「リッチモンドを探して・・・」

低迷アクション

第1話

「全車、突撃!」


の掛け声が上がり、ボルクス工業社製のサンタムR軽戦車の群れが突撃を開始する。

10年も前は火打ちの単発鉄砲を担いでいた“俺”が今や、ファイヤドレイクから採れる

油と蒸気を駆使して動く鐵の塊“戦車”の車長と来ている。人生どう転ぶかわからないもんだ。


黒と青の噴煙を濛々と上げながら、鉄の塊共が目指すのは、森の入口に聳え立つ古城と

それを囲む廃墟群…


こちらのうるさすぎる轟音に呼応するように、廃墟に茂った蔦共や木々共が唸りを上げて、

その体を起こし始める。大方、魔術連中か、森の妖精の念力、魔法によるものだろう。


加えて瓦礫の陰からは魔法炸薬を塗り切った弓を番えた武装エルフに

魔術師候補生達、それを率いる魔法使い、亜人、魔物の群れ達が咆哮を上げる。


「奇数者は対魔榴弾、偶数者は鉄鋼装填、距離を稼ぐ必要はない。弾はいくらでもある。

各自発射ー!」


戦騎長の号令の下、戦車の先に付けた砲塔が震え、凶悪さを秘めた砲弾共が勢いよく

空に飛び出していった…



 爆発と魔物、人の群れが焼け焦げた臭いと火薬臭が混じる。いくつもの戦地を歩いてきた俺としては慣れたもんだ。


「こちらの損害は戦車8台が大破、人的被害はおよそ200、500の兵、半分を失っています。全く、我らのアダム・ペイン殿下殿が唱えた実践論の元での兵法、

兵装は順調に活かされているって訳ですな。隊長?」


腹に大きな穴を空けたミノタウロスの上で自動銃を下げた“リョー兵卒”が俺に

おどけた敬礼を返す。


「皮肉言ってる場合か?隊長の顔見てみろ?」


「おっと、こりゃ、失礼…」


戦車ハッチから顔を出した“レッド兵曹”がリョーを嗜め、同じく部下の“ミー砲手”と

一緒に戦車から降り、警戒を始める。


周辺で時々起きる銃声は敵の生き残りを撃つ音だ。正直、気分が悪い。もう戦いは終わった。

今の俺達、いや、このバアタリ大陸における多様な人種、種族に必要なのは

“争い”ではなく“話し合い”なのだ。


そして、それを可能にする人物は…


「隊長、この娘、まだ生きてます!?」


レッド兵曹が目で合図をし、死体の山の中から、耳の名の長い少女を助け上げる。


「こんな可愛い子ちゃんと戦わなければいけねぇなんて、やってられませんな。」


リョーが呟きながら、手早く、救急キットを出し、治療を始めた。彼が軽口を叩くという事は少女が“助かる”事を意味していた。


外見から見て“エルフ”だろう。薄っすらと目を開けた少女が、こちらを見て、武器を探すように手を動かす。その手を取ったのはミーだ。


「大丈夫、もう安心して下さい。」


彼女の優しい声にエルフが、強張った表情を少しづつ緩め、ゆっくりと頷く。役職は砲手だが、ミーは救済魔法の訓練候補生でもある。相手に触れる事で、自身の気持ちと

心身の癒しに効力のある魔法を流しこめる事が出来る。


「ありがとう、リッチモンドと彼女の教えを賜りし者よ。」


こちらへの警戒を完全に解いたエルフが目を閉じ、もっとも、俺が激高したくなる言葉を

口にした。思わず掴みかかりそうになる体をレッドが静かに止めた。


「・・・だから、そのリッチモンドは何処にいるんだ?」


勿論、それに対する答えは、誰からもないが…



 多様な種族が混在するバアタリ大陸は、遥か昔から争いを何度も繰り返してきた。

空を飛ぶドラゴンや、それを駆るハイランダー、森にはエルフに巨大な神獣、荒野は

魔物の住処、それぞれの勢力が狭い領地を少しでも広げようと争いを繰り返していく。


この中で一番弱い人間は魔法に武器の技術を磨き、対抗してきた。


やがて、戦いの中で1人の従軍救済婦が、全ての勢力との懸け橋、すなわち共生の道づくりを始める。それが、チャールズ・J・リッチモンド、現在の戦乱の原因でもある

狂った女神だ。


まず、リッチモンドはそれぞれの勢力の領地を旅歩き、人間達の生活様式と各勢力の

習慣や慣例が共存できるかの調査を始めた。戦時下の行動だ。


危険も数えきれない程あった。彼女の同志も多くが見知らぬ地で失われた。

だが、リッチモンドは諦めなかった。


共生こそが、大陸の発展に繫がると考え、それを新年とし、

