勇者のエピローグ、或いは彼と彼女のプロローグ
どうやら神様は、私を魔王として処分しようとしているらしい。
私がそれを聞かされた時、まず感じたのは驚きだった。
といっても、別に自分が帰れないことに対する驚きではない。たしかにショックではあるがそれだけだ。仕方ない。
私が驚いたのはそれを告げてきたのが巫女のお婆ちゃんだったからだ。私は基本的に戦闘訓練ばかり行っていたから彼女のことをよく知っているわけではないが、それでも彼女が巫女として教会の最高位に君臨し続けてることは知っている。そんな巫女が、どうしてこんなことを言うんだろう。
「神託には〈『勇者』ユリ=シマハラが魔王の因子を取り込んだため次の魔王となる可能性があることにしろ〉とあっただけだからね、別にそれを本人に伝えちゃあいけないなんて言われちゃいないよ。いつの世も神託ってのは受け取る側が都合よく解釈するものなのさ。」
だからね、と彼女は続けながら懐から少量の粉末の入った袋を取り出しす。それを見た瞬間私はそれが何か直感的にわかった。魔王だ。私が倒した魔王の一部がその粉末に含まれている。
「これは、『魔王の因子』。服用すればおよそ24時間の間魔力が数倍に跳ね上がる。もしアンタがこれを使えばきっとデミウルゴス様のおわす意識世界でも意識を保っていられるはずだよ。デミウルゴス様が私たちに干渉できるとしたらあの場所しかないからね。そしてこれを服用すればあんたは〈魔王の因子を取り込んだ〉ことになる。これで私はちゃんと神託に従ったことにもなるわけだ。」
「あの、どうして私にこんなことまで?」
「別に、シン坊ほどじゃないにしろあたし達だって『勇者』のあんたへの感謝と尊敬の念はあるんだ。いくら神様がどう言おうたって恩を仇で返すような真似をするほど恥知らずじゃないってだけさね。」
私がそれに上手く言葉を返せないでいると、お婆ちゃんは続けて私にこう告げた。
「それをどう使うかはあんたの勝手だけどね。シン坊はあんたが消えたりしたらまず間違いなく命を絶つよ。これだけは胸に刻み込んでおきな。」
それだけ言ってお婆ちゃんは、戸惑っている私に背を向けて歩き去ってしまった。
✳︎✳︎✳︎
私は自室で『魔王の因子』の入った袋を眺めながら、さっきのお婆ちゃんの発言を考えていた。私としては世界のためなら死んじゃうのもしょうがないと思っているのだけれど。もし私がいなくなったらホントに信治くんは命を絶つのだろうか。
榊 信治くん。魔王に有効打を持たず、この世界に来て初めて話したのではないかと思う位には地球では縁のなかった彼に対して、召喚されたばかりの頃の私は正直に言うと哀れみを抱いていた。何故なら私たちは魔王を倒すために召喚されたのに彼の力では魔王に立ち向かうことが出来なかったから。彼の分まで頑張ろうと、勝手に自分を奮い立たせもしていた。
それでも、信治くんは自分が立ち止まることを是としなかった。
彼は異世界人として各国を訪問し、時には魔力による威圧も用いて魔王討伐の援助を約束させた。その時のインパクトが強すぎるせいで国の上層部では『異世界人』といえば私よりも彼の印象の方が強いらしい。どの国でも丁重にもてなされたのは彼が事前にしっかり脅しをかけていたからだと知ったときはとても驚いたものだ。そんな風に自分で未来を選択し続けていた彼の生き方は、『勇者』としてレールの上を進み続けてきた私の目にはどこか自分勝手に映りもしたが、それ以上に眩しかった。
そんな風に彼のことを考えていると、ふと頭の中をある考えがよぎった。
そうだ、彼に私の未来を決めてもらおう。自分の意思で運命を切り拓いてきた彼ならば、自分で選択した結果として私が消えるとしても納得してくれるはずだ。意外といい考えかもしれない。
そう決めたらあとは簡単だ。儀式の直前に、信治くんに差し入れと偽って『魔王の因子』を混ぜたドリンクを渡すと全く躊躇せずに飲んでくれた。もう地球に帰るから関係ないのだけど、警戒心が無さすぎて心配になってしまう。それで本当に政治の世界でやっていけていたのだろうか。
✳︎✳︎✳︎
「これより、主神デミウルゴス様の御名のもとに……」
お婆ちゃんの厳かな声が響き、送還の儀が進行する。私はそれを聞き流しながら別のことを考えている。
私が神様に処分されてしまったら地球の母や父は悲しむだろうか。
この一年間で私の価値観はすっかり『勇者』のそれになってしまった。きっと地球にいた頃の私なら断固として地球に帰ることを望んだだろう。でも、今の、『勇者』の私はそれほど望郷の念は強くない。たしかに両親達を悲しませるのは心が痛むけれど、私が地球へ戻らないことが世界のためならばそれは仕方ないという考えの方がどうしても強くなってしまう。ひょっとして私は歪んでいるのだろうか。わからない。わからないからこそ彼に私の運命を委ねるのだ。
「召喚術式、再起動」
気付けばいつのまにか儀式は終わり、魔法陣は光を放っていた。
「シン坊、何があっても自分を曲げるんじゃないよ」
薄れゆく意識の中。お婆ちゃんのその言葉で私が考えてたことなんてとっくに見透かされてたことに気付く。もしかして、信治くんがどういう選択をするかもお婆ちゃんには分かってるのかな……?
