異世界に行ったけど世界は同級生が救ったので帰ります
照り焼き残月
幕間
「これより、主神デミウルゴス様の御名のもとに『異邦の救世主』2名の送還の儀を執り行う」
巫女のバアさんの厳かな声が大聖堂の広間に響き渡る。
俺たちは中央に描かれた大きな魔法陣の中心でそれを聞いている。
「汝、シンジ=サカキ、『魔王討伐軍』の設立に際し各国を説得しまとめ上げた功績を評価し……」
俺の名前が呼ばれる。まるで他人事であるかのように、頭に入ってこない。
異世界に召喚され、ウキウキしながら能力測定に臨んだ俺の評価は「微妙」だった。
たしかに測定不能と言われるほど魔力量はあった。が、全属性への魔術適正の欠如と魔力調整が出来ず0か100しか出せない欠陥に加えて魔力体である魔王に無属性の魔力をぶつけても効果がないというスリーアウト。俺は魔王の討伐において、明らかな死にステータスだったわけである。
それでも召喚までされて何もする事がない、なんてのは嫌だったから量だけは桁違いと言われた魔力による威嚇をバンバン活用して各国を説得し、多国籍の『魔王軍討伐隊』を結成したことにより穀潰し認定だけは回避、こうして功績を評価されるに至ったのだ。どの世界においても棍棒片手に穏やかに話し合えば分かり合えるというのは真理らしい。
「そして、汝、『勇者』ユリ=シマハラよ、此度の大戦においては魔王との一騎打ちを制し、見事世界を救った貴女はまさしく英雄であり、この世界の希望であると共に……」
隣に立つ彼女に目を向ける。嶋原 由梨。魔力だけの俺とは対照的に魔術、剣術の両方に最高水準の適性を持った正真正銘の『勇者』だ。彼女が魔王を倒してくれたからこそこの世界は今も存続していて、そして俺たちは今地球へ帰ることができるのだ。
「其方達2名がこの1年間で世界にもたらした安寧と平和の灯火を、我々は後世へと受け継ぎ……」
バアさんの声が延々と続く。勇者と違い戦闘能力を鍛える必要がなかった俺はこの人に政治面でかなりお世話になった。むしろ交渉事に関してはほぼ完全にこの人のお蔭と言っても過言ではないだろう。俺は打ち合わせ通りに隣で魔力を放出しながら笑顔を保ってただけだ。
「それでは、送還を行う。各員用意」
長い儀式が終わる。一年間という短い期間だったが密度の濃い一年だった。俺でさえそうなのだから嶋原さんはもっと凄いのだろう。勇者に対するリスペクトは止まりそうにない。俺、地球に帰ったら彼女のパシリになるんだ。
「召喚術式、再起動」
魔法陣が光を放つ。
「シン坊、何があっても自分を曲げるんじゃないよ」
儀式めいた厳かな声ではない、優しい声が耳に届くのと同時に、徐々に意識が遠ざかる。
バアさん、そこは俺じゃなくて嶋原さんに声をかけるとこだろ……そんなに俺が心配かよ…………
✳︎✳︎✳︎
目が覚めると、俺は草原の上で寝転がっていた。
隣で同じように寝ている嶋原さんを確認したあと、立ち上がって辺りを見回してみる。
雲ひとつなく澄み渡った空に地平まで続く緑の草原。そしてどうみても昼なのに姿の見えない太陽。さっきまでいた世界と同じ、すっかり見慣れた異常。明らかに俺の知ってる地球の景色じゃない。よりによって失敗か?と脳内で巫女のババアに文句を言いながら現状を把握出来ずに考えあぐねていると不意に草原に突風が吹き込んでくる。思わず瞑った目を開くとそこにはいつのまに現れたのか、少年が立っていた。金髪に麻のシャツを着た異世界ならどこにでもいそうな……いや、『どこにでもいる少年の姿をしたナニカ』がそこに存在していた。
「やだなぁ、そんなに警戒しないでよ、君に害を与える気は無いって。」
『ナニカ』の声音も口調もただの少年そのもので、故にこそ得体の知れない恐怖を感じる。もしかして俺たちをここに引き込んだのはこいつか?
「ほら僕だよ僕、君らが『デミウルゴス』って呼んで崇めてる神さまだよ。ちゃんと言っておいたのにその反応酷くない?パパッと用事を済ませちゃいたくてね、意識だけ僕の領域に呼び込んだだけだよ。ね、だからその魔力止めてくれない?それ僕でも結構ビビるんだけど。」
デミウルゴス教、俺たちを召喚した国の国教の名前だ。となるとこいつは本物の神か?まあ俺の短い棍棒外交歴で無敗を誇る魔力での威圧に耐えてる時点で神じゃなくても相当強い奴なのは確かだしとりあえずは対話を試みて間違いはないだろう。
それはそれとしてちゃんと言っておいたって何をだ?こっちはこんなとこに呼ばれるなんて聞いてないぞ。
「あ、やっと楽になった。ほんとに凄いね君、この空間で意識保てるなんてひょっとして今の分体の僕より魔力多いんじゃない?ここで暴れ始めたりしたら用事済ませられなくなりそうだったから結構焦ったよ。」
ああ、嶋原さんがさっきから眠りっぱなしなのはここで意識を形作れるほどの魔力がないからか、いや主役が起きないならほんとになんで呼んだんだよ。帰る気満々だったこっちの身にもなってくれ。
「あ、お礼なら俺がちゃんと伝えときますよ。神さまも褒めてたよって。」
「え?あの子はここじゃ魔力密度高過ぎて意識保てないから無理だよ。」
「いや、ここじゃなくて地球に戻ったらですけど。」
「?」
「??」
微妙に話が噛み合わない。まるで最初からボタンを掛け間違えたかのような、はじめからお互いに向いてる方向が違うみたいな感覚。そもそも用事ってなんのことだ。変な悪寒がする。
「いやいや彼女を処分するのはここだよ、流石に世界超えられちゃったら僕も干渉できないからねー。」
「え?」
聞き間違いか?今こいつなんて言った?
「ん?だからさっきから用事はここで済ませるって言ってるじゃんか、むしろ逆に彼女の意識がない今くらいしかチャンスなくない?いくら神っていったって分体の状態で戦意溢れる勇者と戦って殺すのは骨が折れるとかいうレベルじゃないよ。君だって無理でしょ?」
話についていけない。
殺す?神が?誰を?嶋原さんを?世界を救った『勇者』を?
「え、いや、ちょっと待ってください、さっきからなんですか処分とか殺すって。だって嶋原さんは『勇者』で、この世界のために魔王を倒して、世界を救ったじゃないですか。なんで、おかしいじゃないですか」
「あれ、もしかして巫女からお告げ聞いてないの?おっかしーなー、勇者が実は魔王の因子を取り込んだみたいな感じでうまく言っといてってお願いしたはずなんだけどな、お告げになってなかったのかもしれないや、ま、いっか」
別れの間際の巫女のバアさんの言葉を思い返す。あの時俺に声をかけたのは、ああ言ったのはもしかして、お告げを受けたうえで逆らったのか?いつもあんなに誇ってた神への奉仕を捨ててまで嶋原さんのために?どうして。なあ、バアさん、どうなんだ、あんたは。
頭が混乱する。いろんな感情が脳みそを飛び回ってる。頭が痛い。
「いやあ実はね、異世界で力をつけた人を元の世界に戻すとたまにそこからクレームが来るんだよ、バランスが乱れるって。向こうの世界は魔力なんて存在無いから君は別に問題ないんだけど、彼女はさ、ホラ、魔力抜きにしても身体能力もめちゃくちゃ高くなっちゃってるじゃん?まあアウトだよね。だからこうやって干渉できる唯一のチャンスを活かして絶好のシチュエーションを作ってみたんだ。正直君が起きてるのは想定外だったけど話通ってるなら大丈夫かって思ったんだけどな。困ったな。」
何を言ってるんだこいつは。そんな理由で、彼女を?