粘り強く接触を行い、その中で、教育や多種族間の文化交流を図り、全ての勢力がお互いの

ハンディを乗り越え、互いに支え合う理論を人間側に提唱し、長きに渡る戦争を終わらせた。


彼女が行った改革のため、大陸は一気に開かれ、人間は文化的、意識的にも

発展し、大陸の平和は未来永劫約束されるかに思えた。


だが、待っていたのは、共生による混乱と新たな戦い前のほんの僅かの準備期間だけだった…



 「隊長、戦騎長から報告。古城の方に残党が立て籠もって抗戦中、すぐに殲滅に向かえとの事です。」


ミーが持つ魔水晶は人間軍が使う通信手段、

連絡事項が文字として浮かび上がる仕組みだ。


見れば、城の方から銃声と爆発が上がっている。


「とっとと、終わらせる。全員、乗車。」


「エルフの子は?」


「戦車の中だ。こんな所に置いていたら、どうなるかわかったもんじゃない。」


「了解!」


ニカッと笑うリョーが少女を担ぎ、レッドが周囲を見渡す。頼れる部下達の行動に

軽い満足に浸り、俺は戦車のエンジンレバーを入れた…



 確かにリッチモンドがもたらした共生社会は文明の発展を加速させた。現在、争いに使われている戦車のような機械と他種族の技術。魔法に関しても、既存の人間知識だけでなく、


より神秘的で素晴らしい社会に貢献していった。だが、同じくらいに混乱や争いも起きた。

例えば、エルフやハイランダー達のような者達が一般社会に交じり、就労や生活を行う際の

混乱。今までは食料としていた怪物や植物に人間性、即ち人権が保障されてしまった世界では、それを扱う業者や職人の間で不満が広がっていった。


リッチモンドは理論や学問、文化を通し、共生社会を実現させたが、実践面、現場に対する考えや配慮は不十分と言えた。


勿論、彼女にはこれに対する準備もあると議会で唱え、取り組みを進めるつもりのようだったが、彼女の元の職業柄、魔法師や看護、救済関係と言った援護職に視点が終始し、


俺達みたいな現場で実際の困窮や争いを収める所謂“汚れ仕事”を受け持つ兵士達の間ではぬぐい切れない程の不満が爆発寸前だった。


そして事態は、良好な野菜を作り、販売するエルフ達と農耕業者の抗議行動をキッカケに

取り返しのつかない局面を迎えてしまう。


この暴動を鎮圧した指揮官“アダム・ペイン”は実戦的主義者、つまり現場から学び、

考えや価値観を創出するのが持論だった。


エルフの流した血と人間の流した血、両方を全身に纏いつかせたアダムは人間と他種族が

集う共生議会の議場に乱入するや否や、


「流れる血は確かに同じだ。だが、我々(人間)と奴等は違う!」


と宣言し、新たな戦争の開幕を告げた。リッチモンドは他種族の理解を進め、彼の主張を

批判したが、これまで不満の溜まっていた業者やギルド達はアダムを支持し、彼等から賄賂や税を取る立場の議員や主導者達は自身の生活のため、彼を軍の最高司令官とし、


共生議会を解散させた。


これに我が意を得たアダムは、実践面の経験から、他種族がもたらした技術を全て軍事面に投入し、近代的な軍隊を創設し、自らが先頭に立ち、他種族の領地に軍隊を送った。


議会を追われたリッチモンドは僅かな支持者や彼女の教え子や他種族と共に

共生関係維持同盟を設立し、この侵略に対抗した。


かくして戦争は泥沼の歴史を辿り、人間、他種族側の多くの犠牲を出しながら、

今も続いている。現在の俺達の任務もこの一つ、そして戦いの中で俺は、


この混乱の時代を作った、クソッタレ女史、リッチモンドを探している。ある目的のために…



 「貴方の考えや体験した事は非常に貴重です。これからの時代にはね。」


戦車の振動に揺られ、古い記憶が蘇る。あの時のアイツは目を輝かせていたな。

周りはアシナガオークの群れに囲まれ、いつ飛びかかってくるかわからないって言う

野営地でのど真ん中でという状況の中でだ。


俺が話した森で気を付ける事や魔物達の特性、それらは全て戦い、実戦の中で実践し、

知り得た知識、体中に走る傷が全てを物語っている。


「今日は楽しく、いい経験が出来ました。ありがとうございます。」


アイツはお礼を言いながら、これからの時代に必要なモノとして、残すのが自身の役割だと言った。これまた良い笑顔でだ。


(俺達はテメェ等の勉強素材になる気はねぇぞ?)


