第87話
駅に着いた俺たちは、ICカードで改札を抜ける。
残高が少し気になったが、どうにか片道分はありそうだ。
ホームに着くと乗り場には何処も人で溢れている。
その光景に嫌気をさしていると、ホーム最奥の乗り場は人が少ない事に気付く。
いち早くそれに気付いた麗奈は先行し、俺もその後に追い付いた。
それにしても、この時間帯の乗客数はとんでもないな。
ここにいる分だけで全車両が埋まってしまう勢いだ。
学校までは何駅かある中で、車内で立っていられるか正直分からない。
俺たちが乗るまでに座席が空いていればいいなと僅かながらの祈りをしていると、ブレーキの甲高い音と共に時間通りに電車が停車する。
すぐに乗りたい気持ちを抑え、降車する人たちを待ってからいざ乗車。
周囲を見渡すと、丁度端に二人分の席がまだ空いていた。
どうやらこの車両に乗り込んだ人たちは、立ったままの方が良いらしい。
そんな中でベストポジションであろう端の席を頂いた俺たちは、そこで漸く一息ついた。
「はぁ、朝から本当に面倒だったわ」
「あれが毎日は流石に胃もたれするな」
「でもこれからは、貴方が守ってくれるのよね?」
「……まあな」
初日からいきなり彼氏面ってのも何だか恥ずかしいが、麗奈がそれを求めているのなら演じて見せよう。
それにしても麗奈は本当に目を引く奴だ。
乗車した時からそうだが、周囲の学生やスーツ姿のサラリーマン、それに一部の女性までもが、皆麗奈の容姿に目を奪われている。
学校一と謳われているその美貌は、どうやら外でも注目の的のようだ。
そんな麗奈の横に座る俺にも、勿論視線が飛んできているのだが、俺と麗奈とではその視線の系統が違う。
俺に対するものは全て鋭いものだった。
これからこの視線を度々向けられると思うと、ため息が止まらない。
そんな贅沢な悩みを感じていると、一つ目の駅に到着した車両はゆっくりとホームに停車する。
少し間を置いてから、乗車口のドアが開かれる。
するとそこから続々と人が乗り込んできた。
あっという間に車内は密集空間へとなった。
ドア付近の学生の鞄なんか押し付けられて宙に浮いている始末だ。
それを見て、初めの段階で座っておいて心底安心してしまう。
しかしそれと同時に座っていると睡魔が襲ってくる。
今朝早く起きている分、まだ眠気がどうにも取れない。
思わず小さく欠伸をしてしまったが、どうやら眠いのは俺だけではないらしく、横に座る麗奈もうとうとしている。
「麗奈、駅まで後何分位だ?」
「ざっと二十分くらいかしら」
それなら少し仮眠をとりたい所だが、乗り過ごす訳には行かない。
しかし少しだけなら目を瞑っていても……。
「……ごめんなさい、着いたら起こして」
限界を迎えたのか、そのまま麗奈は目を伏せる。
よく見ると麗奈の目元には隈が出来ており、どうやら昨日はきちんと寝れていないようだ。
まだ時間はあるし少し寝かせておこう、そう思った時だった。
『ぽすっ』
右肩に突如重みが生じる。
決して重くは無く、しかし確かに存在するその重量に視線を向けると、そこには信じれないものが乗っかっていた。
背後の窓から入る陽の光に照らされ、幻想的に輝く銀の長髪からは、シャンプーのものであろう花のような香りと、その者がもつ特有の魅力的な香りが鼻腔を擽る。
閉ざされたその目元の長い睫毛、寝ていようとも決して崩れることのない凛とした表情、そこからは彼女の優美さが伺える。
そんな清楚で完璧なビジュアルの持ち主が、可愛らしくすやすやと寝息を立てている。
正しく鬼に金棒弁慶に薙刀、いやそれどころの騒ぎではない。
正直嬉しいという気持ちが大きい。
こんなにも近い距離で麗奈を顔を見ることが出来るし、尚且つ体温が伝わる程の接触。
はっきりいって色々抑えるのが辛いところだ。
しかし同時に周囲からの視線も並大抵のものではない。
憤怒、嫉妬、それから圧倒的殺意。
様々な悪しき感情が入り乱り、一つの巨大な悪意が視線となって俺に降り注ぐ。
『くそ、朝からイライラさせやがって……』
『末長く爆発してろ!』
憎しみのヘイトが俺へと集まる。
しかしそんな周りの男どもにはあえて触れず横の麗奈の寝顔を堪能した。
すると夢でもみているのだろうか、麗奈は可愛らしく寝言を口にする。
「……衛介、ふふっ」
口元を緩め、幸せそうに麗奈はその名を呟いていた。
……それは反則だろ。
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