✳︎✳︎✳︎
目が覚める。
視界に映る太陽と背中に感じるアスファルトが私が生きて地球に帰ってきたという事実を突きつけてる。
そうか、私は帰ってきたのか。それが、彼の選んだ運命。
身体を起こすと既に起き上がっていた彼と目があった。
「おはよう、信治くん。帰ってこれたんだね。」
「おはよう嶋原さん。召喚前は俺のこと榊くんって呼んでたじゃん。」
いつもどおりの会話。彼は意識世界でのことを私に伝える気は無いらしい。
だから私も普通に帰還したかのように彼に問い掛ける。
「ところで信治くん今が何日かわかる?身体は異世界の頃のままっぽいんだけどちゃんとあの時の日付のままなのかな。もし違ったら私たちニュースだよ。」
彼がスクールバッグを左肩にかけ直す。
何かがおかしい。私の中の勇者としての経験が違和感を覚える。
その違和感の正体はすぐに分かった。右腕だ。彼が不自然に右腕を庇っているのだ。
なぜ、どうして。心当たりなんて一つしかない。私の知らない意識世界での神様とのやり取り。
考えてみれば私をこの世界に帰す気のない神様が彼が何か言ったくらいではいどうぞと認めるわけがない。じゃあ、彼は私のために神様と?
「俺も携帯電池切れてるからわかんないけどとりあえず家に帰ってみるのがいいんじゃないかな。どっちにしろ明日学校で会えるでしょ。警察署かもしれないけど。」
彼の返答を聞いて不意に我に帰る。
そうだ。選択を放棄して彼に丸投げした私に彼を心配する資格などない。それは彼の選択どころか私の浅はかな決心さえ否定することになる。
「たしかに、それくらい軽くていいかもね。学校終わったから帰ってきましたーみたいなノリでさ。」
平静を装って言葉を返す。私の動揺は彼にバレていないだろうか。
「そうゆうこと。じゃあ、また明日。」
「うん、バイバイ信治くん、また明日。」
別れの挨拶を告げ、彼に背を向けて歩き出す。
この気持ちはなんと言うのだろう。感謝と罪悪感と、憧れが混ざったこの気持ちは慕情だろうか。もしかしたら軽めの依存かもしれない。
胸がドキドキする。なんだかもどかしい。でも、どうしようもなくこの気持ちが愛おしい。
彼が引っ張りあげてくれた、『勇者』ではない『私』のこの想いが。
「〜〜♪」
思わず鼻唄を口ずさんでしまう。足取りは軽い。
家に帰ったらどうしようか。もし一年経ってたらママとパパは驚くだろうな。
それでも、きっとなんとかなるだろう。私が今ここにいて、それは明日からもずっと続いていくのだから。
また明日。彼はそう言った。関係性は変わっても明日から彼とともに時間を過ごせる。それがたまらなく嬉しい。
ああ、帰ってくることが出来て良かった。
こうして『
これからどうなるかはわからない。
だけどね信治くん。きっと君は気付いていないだろうけどさ。
君が掴んだ運命は、もう新しい1ページ目を刻み始めているんだよ。
題目は既に変わった。
これは、幕を降ろした英雄譚の続きではない。
私と彼が紡ぐ新しい物語が始まりを迎える。
異世界に行ったけど世界は同級生が救ったので帰ります 照り焼き残月 @urofine
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