいつここに拉致られてから何があったんだよ!?っていうか総帥って何!」


 能無しのように当たり前の質問しか出来ない留音だが、この時は核心をつく。


「ハッ!!……気付いてしまったのね。私が総帥だって事に」


 胸元の徽章を隠しながら目をそらす衣玖。ばれてしまったと残念そうだ。


「いや、ハッ!じゃねぇよ!総帥室!!総帥の服!!あいつも総帥って呼んでたじゃん!!隠す気ねぇじゃん!」


 留音はそれぞれ指を差しながら言うと、衣玖は鋭く見抜かれたことに清々しさを感じているかのように笑う。


「ふふっ、ルー。あなたっていつもそう。低IQのくせに、大切なところではいつも鋭いの。……変わらないわね。そう、私が総帥。嘘はつかないわ」


 普段なら字を読む事すら放棄し、人の話も聞かないはずの留音……なのにこの短時間で自分を総帥だと見抜いた事に、衣玖は懐かしい友情の香りをうっとりと感じながら、同時にもう二度と戻れない日々への哀愁も覚えていた。


「わぁ、なんか凄そう〜。でも衣玖さん衣玖さん、たしか歩きスマホを無くすために活動するんじゃなかったんですか?忍者みたいなのが出来上がってたような……」


「……まぁ長年の付き合いもあるし、特別に話してあげる。私はたしかに、歩きスマホに関しての活動をすることで総帥となったの。でもそれは無くすためじゃないわ。歩きスマホという行為そのものから危険だと思われる要素を無くすこと……これが私の活動なの」


「はぁ……全然ピンとこねぇ。その結果どうして西香がああなったのか全く繋がらないんだけど」


「えっ?ルー、あなた本当に鋭くなったのね、西香の変化に気付くなんて」


 久しぶりに子の成長を見たような優しい瞳で留音を褒める衣玖。


「お前あたしのこと絶対馬鹿にしてるよな?」


「西香のことを知りたいなら、ここの活動内容を知ること……それが一番のヒントになるわ。……昔のよしみであなたたちがどうしてもと言うなら教えてあげる。でもこれを聞いたら後戻りできないわよ。それでも聞く?」


「いや、ならいい……」「おしえてくださぁいっ」「あっ、ばかっ」


「そう言ってくれると思ったわ。仲間が増えてくれて嬉しい。じゃあこっちへ来て」


「あーぁ、仲間にされちゃったじゃん……」


 衣玖は先導し、学校内の施設を見て回る。生徒の年齢がまちまち、警備員などの職員がいちいち敬礼をする以外は特に普通の校舎という印象だったが、驚いたのは生徒の誰一人、歩きスマホをしていなかった事だ。


「へぇー。演説では妙な事言ってたけど、ちゃんと指導してるって事か」


「そうですねぇ、歩きスマホをしちゃう人を減らす活動が上手くいってるんですねぇ〜」


 その生徒たちの様子に、素直に感心の声をあげる留音と真凛。


「ん?彼らは今休憩時間だからしてないだけよ」


 するとチャイムが鳴る。生徒たちは急いで教室に戻り始めた。スマホを見ながら、その上駆けて。


「うおおっ、危ねえよ、どうなってんだよ」


 生徒たちは頑なにスマホを見ながら移動し、留音たちに当たりそうになりながらも教室へ入っていく。ギリギリぶつかりそうな生徒や、生徒同士でぶつかる者もいる。


「まぁ、ここは初等部に当たるクラスの近くだから、大目に見てあげて。私の目指した歩きスマホ安全化計画はもっと先で見られるわ。校庭へ出ましょう」


 そうして校舎の外へ。広がる校庭では一クラス分の生徒たちがスマホを見ながら体操していた。


「彼らは中等部に当たる子たちね。当然ながら年齢でのクラスわけでは無く、歩きスマホ適応力によって中くらいの能力があるとされている子たちよ」


「歩きスマホ適応力?」


 真凛がぽえーっと尋ねるわきで留音は「聞くなって……」とため息。


「歩きスマホ適応力はね、人類が持っている歩きスマホに適応する力のことよ」


「なるほどぉっ」


 留音は疲れた表情でその会話を流した。


「その中レベルの能力が今のあの子たちね。ほら見て、走高跳びスマホをしてる子。視野の狭さなど微塵も感じさせない、完璧な距離感でのジャンプ。あっちはマラソンスマホね。全員に蛇行してもらってるけど、全然誰も当たる気配がないでしょう。こうやって気配察知の能力を研ぎ澄ませていくの。そして更に上のレベルの生徒たちは……今は仮想街で訓練中ね。こっちよ」


