第88話

 月日が経つのは早いもので、あれからもう一ヶ月が経過していた。


 慣れというものは怖いものだ。

 初めのうちは手すら握るのも悪戦苦闘していたというのに、今では慣れた手付きで彼女の手を握っている。

 しかしそれでもその手の中にある幸せの感触だけは、いつまでも褪せることはなかった。


「寒くなってきたな」

「そうね」


 握る手が暖かくとも、口から出る白い息、肌を撫でる冬風が季節の変わり目を知らせている。


 文化祭を終えてからあっという間に冬シーズン。

 駅前のカフェやアパレルショップは既に準備を始めており、すっかりクリスマス気分になっていた。


 そんなクリスマスだが、毎年家族としか過ごしていなかった。

 しかし今回は違う、今年は麗奈と一緒に過ごす予定だ。


「クリスマス、本当に大丈夫か? 親父さんも本当は一緒に……」

「お父さんは仕事仲間と過ごすと言っていたわ、恐らく私に気を使っているのでしょうね」

「……そうか」


 麗奈の親父さんは、あれから少しずつ親としての自分を取り戻しているらしい。

 しかしまだ麗奈に対しては負い目を感じているようだ。


 それでも麗奈はたった一人の家族だからと自分から歩み寄っている。

 いつか昔みたいに、仲の良かった家族に戻りたくて。


「でも実のところ、私が貴方と一緒にいたいからよ」

「恥ずかしいからやめろ」

「貴方は変わらないわね、こうやって恋人になっても」

「……嫌か?」


 そう尋ねると、麗奈は目を瞑り口元を緩め……。


「そういうところが好きよ」


 優しく微笑むのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ※今回は少し短いので、簡単なSSを入れております、申し訳ございません。




 麗奈がうちに泊まって数日たった夜、それは起きた。


「衛介、貴方……」

「違う、マジで誤解なんだ!」


 冷や汗をだらだらに流し、必死に弁解する宿主の姿を冷たい目で見つめる麗奈。

 何故麗奈がそんな冷ややかな視線を送るのかというと、それは俺の手に握られていた一枚の布切れからだった。


「私のをポケットにって……宿主だからって職権乱用じゃないかしら?」

「だから違う! これは偶々ポケットに入っていて……ハンカチと思って出しただけだ!」


 寝巻きのスウェットのポケットに違和感を感じた俺は、それを取り除いた。

 洗濯の際に混ざったハンカチかと思っていたが、目の前に持ってきて確認すると、まさかの麗奈の下着が登場。

 しかも結構派手なヤツ。


 当然それは見た麗奈は俺を完全に下着ドロ認定だ。

 勿論俺はそんなことをしていない。

 原因は二人の洗い物を一つのカゴに纏めたのが原因だろう。


「そんなに私の下着が欲しかったのかしら?」

「だから違うわ!」

「仕方ないわね」

「話を聞け……ってどこ行くんだよ!」


 徐に立ち上がった麗奈は、バスルームへと姿を消した。

 数秒、特に見た目に変化が無い麗奈が再び円卓の前へと姿を表した。

 何だ、トイレか?


「はいこれ」

「何だ……って!?」


 右手に軽い拳を作っていた麗奈は、それを俺に突き出した。

 今度は手の甲を下にして、握った拳をゆっくりと開く。

 すると中から花が咲くように……漆黒の下着が現れた。


「オプションで『脱ぎたて』を追加しておいたわ」

「いらんわ! 今すぐ履き直してこい!」


「因みに私は今ノーパンよ」

「何その宣言、求めてないから!」


「もしかして貴方……コッチの人?」

「全然違えわ! 俺はノーマルだああぁ!」


 その日から我が新居には、もう一つ洗濯カゴが増えたのだった。


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