掃除機を掃除していたら芸術家になった話【五人少女シリーズ】

KP-おおふじさん

人間の有り様の縮図


 燦々の太陽が頂点を割って傾き始めた長閑な昼過ぎの事。

 

 五人の少女たちが住む家に呼び鈴が響くと、宅配業者から大きめの箱が届いた。大体縦で120センチほど、大きさとしては小さな衣玖でも両手で抱えて持ち運べるくらいの大きさだ。ただそれなりに重かったようで、玄関から数歩は持って歩いたがすぐに床において滑らすように押してリビングへ持っていき、奥のキッチンにいる真凛に声をかけた。


「まりーん、あなた宛になんか届いたけどー」


 呼ばれた真凛はシンクの前で腕まくりをしてみんなのお昼を済ませた食器を鼻歌交じりに洗っていた。それを中断してキッチンからひょっこり顔を見せると覚えのない届け物に首を傾げている。心当たりはないらしい。


「公式販売サイトでなんか注文したの?これ有名メーカーよね?ダナソニックって書いてあるけど」


 衣玖は「ふぅっ」と重荷を運んだ疲労感を近くのソファーに座って癒やしながらそう尋ねると、真凛は数秒考えた後、何かを思い出したように「まさかっ」と壁にかけられたお手拭きで濡れた自分の手から水分を拭き取りながらその箱に駆け寄った。


「わ、わ、わ、もしかして……っ」


 真凛は箱にガムテープを慎重に剥がし、目を輝かしながら箱の中に手を入れる。中には更に箱が入っていたが、そこでやっと中の商品名がわかった。それを取り出した際にはゼ○ダ的な音楽が真凛の中で響いていたに違いない。


「あ、当たったーーっ!見てください衣玖さん!当たりました!懸賞の!新しい掃除機に応募したやつ!やったぁー!」


「あ~、そういえば半年くらい前に応募してたわね。すごいじゃない、おめでと」


 それは買ったら十万円位しそうな高級な掃除機で、掃除が大好きな真凛にとっては非常に嬉しいサプライズプレゼントとなった。

 

 それから真凛はその掃除機をセットアップをするとニコニコ満面の笑みで家中の隅から隅まで掃除を始めるのだった。


 そうして次の日。昼食を終えて数時間後に再び、昨日届いた掃除機の音が家の中に響く。


「おい真凛、お前まだ掃除してんの?飽きないねぇ」


 運動少女の留音が夕方のランニングを終えて汗だくで帰宅すると、出発した1時間前にもやっていた掃除をまだ続けていることに呆れ半分で皮肉っぽくそう言って、真凛はその皮肉にも可愛らしい笑顔でこう返した。


「はいっ、この掃除機すごいんですよぉ、フローリングは傷つけないですし拭き掃除をしたみたいにキレイになっちゃうんです!だからもう手放せなくなっちゃってっ。留音さん、汗垂れちゃうからお風呂入っちゃってくださいね」


「はぁ。あいよ、さくっとシャワー浴びてくるわ」


 汗を流しながら廊下を進む留音の後ろから念入りに掃除機でしっかり清掃して、呆れ顔の留音の後ろで満足な表情を浮かべつつ、ピカピカな廊下に一人うなずく真凛だった。


「しかしまぁ、真凛の掃除好きも大したものね。そのうちフローリングが鏡みたいになるんじゃないかしら」


 真凛と留音の様子を横目に廊下を通ってリビングに入った衣玖はおもむろにリビングのソファで横になってスマホゲームをしている西香にそう話しかける。西香はスマホゲーで貢がれた有償石を消化する作業に没頭しながら掃除機の音をバックに軽く頷きながら言った。


「ありえますわね。真凛さんたらさっきなんて天井にまであの掃除機かけてたんですのよ、天井やって、ホコリが落ちたーって床やって、また進んでは天井を。それはもう楽しそうに上下上下と」


「はぁ。でも困ったものねとも言えないわ。お掃除してくれるのは助かるし」


「衣玖さんも少しは爪の垢を煎じて飲まれてはどうですの?あなたのお部屋汚れ過ぎですわ。色々放り出してありますし」


「汚れてないわよ。物が多いだけで効率的に配置してるんだからいいの」


 

 それからその調子で一週間の日が過ぎた。真凛は毎日念入りにその掃除機で掃除をし続けて、みんなは朝日が差し込むと反射するほどきれいになった壁面や床に目を背ける日々を受け入れ始めていた頃の事だ。