 そうして連れて行かれた先では、映画の撮影に使われるようなリアルスケールの街が広がっていた。道路には車も通っているし、VRで作られた通行人もいる。なんて都合のいい空間だろう。


「あ、総帥!お疲れ様です!」


 訓練していた数人の生徒たちは衣玖を見つけるや頭を下げに駆けつけた。


「総帥、その方たちは?」


「えぇ、私の個人的な友達よ。今日は歩きスマホの新時代を見てもらいにね。あなたたちにもいい勉強になると思うわ。……西香」


 そう言ってパンパンと手を叩くと、煙と共に膝をついた格好の西香がポンと現れた。


「ここに」


 その姿に生徒たちは息を飲み、恐れおののく様子を見せる。


「西香、ここであなたの訓練成果をみんなに披露して。いいわね」


「御意」


 すると西香はスマホを取り出し、ゲームアプリを立ち上げたのだろう、そんなようなピコピコ音を鳴らして仮装街に歩いていく。


「あれが伝説の歩きスマホのエース、西香さん……僕、初めて見た……」


 西香の後ろ姿にゴクリと喉に生唾を通しながら、男子生徒が呟く。すると普段から西香に憧れていた女生徒が目をきらめかせながら説明を重ねる。


「えぇ、通称ウォーカー。私たちは警察に注意されれば、その場でだけはやめるレベルだった歩きスマホを、あの人は堂々とやり続け、その上警察が説得を諦めて逃げ帰るほどの重度の歩きスマファーだったって……格が違うのね」


 新しい単語が出てきた。留音はイラっとしながらも絶対に聞き返さない。


「へっ、それがどうした。俺たちだってもう歩きスマ力(ちから)はかなり鍛え上げてるんだ。そう大差なんてあるわけないだろ……見せてもらおうじゃねぇか……ウォーカーの実力ってやつをなぁ!」


 生意気な生徒が挑発すると、見せ場が始まったかのように西香の歩く先でアクションが起こった。西香の歩く道の先から、如何にも気の難しそうなジジイさんが歩いてきている。


「ほう、怒りのテクノロジー嫌いおじいさんですか。ボクの計算によると戦闘力は七十三……歩きスマホを認識するや、自分から当たりに行くことで相手を注意した気になるという厄介な人ですね。これは序の口にして、絶対当たってはいけない相手ですよ」


 メガネの生徒がクイっとメガネをあげながら様子を観察している。案の定、そのジジイさんが西香にロックオン、自然体を装いながらも明らかに西香に向けて歩速を上げた。このままぶつかると西香の身が道路に投げ出され、もしそこに車が来たら大惨事になる可能性もある。


 西香は歩きスマホに夢中でその様子に気づいているようには見えない……あの子が思わず駆け出そうとするが、それを衣玖が止めて小さく首を振った。


 そして次の瞬間、確かにジジイさんの体が西香にぶつかった。……はずだった。だがジジイさんが少し体勢を崩すと、それを西香が後ろから支える。まるで一瞬で場所が入れ替わったかのようだ。


「おじいさん、ちゃんと足元を見て歩きなさい、車にひかれたいのですか?」


 西香がそう言うと、ジジイさんのVRは消えた。クリア、ということだろう。


「何?一体何が起きたの……?誰か視えた……?」


 女生徒がその光景に目を見開き、意見を求めるが、生徒たちは誰一人答えることができなかった。


 だが留音は違う……長年の格闘経験から、その抜き身の刃の翻る瞬間を、しっかり捉えていたのだ。


「西香の奴、たしかにぶつかってた……だがその瞬間、ジジイの当たった衝撃をスマホのバイブ機能で相殺、だがそれだけでは終わらずに、今度はそのバイブパワーを脚力に流し込んでそのまま飛葉の如く転身したんだ……一瞬でな。素人には見えない」