最初に思った正直な感想だ。だが、それが少し変わった。何か新しい時代を…

俺達に出来ない事をやってくれそうな気がしたと感じたのだ。


しかし、そんな感情はすぐに憎しみ、いや、嫉妬に近い嫌悪感に変わった。

戦いの中で失った多くの戦友、家族、悲しみに恐怖、それらをないがしろにして、


いや、無かった事にして手に取り合うなんて…出来る訳がない。アイツ等はいい。

頭や家柄で安全圏からモノを言えるからだ。現場でいや、生活の中で、常に奴等と接した

俺達には理解という感情を生み出すには、長い時間がかかると思う。


この痛みと憎しみを感じているのは自分だけじゃないと思ったのは

アダム・ペインが実権を握った時、ほとんどの人間が支持してくれた事からも明白だ。


(だが、それだけでは…)


俺の思考を打ち消すように、城から魔法光弾と炎を纏った矢が飛んでくる。

素早く車内に頭を引っ込めた瞬間、鉄の装甲に攻撃がぶつかる反響音が耳を潰しそうだ。


「隊長、一発かましますか?」


「いや、あの攻撃では、コイツはびくともしないだろう。砲撃はいい。代わりに攪乱ガスを使って、一気に突入する。」


「了解!」


ミーが叫び、色違いの弾頭を装填する。リョーが城の入口より少し上方に砲塔を動かし、

発射した。緑色のガスが一気に辺りに立ち込め、敵の攻撃が止む。


「突入します。」


レッドが短く告げ、昆虫の顔のような防毒マスクを被り、車内から飛び出す。


「俺も出る。リョー、戦車を城内に入れ、俺達をカバーしてくれ!」


「あいよ!隊長、お気をつけて」


「ああ、頼むぞ。」


自動銃を構え、ガスの煙る城内を進む。味方の部隊に突入はさせない。全て、手筈ずみだ。レッドの背中を常に視界に入れ、周囲を警戒しながら、奥へ、奥へ…


「隊長…」


レッドが静かな声でこちらに合図を送ってきた。複数の人の話し声と走る音、その言葉には亜人種の訛りがある。


「動くな。」


銃を構え、静止の掛け声を上げながら、飛び出した先には魔法師の服装の人物と

エルフが複数、そして、彼等、彼女に守られるように立つのは…


「ようやく見つけた…」


あの時は少女だった。だが、今は随分と大人びた…

しかし、目は変わらない。輝きは失っていないな。


「チャールズ・J・リッチモンドだな?見つけたぞ」


俺の声に魔法師が何かの言葉を詠唱しようとしている。しかし、リッチモンドが

それを制した。


「確かに私はリッチモンドです。それで、貴方の目的は何です?私を殺して

戦争を終わらせますか?」


彼女の言葉に挑戦的な含みが加わる。俺は静かに首を振り、武器を下げた。


「…?…」


「終戦だ。リッチモンド、もっと早く話し合いの場を設けるべきだった。

だが、戦争の激化した世界では、引っ込みがつかなくなっちまったな?お互い…


だから、もうこれまでだ。」


「どうするの?」


「簡単だ。アダム・ペインは指揮官の座から引きずり降ろされる。やりすぎだ。

共生が起こした混乱に苦しむ現場を、民を憂い、戦った。しかし、それは終わりのない

泥沼の構図を作っただけだ。簡単だからな。


知らない他のモノを受け入れるより、排除する方がな。そろそろ難しい道を歩む時が来たと、こちらは考える。そちらはどうだ?」


俺の言葉に、リッチモンドはすぐに頷く。即決する姿勢は相変わらずだ。昔から何も変わっていない。


「了解だ、なら、後はこっちで上手くやる。」


「一緒に行かないの?停戦はお互いの…」


「嫌だね。俺はアンタが大嫌いだ。しかし、必要なのもわかってる。だから静かに

幕引きだ。それに負傷したエルフも、森に返してやらないといけない。あばよ、リッチモンド、もう会う事はない。」


レッドを促し、彼女に背を向ける。静かに歩み去る背中にリッチモンドの澄んだ声が響いた。


「ええ、さよなら、アダム・ペイン…」…



 戦いの終わった瓦礫後では、投降、いや、指揮官不在の我が軍を指導するリッチモンドの号令の下、負傷した亜人や魔物達を兵士達が手を差し伸べ助ける光景が繰り広げられている。戦いは終わった。ここからが、真の意味での共生が始まるだろう。


混乱は続く。だが、大きな争いは起きない。もう充分に殺し合ったのだ。ゆっくりと

戦地から離脱する戦車に揺られ、俺は満足げに頷く。


「静かな森ですな。こんな景色は久しぶりだ。」


「敵襲注意だぞ?リョー?」


「了解でさぁ、レッド。」


「一応、砲塔から白旗垂らしておきますね。」


ノンビリとした会話にハッチから顔を出したエルフの少女が静かに笑う。


「おい、お前等、死人に付き合う必要はないぞ?」


「なーに、もう少し行けるとこまで付き合いますよ、隊長。」


「はっ、まぁ…好きにしろ。」


エルフの少女がふと手を上げた。その方向を見れば、森から様々な種族が

こちらに視線を向けている。俺は、それに答えるように場違いな戦車のエンジン音を響かせた…(終)



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