「……」


 真凛が黙ってリビングに入ってくると、そのまま無言でキッチンへ入っていく。時間的にはお昼ご飯の準備をし始めたのだろう、この家に住む全員のライフスタイルから言えばいつもどおりの時間割である。


 のだが、真凛がそんな風に思いつめたような態度を取ることはめったに無く、最初の時点でリビングにいた留音と衣玖、そしてあの子がその様子を気に留めていた。ちなみに西香は空気が読めなさすぎて気づいてすらいない。


 四十分ほどでお昼ご飯が完成してテーブルに料理が運ばれるのだが、いつもなら「みなさーん、出来ましたよぉ~」と楽しそうに食卓へ招待する真凛が黙って一人でテーブルに座り、そのまま一人でモソモソと作られたサンドイッチを口に運んでいた。その様子に流石に西香以外が気にかける。


「どうしたの?真凛。なんだか別人みたいに元気ないじゃないの」


「うん、起きてからずっと静かだし……あたしらの調子も狂うよ、どうしたんだ?」


「っていうか今日のお昼ってこれだけですの?具は目玉焼きと焼いたハムとベーコンのサンドイッチって。それにお耳が切られてないじゃありませんか。いつもみたいに三角に切ってくれてもいないですし。手抜きですわよ真凛さん」


「はぁ……すいません、ちょっと深刻な悩み事があって……」


 真凛はサンドイッチ一つすら食べきることが出来ず、手を止めて暗い表情で謝っている。数日前に掃除機が届いた時の様子とは18000度は違う。


「どうしたんだよ、あたしらに話てみなって」


 留音はたまに発揮されるお姉さん力で真凛の肩を撫でながら隣の席についた。


「それよりも……ちょっと真凛さん、これパン焦げてるじゃありませんの。作り直しを要求……あらっ」


 西香は空気を読まなすぎたのであの子がいくつかのサンドイッチを持ってキッチンの方へ連れ出していった。あの子は「邪魔になるからあっち行ってよう?」と連れ出したのではなく、あくまで「西香ちゃんの食べたいサンドイッチにしてあげるね」という気持ちで、慈愛の女神ばりの真っ白な愛情のみで連れて行っている。


「ほら、うるさいのも居なくなったし言ってみなさいよ。あなたがそんなに落ち込むなんてよっぽどの理由があるんでしょう?」


 衣玖も留音と共に真凛を挟み込むように座ってもそもそとサンドイッチを食べながらそう言った。


「はいそれがあの……いえ、言っても理解されないと思いますし……こんな事言ったら変わり者だって思われちゃいますよぅ……」


 真凛の言葉に何をいまさら気にしているんだろうという考えが浮かんだ二人だがなんとか飲み込んでフォローしつつ話を促した。


「大丈夫だって。言ってみなよ、あたしも衣玖もあの子もどんなことでも笑ったりしないよ」


「そうよ、言いにくいなら例えばの話でもいいわ。それで希望が見えてくるかもしれないじゃない」


 二人の優しさに触れて真凛は小さく頷くおずおずと語り始めた。


「えっと……そうですね……この世に存在するものっていうのは、どうしたって汚れていく……それを止める術はないんだなって……そう考えたらなんだかナーバスな気持ちになってしまったんです」


 そこで聞いていた二人は少しでピンと来た。真凛が連日ニコニコやっていた新しい掃除機での掃除についてだ。いくら掃除機をかけてピカピカにしたところで留音はランニングをすれば汗を流して帰ってくるし、衣玖だって謎の研究で家中に煙を充満させることもある。西香はトイレに入った後手を洗わない。本人曰くトイレに立ち寄っただけでしてるわけじゃないとの談だが。

 

 ちなみにあの子の場合は何を触ろうとしても汚れの方から避けていく。


「あー……それは……」


 複雑な気持ちになる留音。それはそうだろう、あんなに頑張って掃除をしている真凛に、自分たちは汚しているだけだ。とは言え不可抗力の面もあって留音は真凛の掃除のために日課のランニングをやめたくはない。

 同じ考えを持った衣玖が浅めの反論をした。


「でも真凛、それは仕方ないことよ。無菌室でもない限り空気中だって汚れてると言えるし、人が生活する以上物は汚れていくわ。そこまで落ち込まれちゃうと私達だって生活しずらくなってしまうわよ」