 これまで馬鹿にしていたようだった留音も、その技の冴えを見れば意見は変わる。汗が一筋頬を伝っている。


「ちなみに……あれはわざとぶつかってあげてたの。西香ほどの能力ならそもそも避けることは容易いのよ。でもぶつかった。何故だかわかるかしら」


 衣玖がクスリと全員を挑発するように問う。真っ先に答えたのは真凛だ。


「あっ……あのおじいさんを守るため……?あのままだと道路に出て危なかったから?」


「そうよ。昔の西香ならきっとただ避けた上で蹴り出す感じだったでしょうけど、それじゃあ歩きスマホに対する民衆の意識を変えられない。彼女の性格を矯正し、歩きスマホ中に救える命は救うように教え込んだのよ」


 それを聞き、先ほど生意気なことを言っていた生徒の一人が「なんてこった」と崩れ落ちた。


「そして……次に見せるのは大技になるわ。生徒たち、しっかり技を盗みなさい」


 衣玖がどこからか取り出したボタンを押すと、今度は暴走トラックが西香にめがけて突っ込んでくる。常に歩きスマホをしている西香はゲームがいいところなのか、大袈裟なフリック作業に勤しんでいて、それに気づいている様子でもない。


「お、おい、流石にまずいって……!」


「ふ、まぁ見てなさい。……歩きスマ力の真髄をね」


 そして西香のいた場所を暴走トラックが蹂躙。あの子と真凛は目を逸らす。だがその空間を少しずれたところで、西香は涼しい顔をして歩きスマホを続けていた。


「あれはまさか……縮地ッ!?」


 そう、西香はトラックと接触するおよそゼロコンマ二秒前、人間の反応限界点において、分身にも等しい縮地を発動させ、一瞬のうちにトラックを避けるまでに移動した。これこそスマホ適応力の真骨頂……。


「最初に見せたのはスマホ力学を使った応用回避術。スマホに依存した回避法ね。そして今のは歩きスマホ適応力の真髄……そう、言うなれば意識の力。絶対に歩きスマホをやめたくない、歩きスマホをやめないために絶対事故を起こさない……そんな意志が生み出す奇跡にも近い回避術よ。友達を作るためという理由でヨーカイゲームを本気でプレイしてきた西香……重課金もしたし、スタミナが溢れないよう睡眠時間も削った……なのに一人も友達が……ゲーム内ですらフレンド登録ができなかった西香の思考は、まだプレイが足りないとしか思えなかった。自分が悪いとは思えない西香だからこそ、ゲームをプレイするため、ここまで歩きスマホに固執することができる。だからこれだけの技を使えるようになったの」


 その上、今動かしているアプリはヨーカイゲームを衣玖が模造した代替え品。学校内でしかヨーカイが出現しない。もしも本物だったら更に力を発揮し、世界全域でこの力が使えるだろうと衣玖は推測していた。


 こうして披露を終えた西香は相変わらず歩きスマホのままみんなの元へ帰ってくる。


「西香、お前やるじゃないか、驚いたよ」


 留音は健闘をたたえようと肩に手を触れようとするが、そのままスカッと空を切り、西香の像はたち消え、後ろから西香が「ありがとうございます」と呟いた。スマホを触りっぱなしなのでお礼を言われても気持ちは良くない。生徒たちは感動のあまり動けなくなっていたが。


「残像も完璧ね、西香。それでこそエリートよ」


「はっ」


「ここまでのレベルを全員には求めないけど……まぁ、つまり私が目指すのは歩きスマホが安全に出来るレベルまで、人間側の能力を強化する事よ。周囲の様子を把握する気配察知能力、危険を完全回避できる運動神経、そこから派生する空蝉の術、影分身、瞬転身……歩きスマホ適応力を訓練すれば何も危険じゃないという事を世に知らしめる……それこそ私がこの学校を作った意味」