「まあここはひとつ何も見なかったことにしてよ、世界を救ったあとの英雄が厄介者ってよくあるパターンじゃん。きっと彼女も世界のためなら喜んで引き受けると思うよ、うん」
動悸がどんどん激しくなっていく、胸が痛い。ありとあらゆる感情が行き場を求めて暴走している。
千切れそうな意識の中で、必死に魔王を倒した『勇者』の姿を思い出す。ああ、そうだろう。誰よりも優しい彼女はきっと躊躇いもせずに身を投げ出すだろう。ちょっと寂しげに笑ってから、まあしょうがないか、とか言って、世界に殉じるのだろう。
ふざけるな。
彼女が魔王を倒した瞬間にこみ上げた衝動が蘇る。あの時感じた激情が心臓から溢れ出す。
英雄への憧憬が頭の中の余計な思考を弾き飛ばす。
世界の運命を同級生に丸投げした罪悪感が全身を巡る血を焼き尽くす。
『勇者』が植え付けた希望が全身を突き動かす。
あの気高い少女に抱いた慕情が雄叫びをあげている。
「ふざけるなッ!」
声を上げる。世界に聞かせるように、世界に宣言するように。聞き逃しなんか許さない。
「何が世界を救った英雄はもういらないだ!英雄に救われた世界が英雄を否定していいわけがないだろッ!!」
吐き捨てる。クソったれが。
怒りがどんどん込み上げてくる。
内側に意識を向ける。
荒れ狂う感情の底で一際大きくうねっている魔力の流れを掴む。その流れを手当たり次第に手繰り寄せて一ヶ所に集める。こんなに全力で魔力を束ねるのは初めてだ。体内の魔力がどんどん凝縮され、右手に集まってくる。右手が熱を帯び始めたのがわかる。溶けそうだ。だからどうした。彼女のためなら腕くらいくれてやる。ひたすら魔力を凝縮させる。
際限なく高まる魔力に神の目が大きく見開かれる。何勝手にビビってんだよ、俺はまだまだいけるぞ。
「人間の枠に収まる魔力の量を明らかに超えている、き──は──ったい何なん──」
うるせえ。集中してるんだから黙ってろ。
上位存在だかなんだか知らねえが偉そうなことほざきやがって。
もしも、
「英雄を否定する世界なんか俺は認めねえ!消えちまえ!俺が滅ぼしてやるよ!」
激情に身を任せて、理屈でもなんでもなくただのわがままを叫ぶ、ああ、そうだ、世界が英雄を否定するなら俺がその世界を否定してやる。
これは俺のエゴだ。英雄に救われた一個人の、ただの癇癪だ。
それでいい、英雄じゃない俺は知らない誰かのためになんか立ち上がれない。
それでも俺を救ってくれたあの人のために駄々を捏ねることは出来る。
それで充分だ、彼女がいる限り俺は
右手に圧縮された魔力がうなり声をあげる。右手の周りの空間が魔力に耐えきれず歪み始めてる、そろそろ腕も限界だ。
神を見る。奴はもう諦めたように静かに笑っている。右手の魔力を解放することだけを考える。調整なんて最初から出来ないからあとはこいつをただぶつけるだけだ。
過度の魔力によって既にヒビが入り始めたこの空間を睨みつける。
拳を握る。
嶋原さんと必ず地球に帰るという
英雄は絶対に報われるべきだという
彼女を押し潰そうとする世界に対する
魔力に込めて、
世界に、叩きつける────
✳︎✳︎✳︎
目が覚めた。
身体を起こしてすぐに嶋原さんがいることを確認する。よかった。
一拍遅れて目に飛び込む太陽の眩しさと尻に感じるアスファルトの固い感触を感じる。今度こそ地球に帰って来ることができたんだ。
次に自分の身体を確認する。筋肉のつき方からするとどうやら異世界で過ごした身体のままのようだ。服は召喚当時の服装をちゃんと保管したあったので制服のままだ。成長して多少キツくはあるが問題はない。となると気になるのは現在の時間軸だけど生憎この一年で携帯は電池切れのため確認はできない。バアさんは召喚時の瞬間にそのまま戻すと言っていたが、もし一年後だったら行方不明者になっているのだろうか。
「ん、うーん……」
嶋原さんも目覚めたようだ。いずれにせよ、こうやって俺と彼女が帰ってこれたんだ。時間なんて些細なことだろう。なるようになるさ。
「おはよう、信治くん。帰ってこれたんだね。」
「おはよう嶋原さん。召喚前は俺のこと榊くんって呼んでたじゃん。戻しなよ。」
嶋原さんにその呼び方をされると何故か背中がむず痒くなるから苦手なのだ。何度言っても直してくれないが。
「ところで信治くん今が何日かわかる?身体は異世界の頃のままっぽいんだけどちゃんとあの時の日付のままなのかな。もし違ったら私たちニュースだよ。」
スクールバッグを左肩にかけ直して彼女に応える。
「俺も携帯電池切れてるからわかんないけどとりあえず家に帰ってみるのがいいんじゃないかな。どっちにしろ明日学校で会えるでしょ。警察署かもしれないけど。」
「たしかに、それくらい軽くていいかもね。学校終わったから帰ってきましたーみたいなノリでさ。」
そうだ、俺たちは帰ってきたのだから、普通でいいんだ。学校から帰ってたのだからそのまま家に帰る。そうやって少しずつ日常に戻っていけばいい。
「そうゆうこと。じゃあ、また明日。」
「うん、バイバイ信治くん、また明日。」
英雄の物語に幕が降りていく。あとは家に帰って笑顔でただいまを言ってハッピーエンドだ。これからどうなるかはわからない。もしかしたらエピローグがまだ続くかもしれないし、新しい章が始まるのかもしれない。
だが、例え何が起こったとしても。
君のいる世界が明日からもこうやって続いていくなら。
俺はそれで充分だ。
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