 おぉずばっと言ったな、留音はそういう目で衣玖を見た。すると真凛はさっきよりももう少し落ち込んだようにこう返す。


「そう、ですよね……使われても使われなくても汚れていってしまうのは仕方ないことですもんね……でも、ただ……はぁ」


 真凛は気持ちを上手く言語化出来なかったのかため息でその言葉を終わらせる。不憫に感じた留音が申し訳なさそうに言った。


「あの、さ、あたしもちょっと気をつけるようにするから。なるべく汗を拭いてから家に入るようにするし……真凛は掃除大好きそうだったし、そこまで深刻に家が汚れる事を気にしてたなんて思わなくてさ……ごめんな」


「そうよ、気になったら何度でも掃除を重ねるしか無いでしょう。私が言える話じゃないけど」


 すると真凛が目をパッチリ開けて留音の言葉が理解しかねると言いたげに首を傾げた。


「えぇっ、なんでですか?別に構いませんよ、キレイにするのは好きですしちょっとくらい汚してくれたほうが掃除をしなきゃってモチベーションも上がりますし」


「ちょっとまって真凛。家が汚れるのが嫌って話じゃないの?」


「ち、違いますよう!汚れなくなったらお掃除できなくなっちゃうじゃありませんか!」


 天才の衣玖も真凛の思考の流れが読めず眉を寄せて困惑する。だが真凛の方は二人に話を聞いてもらって自身で解決の道が見えてきたようだ。


「でも……なんだかちょっと光が見えました。お小遣いもそこそこありますし……よしっ、わたし、決めました。この問題を解決するために色々考えてみようと思いますっ」


「あ、うん……」「おう……」


 そうして真凛は元気を取り戻したように席を立ち、自室へ戻っていくのを、二人はなんだったんだという表情で見送り、ちょっとさみしいサンドイッチを食べて昼飯を終えた。


 

 そして次の日、真凛はすっかり回復して掃除機を振り回して家中をピカピカにした。安心した三人は真凛に掃除を任せていたのだが、それが終わる頃にギョッとする事態が起こった。


「掃除機さん~、今日もありがとうございました~。ゆっくり休んでくださいね~♪」


 真凛はウキウキといつものように歌うように掃除機を労り、そうして取り出したのはなんともう一つの小型掃除機だった。

 

 そしてその小型掃除機を使って掃除機の全身を撫でるように使い始めたのだ。


「おまっ……え?何やってんの?」


 留音が驚愕という表情を浮かべて真凛に問いかけた。


「えへへ、昨日の相談で思い浮かんだんです、掃除機は汚れちゃうのはしょうがないけど掃除機でキレイにすれば掃除機もキレイになるんだって!だから掃除機のために掃除機を買ってきたんですよ~」


「んん??」


 理解しかねる留音と、衣玖も珍しく当惑した様子を見せている。


「それじゃあ昨日汚れるのが嫌、みたいな話はその掃除機の話だったの?」


「そうですよぉ~こんなに家中をキレイにしてくれるスーパー掃除機さんにちょっとホコリが付いているのを見つけてしまって落ち込んでたんですぅ。排気のところにちょっと見えて、手で拭いても取れなかったんですけど、こっちの掃除機でキレイになったんですよ~っ、よかった~~」


 そこで西香がリビングに入ってきた。真凛の様子を見るなり大声で笑いだした。


「ぶっ!!ぶっはっはっひゃっひゃ!真凛さん!それ!掃除機で掃除機掃除して何をやってらっしゃるの!傑作ですわ!インスタに投稿しなきゃっ!あっへっへっは」


「キレイになるんですよ~っ」


 留音と衣玖はかまうことをやめ、それぞれ自分らのやっていたゲームに戻ることにした。



※注意 ここから上級者向けの構文が使われます。ゲシュタルト崩壊の可能性がありますが”掃除機”という単語と”掃除”という単語を分けて読むことである程度文章難易度を緩和することが出来ます。

 


 そうしてまた数日後。もう掃除機に掃除機をかけて掃除をする真凛に見飽きて誰も真凛の異常行動に突っ込まなくなってきた頃。


 いつものように真凛は掃除機で掃除を終えると、今度はその掃除機を掃除機掃除用掃除機で掃除していた。最近では掃除機を掃除する方の掃除機も逆の掃除機で掃除して掃除機がお互いを掃除するような感じで運用されている。だがいつもと様子が違い、真凛は半泣きになってそれをしていた。


 はぁ、結局変な理由なんだろうなぁ。そう考えた衣玖も留音もなるべく気にしないようにゲームに没頭していた。西香がいなくて幸いだったが、あの子だけは泣いている真凛に真っ先に飛んでいって大丈夫かと声をかけながら真っ白な可愛いハンカチを手渡した。