「なるほどな……確かに分身の術や瞬間移動を使用可能なら歩きスマホは安全な行動になるかもな。……本気なんだな、衣玖」


 最早留音ですら、衣玖を馬鹿にする事はない。本気でやっている事がわかったからだ。


「このまま行けば世界の常識を覆してヨーカイは元に戻るはずよ。きっと……」


 そう憂いた衣玖の表情の意味を、真凛たちが気に留めることはなかった。



 あれからまた少し経った。やがて日本の中で歩きスマファーという単語が浸透する。衣玖の育てた歩きスマファーが野に放たれ、歩きスマホに対する世間のイメージは根底から覆されていった。歩きスマファーになるための指導を受けていれば、当人はもちろん、周りも絶対に安全で人の危機すら救う……そんな歩きスマファーに、世界が熱狂する。


 だが無情にも……ヨーカイアプリが国内で再配信されることはなかった。


 衣玖はこうなる事を最初から薄々感じ取っていた。もしかしたら歩きスマファーだけでは変革には至らないのではないか。


 ならばどうするか。それを早いうちから考えていたのがIQ三億の頭脳。衣玖のとった道は自らの手でヨーカイを取り戻す道だった。スマホの力を使った、スマホゲームの再リリース。


 その奪還計画は学校設立当初から存在し、要となるメンバーが西香だった。彼女にとってヨーカイは友達を作る手段。このゲームを取り戻す為なら修羅にもなると計画に賛同、歩きスマ力を日々磨いていたのだ。……しかし、もっと他の方法で友達を作ろうとはしなかったのか。


 そしてついに作戦始動の極秘暗号が。


「オペレーションヨーカイカイ。やるわよ」


「こちらパフューム・ウェスト、ゲラゲラポイ」


 西香が何の為にあそこまで歩きスマホを極めていたか……事故を起こさない為ではない、いざとなった時にヨーカイを取り戻す為……友達を作る為、心すら捨てて訓練に励んだ。


 ゲーム会社への潜入開始。衣玖が模造アプリをリアルタイムで更新し、西香の進むべき方向にヨーカイを設置する。すると西香はそのヨーカイを追って進む……歩きスマホをしながら。つまり、無敵。


 警備網に引っかかり、重装備を携えた警備員たちが現れても関係ない。彼らのマシンガンやロケットランチャーの一斉掃射など、歩きスマホを極めた西香には意味がない。歩きスマホができなくなる状況の一切を受け付けないのだから、そもそも爆風ですら掠る事もありえないのだ。


 ゆっくりと歩きながらフリック操作をし続ける西香に警備員たちは戦意を喪失。ほんの一時間もかからず、たった二人の少女によってヨーカイは再び国内に現れたのだった。



 それから間もなく、最強の企業スパイの情報は各国へと伝わり、裏ルートにより衣玖たちをスパイとして雇おうという動きがあった。それを全て断ると、今度はこの歩きスマ力という、核よりも戦術的に優れた能力を他国に渡してなるものかと暗殺者が送り込まれる。


 そして西香は……ヨーカイのいないド田舎に追い込まれ、ヨーカイを捕まえられなくなった隙をつかれたことで、銃撃と大爆発を食らう。誰もが多分死んだと思った。衣玖もそうだ。アニメ業界に強いコネを持つ工作員により「ヨーカイのアニメ、ゲームシリーズの打ち切りか死か」という究極の選択を迫られ、やむなく死を選び緊急自爆スイッチを押した。彼女にとってヨーカイアニメやゲームのない世界は死と同じだったのだろう。


 でも、果たしてIQ三億の衣玖がそう簡単に死んだのだろうか。西香は友達を作らずに?


 そう、彼女たちは上手くやり過ごし、歩きスマ力を隠して、今では歩きスマホをしない健全なユーザーとしてあの家に戻っていた。二人とも、あれからそのアプリは起動していない……だってもう飽きちゃったんだもん。

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