動物嫌い
韮崎旭
動物嫌い
私は死ぬほど動物が嫌いだから死んでいてようやく嫌悪感が0になる。それ以前の動物は嫌悪感をとよく催す。吐き気を催す愚劣だ。吐き気を催す不衛生。騒音。ふるまいの下品さ。野蛮で、粗野で、野放しになっているそのようすを遠くから観望しただけで十分に食欲の過剰または過小、運動の不自然さ、随意運動の難しさ、呼吸困難、過呼吸、徐脈や頻脈、などの様々な好ましからざる症状を引き起こしうるものこそ動物だ。私は私に、4錠も5錠も余分に向精神薬を服用させるような信じがたい下劣を憎む。私自身がその下劣の列に並んでいるという事実に怖気を持つ。恐れるべきだ、自信が動物であることに、あの醜悪で、悪趣味で、愚昧で、無学な、忌まわしい無軌道を、恐れるべきだ。
コーヒーチェーンでは牛乳を注文することができる。メニューにないケースもあるが、牛乳は基本的な素材だからか、300円くらいで供していただくことができる。今日はカフェインは遠慮したい、そんな気分でも大丈夫、向精神薬をたらふく飲んで明らかに正気ではない状態でノリで眠れないからといって描いた魚の絵が思いのほか出来が愉快で、好ましく、つい色塗りなどをして完成に向かわせつつ(それは莫大な穴を埋める森戸または埋め立て作業、干潟なのだろうか?)、「あー蝉の声うるせえー」と口には、出さない。自分の声が奇跡的に嫌い。声は嫌いではなくとも、声を発することが疎ましくいとわしい、かつ憎らしくおぞましい。牛乳を注文することができる。トマトを、別の、スーパーマーケットで買うことができる。料理は工作のようなものだ。刷毛で色を塗ったりはせず、代わりに絵の具としてスパイスで味を混色する。正直なところ、かなりの調味料を添加するまで味を確認しないので仮に失敗しているとかなり悲惨。失敗していないからといって、人間の、食事をしたがる、むやみやたらと、ところかまわず、隙あらば、食事をしたがる獣性の悲惨さ陰惨さから目を背けることは許されない。
料理は愉快で美しくもありうる芸術であると同時に、残念ながら裁かれるべき道徳上の罪なのだ。
牛乳を注文することができる。だから私はその日牛乳を注文しなかった。その日は雨で、或は野分で、私は無意味さに感嘆していた。砂漠のような航跡の散乱に腐敗する岩礁を混ぜ合わせてやんだ魚の腐敗の逆再生ハイスピード版を作成していた。酔った勢いで牛乳を注文する蛮族であることが若しくは可能である。傘をさしていたらなおのこと良かったが、路面電車はなく、傘もなく、いや、雨すらもなかった。カタツムリの残忍さでもって人間の劈開をのぞんだ空き地には、たくさんの実在しない遊動円木や、ブランコ、ぎっこんばったん、そして源吉季振る舞いとばかげた空笑が漂っていた。特に蛸の遊具は人気が低く理由としてはその過剰なリアリティ。蛸の性別や種族、学名まで判別可能な、非原寸大の拡大模型、精巧な。緻密な。蛸の脚の吸盤の凹凸の一つ一つも確実な技術力と丈夫な素材で幼稚園児などの粗略な扱いにも耐えうる感嘆するような再現度と実用性で顕現。その日あなたは受肉した。でもあなたには顕現させるべき概念など一つもなかった。あなたは空洞だった。あなたはむなしいとすら思わずに求め、ひたすらにむさぼり、食らい尽くしても飽き足らず、その症候の病因の解明や追及にとりつかれて、日がな一日偏執狂のように太陽光を避けて、いて。
アノレキシア・ナーヴォサにおけ生命維持に悪影響が明らかな範囲であらわれうるほどに痩せた女性への執着が朝から晩まで。夜には眠ることができない。なぜならばかみたいに紅茶を飲むからだ。ばかみたいに紅茶を飲むことにとりつかれており、映画を見ることもできていない、夜の静寂をよりいっそう、ほかのものよりも好むが故の不可逆的な視野の掠奪が燦然と雨のように落下して地面で割れてはぜる。その人々のはっきりと見える骨格を好む。執拗に凝視するのだ、スマートフォンノートパソコン医学書の症例などの画面において、それこそすべての細胞に触れようとでも、視線でもってするかのように、だがああ、それらが死に瀕しているがゆえに私はそれらをのぞんでやまない。もしくは
耐え難い恐怖とは隔離されたかのような軽い、とても軽い、きゃしゃというには病的が過ぎる死にそうな彼女らの、つまり、Anorexia Nervosa の女性たちの肢体にとりつかれてしまう。私がコーヒーの代わりに牛乳を注文することができたのはちょうど、陽炎がアスファルトの路面を焼き、コーヒーフレッシュが熱で沸騰し、人間の隙間という隙間から脳と思考がボロボロと零れ落ちるような実在する市内にかかわらずうるさいくらいに蝉の音と風鈴の音が飽和した夏のことだった。はらわたが何だというのだろう、人間はそれ自体が無用な機関だ
。
憎むべき騒音への鈍磨を抱えたまま動物園をさまよう、私を私たらしめる動物性を動物たる私は憎んでいる。
動物嫌い。
動物嫌い 韮崎旭 @nakaimaizumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます