第29話 樓蘭
店に着いたのは真夜中過ぎ。ヒューストンは自分の部屋に入るとベッドの上に転がるように突っ伏して、そのまま眠り込んでしまう。
翌朝、ぼさぼさの頭で事務所に顔を出すヒューストン。事務所には淹れたてのコーヒーの香りが漂っている。
「おや、お帰りになってたんですね」
特に驚いたふうもなく、仕入れ係はいつもどおりコーヒー片手に開店前のひと時を過ごしている。
「お金持ちのお嬢さんとの休暇はいかがでした」
休暇、ではなかったな。仕事だ。
ヒューストンは仕入れ係の問いには答えず、自分もコーヒーをカップに注ぐと仕入れ係の向かいのソファーに深々と身を埋める。
「おまえさんは、生まれ変わりって信じるかい」
「またそのお話ですか。そうですねえ」
仕入れ係はコーヒーを一口飲んで少し考える。
「信じているか、信じていないかといえば、まあ、信じているんでしょうかね」
まるで他人事のような答え。
「坪陽郷で、生まれ変わったという人達に会えましたか」
「そこでは会えなかった。でも、アラスカで会った」
「また、えらく遠いところで。で、ご自分は生まれ変わりを信じるようになったんですか」
「そうだな、嘘を言っているようには見えなかった」
そう言うとヒューストンも一口コーヒーを口に運ぶ。
「ただ、この世界の人間のみんながみんな生まれ変わっているのかどうかは、分からないな。そもそも自分には前世の記憶なんて微塵もないんだから」
しばらくの沈黙。斜めに射し込む朝日がソファーのテーブルに反射して天井に窓枠を映し出している。
「おまえさんはどう思ってる」
「そうですねぇ。私なりになんとなく考えていることはありますが」
「どういう風に」
「世の中に戦争がなくならないのはなぜだと思います」
「え、ああ、まあ、それは人間が変わらずに愚かだからじゃないのか」
それを聞いて、仕入れ係は少し言葉を選ぶようにして話し出す。
「もし魂というものがあるとして、その魂というものは輪廻転生を繰り返すことで、その霊性を高めていくというような話を聞いたことがあります。生まれ変わることによってその霊性が高まっていくのだとしたら、なぜ同じことを何千年も繰り返すのでしょうね」
「動物が人に生まれ変わっているからと言っていた坊さんがいたけど」
「でも、人も人として生まれ変わっているんですよね」
「まあ、そうだ」
仕入れ係は続ける。
「こんなことが書いてある本を読んだこともあります。人は生まれる前に、この世で何をするか計画を立てて、それを成し遂げるために生まれてくるんだと。でも、戦乱に巻き込まれて死んでしまう人がいます。生まれてすぐに飢えて死んでしまう子どもたちもいる。
アウシュビッツで殺されてしまった人たちは、いったいどういう計画を立てて、この世にやって来ようとしたんでしょう」
ヒューストンは何と答えていいか分からぬまま黙って聞いている。
「私は、ずっと不思議に思っているんです。何のために生まれ変わるのか」
仕入れ係は、一息つくようにまたコーヒーを飲む。
「もしかしたら生まれ変わっているのは私ではなくて、実は私の中に宿っている何かなんじゃないかと」
「帰りの飛行機で会った坊さんもそんなことを言ってたな」
「そうですか。何が生まれ変わると言ってました?」
「ああ、えーと、何か自分の奥底にある五つのものが寄り集まって何度もこの世に現れるとかなんとか」
「自分の奥底にある何かですか?」
仕入れ係は少しの間、言葉を探すようにして、話し出す。
「私は、その『何か』は、常に刺激を求めて、この世に、この私たちの『肉体』に宿るんじゃないかと、そんなふうに思うんです」
「刺激?」
「その『何か』、とりあえず『魂』ということにしておきましょうか、その『魂』は、私とは別、私の意識とは全く別のもので、私という『肉体』が感じる体や心の刺激を楽しんでいるんじゃないかと」
「どういうこと?」
「『肉体』が感じる喜びでも苦しみでも痛みでも恐怖でも、どんな刺激でも、『魂』は楽しい。その刺激が強ければ強いほど楽しい。だから刺激を求めて何度でも『生まれ変わる』」
「怖いこと言うなよ」
まるで、どこかの学者が言っている『遺伝子は生物の肉体を乗り物として利用している』とかいう説みたいじゃないか。
「でも、生まれ変わった人は前世のことを覚えているよ」
「それは、その前世での刺激、その楽しさが『魂』に残っているからじゃないでしょうか」
そういえば、アラスカで会った女の子は前世では事故がもとで死んだんだった。それは、確かにけっこう強い刺激だったに違いない。
「臨死体験を語る人もいるし、生まれる前の出来事を話す子どもがいるとかいう話を聞いたこともある。それも、その『魂』の記憶だと」
「さあ、どうなんでしょう。本当のところは何とも言えないです」
いつの間にか射し込む日の光が動いて、仕入れ係の横顔を照らしている。
「ただ、仮に私の肉体が、『魂』が楽しむためだけに宿るものでしかないとしても、その『魂』が、私の肉体を通して、怒りや恐怖ではなく、喜びや幸せを楽しんで通り過ぎて行ってくれればいいなとは思っていますけど」
日の光の照り返しがヒューストンの顔を照らす。
店の方では人の気配がし始めている。早起きの従業員たちがやってくる時間。
「さあ、久しぶりにみんなの様子でも覗いてきたらいかがです」
仕入れ係に促され、ソファーから少し気だるい感じで腰を上げるヒューストン。
と、その時、ヒューストンのズボンのポケットの中でiPhoneが鳴る。
腰を浮かして鳴り続けるiPhoneを、のそのそと手に取るヒューストン。
『もう起きた?』
ああ?
『気になって寝られなくなっちゃったんだけど。「神」ってそもそもいったい何だと思う』
何だって?
『今さら、とか思ってるでしょ。調べるからちょっと付き合って』
おい!
『明後日、ローマね。じゃおやすみ』
ちょっと待て。
「どうしました」
仕入れ係はコーヒーをすすりながら、ヒューストンの顔を上目遣いで見上げる。
iPhoneを握ったままソファーの背もたれにどさっと沈み込むヒューストン。
「また、お出かけですね。お気をつけて」
外では照り付ける朝日が熱を帯び始めている。
また、暑くなりそうだ。
そこは最果て、枯れ湖のほとり
何でもそろう不思議なお店
夢も売ります
愛も売る
その名は
樓蘭百貨大樓
樓蘭百貨大樓 捨石 帰一 @Keach
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