「うぅっ、ありがとうございますぅっ……。でも見てください……この掃除機、小さい方は溝があって……ここにホコリが入っちゃって……ぐすっ、掃除機で吸えないんです。指も入らないしっ、ふぇっ、掃除機なのに掃除できなくてっ……うぅっ」


 ほらやっぱりしょうもない。後ろで話を聞いている留音も衣玖も少し顔を逸らしながら真凛の異常性に震えるのみである。

 あの子は少しだけ考えると真凛を安心させるようにニッコリ笑い、自室からある道具を持ってきた。


「あっ……それはっ!クックイルワイパー!!ハンディタイプ!!!」


 あの子が持ってきたのはまた別の掃除用具だったのだ。それを真凛にあげるねと手渡した。


「わ、わぁっ、見てください!さすがハンディタイプです!掃除機の小さな溝にまでふわふわのが入り込んでホコリを取っていきます!!すごいです!さすがあなたです!!大好きです~~っ!」


 真凛はあの子にくっついて、あの子はくすぐったそうに笑っていた。あぁ可愛い笑い声だし真凛ずるいなーと留音と衣玖は横目にその様子を伺っている。


 真凛があの子をスリスリするのをやめて念入りに掃除機をクックイルワイパーで掃除しはじめたところで西香も帰ってくると、当然真凛の異常行動を目にして呼吸のタイミングがわからなくなるほど笑いながら言う。


「はブっ!(思いもよらない光景に吹き出す音)ぶっひゃ!あっはっっっは!真凛さん!もう真凛さんったら!!なんで掃除機を掃除する掃除機を別の掃除用具で掃除してるんですのっ!!あっひゃっひゃっひゃ!インスタに投稿しなきゃ!!怪人!掃除機掃除用掃除機掃除女ですわ!!」


「もう~西香さんったら怪人はひどいですよぉ、ピースっ☆」


 真凛は極めて幸せそうな表情で掃除機掃除用掃除機を掃除する様子を全世界に発信した。



 そしてまた数日後の下りはもう省略する。どうなったかといえば、真凛の掃除用具置き場には新しい掃除機と、その掃除機を掃除するための掃除機があり、後者にはクックイルワイパーハンディータイプが可愛いピンクのリボンで結んで備え付けられていた。その状況に満足している真凛だったが、再び新しい悩みを抱えて深い溜め息をついていた。


「あーもう、さっきから鬱陶しいですわよ真凛さん。あなたのようなお花畑頭で何をそんなにため息を付くのです?ため息は何かイライラしたりうまくいかない時につくものなんでしょう?わたくし以外の凡人じゃそんな事飽きるほど経験しているはずなのに今更どうしたんです?」


「聞いてくれますかぁ、西香さぁんっ……」


 今日はたまたまあの子が出かけるということで、その警護を名目にデートのつもりで留音も衣玖もでかけていってしまっていた。だから今は人の心が無い西香とお掃除おばけの真凛しかいないのだ。


「掃除機のですね、吸込口の部分がすごく汚れてきてしまってぇ……クックイルワイパーでもそこの汚れが落とせないんです!水に付けてゴシゴシ洗いたいけど機械だから水洗いなんて出来ないし……掃除をする上では関係ない所なんですけど気になっちゃって……はぁ……」


 はぁ……と西香、掃除機の吸込口の辺りを見るとたしかにホコリがついてきているのがわかるが、そんな所わざわざ触る場所でもない。何を気にしてるんだと呆れ顔だ。


「真凛さんは本当におバカですわねぇ。水洗い出来ないなら雑巾か何かで拭けばいいではありませんの」


 その言葉に真凛は目を見開き短く息を吸った。


「ハっ!!そうでした!最先端の掃除機で掃除するだけしか頭に無くて、雑巾という存在をすっかり忘れていました!こうしてはいられません!ぞうきーん!」


 ドタドタと走って急いで雑巾を用意した真凛は再び笑顔になりながら掃除機と掃除機掃除用掃除機と掃除機掃除用掃除機掃除用のワイパーを掃除を始める。


「ぶふっ……ホントおバカな光景ですわ……ぷくく、撮影撮影っと……」


 こうして西香によって投稿されたインスタのサイトで、実は真凛は人気コンテンツの一つなっていた。


 西香の投稿画像は基本的に西香ファンクラブや親衛隊の組織票によって上位に持ち上げられやすいのだが、今回の掃除機を掃除する云々のシリーズは西香のあざとすぎる画像と違い、真凛の可愛らしいピースの構図も含め、一般のユーザーからも高い評価を受けていた。



 そして数日後……。


「ねぇルー。天才の私にも一体どうしてこんなことになっているのかわからないのだけど」


「安心しろ、あたしにもさっぱりわからん。どうして西香があんなに偉そうな顔をしているのかも」


 五人の少女たちは今場違いな空間にいる。多数の展示物、調節された温度環境、空間はゆったりひろびろとした白を基調とした落ち着きがあるという、雑極まりない五人の少女たち(あの子以外)にとっては完全に居たたまれない場所にいる。


 そう、ここは美術館である。現代アートが数多く置かれたその場所で、一番広いスペースを取って置かれた展示物の前で西香が偉そうに展示物を見に来たお客達に何かを言っていた。


「で、あるからですね、わたくしは真凛さんの考える掃除の在り方というモノに無限の可能性に見出したわけなのです。不安ではありましたわ。でもわたくしのお友達という存在に最も近い彼女であればきっと成功する……そう信じてインスタに投稿させていただきましたの。だって見てください皆さん、まるで人間の有り様を見事に表現していますでしょう?」


 胸に手を当てながらもっともらしい事を言う西香。彼女の事を知らない人たちは普通に騙されて感慨深そうに頷きながら西香の話を重要そうに聞いている。その様子を留音と衣玖はため息混じりに遠目で見ていた。


「西香は茶化してただけなのになぁ」


「そうね。真凛も真凛でまさか自分の掃除機掃除用掃除機掃除用……うんたらが展示されるとは思っていなかったみたいだし」


 そう、現代アート美術館に大きなスペースを持って展示されることになったのは真凛の作り出した悪夢のオブジェクトである。(内約:掃除機、掃除機掃除用掃除機、掃除機掃除用掃除機掃除用ワイパー、掃除機掃除用掃除機掃除用ワイパーなど掃除用雑巾)

 

 これが西香のインスタに掲載された際、なんの間違いか芸術品だと勘違いされて今に至っている。真凛は今美術館のお偉いさんにこの展示品についての話をしているようで、恐縮そうに苦笑いをしながら汗をかきつつ心境を話しているらしい。


 西香の様子には呆れるし、真凛も忙しそうだと判断した衣玖と留音は別の展示を見ることにしてあの子と一緒に美術館内の別のスペースへ移動して行った。ちなみにあの子はマスクとサングラスを着用させている。世界最高の芸術的存在であるこの子が美術館にいては他の全ての芸術品がゴミのように霞んでしまうためだ。


 さて、真凛は今回の”作品”を選出した先生にべた褒めされているところだった。


「いやぁ真凛先生、この作品は本当に素晴らしいですよ。一体どうやって思いついたんです?」


「えっとぉ……あはは、キレイにする掃除機がどんなにすごいものでもそれ自体が汚れちゃうっていうのが耐えられなくて、ただそれだけの話しで……」


「なるほど。しかしいくらテクノロジーが進み、最新の機械が普及しようとも、人間は結局のところ薄汚れた雑巾を捨て去ることは出来ないということですね。見る人によってはこの薄汚れた雑巾を”人間”と捉え、また別の解釈では”世界”や”社会性”を表現していると言える。反対に雑巾を主題に据えて見れば人類の進化の構図にも見える。実に深遠なるテーマ性を表現されていて、お若いのにまるで世界をいくつも旅してきたような、そんな奥深さを感じさせる作品です。人間の有り様を見事に表現されていますよ」


「は、はぁ……たしかに数えきれないくらい世界は壊してますけど……」


 真凛は冗談のつもりでもなんでもなく、物理的な意味である。本作は数々の真凛による爆発オチを経験しているシリーズなのだ。


「まぁ芸術家というものは得てしてそういうものなのでしょうな。ところで真凛先生、次の作品にはもう取り掛かっておられるのですか?」


「えっと、作品っていうか、できればもう返してほしいくらいで……」


 かくしてその掃除機と掃除機掃除用掃除機と掃除機掃除用掃除機掃除用ワイパーと掃除機掃除用掃除機掃除用ワイパーなど掃除用雑巾の展示は伝説となるのだった。


 ただ真凛は展示されている一ヶ月の間あの掃除機を使うことが出来ず、イライラで世界が破壊される前に西香以外が出資してもう一台当選した掃除機を購入して家に置いた。そうしてまた増えていく掃除機掃除用掃除用具に、みんなの家は巨大な掃除用具入れとして……


「なるほど、今回の家にパンパンになった掃除用具はものの溢れた世界を縮図のように表現されている。人間の有り様を見事に表現されていますよ」


 また新たな芸術品となっていくのだった。

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