第33話『口裂き女』

虚構顕現メタファライザー——モンキーレンチ」


 モンキーレンチは殺人事件の際に犯人が用いる事の多い凶器である。身近な日常の中に潜む凶器モンキーレンチ。その殺傷力の現実感リアリティー虚構顕現メタファライザーの武器として扱うには非常に適している。


 ただ、銀星の用いるモンキーレンチは、製造業のエンジニアなどが使う代物である。柄が長くそして重い、人間であれば頭頂部を殴打されれば一撃くらっただけで致命傷は免れない代物である。


 怪異から二本の小型の刃物が銀星にむけて投擲される——医療用メス。


「ぬあらあぁっ!!」


 金属と金属がぶつかりあう軽い音が闇夜に響き渡る。銀星は、虚空を舞う数本のメスを両手に持つ二対のモンキーレンチで叩き落とす。


 医療用の器具であるメスは、外科手術や解剖に用いられる極めて鋭利な刃物である。切れ味と軽量性のみを追求したものであるが、衛生上の問題のため術後に使い捨てる類のものであり、非常にもろい。事実、銀星が叩き落としたメスは真ん中からぐにゃりと歪み、ひん曲がっている。


「ワタシって……綺麗ぃ?」


 赤いベレー帽に赤いハイヒール、そして赤いコートのマスクで口を覆った女性が銀星に問をかける。ここでは『きれい』と答えると、都市伝説のルール下に置かれることになる。


「とっととマスクを取りやがれ——クソ女」


「あぎっ?! これでも……キレイィ?!!!」


 都市伝説の怪異はもとより理不尽なもの。ルール外の解を提示しても、それが逸話に則ったものでない限りは、強制的に物語を進行する。口元を覆っていた、マスクを自らはぎ取り口元を曝け出す。


「元から、てめぇを綺麗なんて言ってねぇっ! 顔面だけじゃなく耳まで蛆が湧いてるのかクソババァっらああ!!」


 銀星は左手のモンキーレンチを、投擲物として目の前のマスク女の顔面に向かって投げつけ、る——、が、その投擲される重量のあるモンキーレンチを女は大口を開けてガチリと受け止める。


「バケモン、かよ……」


 口の中をおびたたしい数の歯が覆われていた。伝承通りであればその口腔内の歯の本数は130——だが銀星にはその数を認識できるはずもない。ただただ、まるで鮫の口のようだ、という印象しかなかった。


 メスをへし折ったことの意趣返しとばかりに巨大な口腔内に咥えたモンキーレンチを万力のような力で、ぐにゃりとへし折る。尋常ならざる、咬合力。


「おまぇにはもう、ワタシは問わない、頭から噛み千切って殺すぅ」

 

 両手足を地面につけ、まるで四つ足のケモノのように闇夜を疾走し、銀星に向けて全力でブツカリにくる。——銀星は、そのブチかましを体で受け止めようとするも、勢いに押し切られ、押し倒される。口裂け女は、銀星の頭を丸ごと飲めこむほどの巨大な口を開き、銀星に噛み殺さんとする。


 銀星は柄の長いモンキーレンチの両端を掴み、横一文字に構え、口裂け女の口に突っ込む。だが、尋常ならざる咬合力の前には、そのモンキーが噛み千切られるのも、時間の問題であった。


「くそっ……! ポマード、ポマード、ポマード! にんにく! これでだめなら、べっこう飴! リンゴッ!」


 口裂け女を退けることできるという逸話のある、呪文を唱えるもまったく怯む様子はなく、銀星の自分を退けるための言葉を聞き、まるでその様子が滑稽といわんばかりに、ケタケタと高笑いする。


「なら……。——パイナップル手りゅう弾だ」


 刹那、銀星はモンキーレンチを掴んでいた右手を、黒パーカーのポケットに突っ込み、取り出した楕円状の無骨な鉄の塊を口に突っ込み、口裂け女の口に突っ込むと同時に、口裂け女の頭頂部を両手で抑え込み、右膝で力の限り打ち付ける。


 それは、まるで銃の撃鉄を起こす行為によく似ていた。上下で合計130本の歯が銀星が口に放り込んだスタングレネードの撃針 を叩くハンマーのように、かみ砕き。——口腔内で、爆発。——銀星はすでに、口裂け女から一定の距離を取り爆発を回避するために、体の急所となる部分を守るため、まるでダンゴムシのような格好で地面に伏せている。


 スタングレネードはあくまでも、爆音と光で相手の戦意を喪失させることを目的とした殺傷能力が低い武器である。殺傷型の手りゅう弾との一番の違いは、相手を殺傷するための鉄片等が含まれているか否かである。——、だがこのスタングレネードが炸裂しているのは、口裂け女の口の中。つまり……、


 ——ズドンッ! 頭蓋の頭頂骨が吹き飛び、鮮血と脳漿が飛び散る。その光景はまるで、彼岸花が咲き誇るかのようであった。


 口裂け女の口腔内の総数130本の歯が、スタングレネードの火薬の爆発と共にまるで弾丸が射出されるかのように口裂け女の口腔内を蹂躙し、顔全体をミンチ肉に変えていた。口裂け女だった、存在の顔は自身の130の歯により蹂躙され、損壊し。今の口裂け女の姿は、また別の怪異のようにっしか見えなかった。——もう誰も銀星の目の前の怪異を、『口裂け女』といっても信じることができないであろう。


《お疲れ様なの。——それにしても、今回はいつもにも増して酷いことになっているなの。なんというか、まぁ、ぐちゃぐちゃなの》


 銀星の虚構顕現メタファライザーを実行していた、虚子の操るドローンが銀星に向かって語りかける。


「どうも。今回は、ミームに事前に教えてもらっていた『オマジナイ』の言葉が全然効かなかったよ。それに、事前に聞いていた『整形に失敗した女の復讐』の逸話とも違っていた。なんというか、異形のモンスターって感じだった」


《——これは仮説だけど……かーちんが闘っていたのは、都内で新たに生み出された都市伝説、『口裂女』の方だったのかもしれないなの》


「口裂女……? そんな怪異名初めて聞いたぞ」


《まだ、中学生の間でのみ流行っている小規模な噂。様々な口裂女の都市伝説を元に作られた、空想上の存在だったはずなの……まだ、噂の拡散規模も小さく、存在力も小さかったはずなの。だから想定から外していた、なの。ごめん、かーちん》


「いや、気にするな。怪異と命がけなのはいつもと同じだし、イレギュラーだって今までに無かったわけじゃない、でもまぁ」


《原因が、とっても気になるなの》


「そう、だな」


 銀星は、パーカーにこべりついた、肉片と脳髄片を片手で払い、帰路についたのであった。






          《東狂胎動編――了》






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都市伝説殺しと魔術師級ハッカー くま猫 @lain1998

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