第86話
「ふわぁ……」
先程から止むことを知らぬ欠伸を何とか抑えつつ、俺はとあるマンションの足元にてスマホを眺めていた。
外装から伺えるお洒落な造りのそのマンションは、うちとは違い細かなところまで手入れが行き届いている。
そんなマンションに住む住人たちには、さぞや金持ちが多いであろうなどと予想を立てながら、俺は待ち人が現れるまで佇んでいた。
時刻は午前七時、普段よりも早く家を出た分眠気が俺を襲う。
予定の時間にはなったのだが、しかし待ち人は一向にその姿を現さないでいた。
奥歯を噛みしめ何とか睡魔と葛藤していると、マンションの自動扉がゆっくりと開き、中から複数の住人が出てきた。
一度に何人か現れたマンションの住人の中に、待ち人がいないか確認すると、その中から同じ高校の制服をきた女子生徒がこちらへ近付いてきた。
美しい銀の長髪をたなびかせ、堂々たる振る舞いでこちらに近付いてきたのは、待ち人であった麗奈だ。
何を隠そう、このマンションは麗奈の住むマンションだったという訳だ。
「お待たせ、行きましょう」
「おう」
その声と共に、俺たちは並んで歩き出す。
こうして朝から二人で登校しているのは、文化祭二日目の夜、つまり昨日の夜に俺たちが恋仲になったからだ。
きっちり言葉にしていなかったので、改めて伝えた時の麗奈の顔を思い出すと……嬉しさと恥ずかしさから思わず悶絶してしまう。
男の悶絶している姿など全く需要がないと思うので、この話はここらへんでやめておこう。
それにしても通ったことのない道というのは少しそわそわしてしまう。
今は麗奈の横を歩いているからいいが、今朝ここに着くまでに実は結構かかったというのは内緒の話だ。
「ここからだと電車が一番近いよな?」
「ええ、初めの通学は電車を使っていたわ」
という訳で今日は電車での通学。
この時間は所謂通勤ラッシュという人混みのピークだ。
はっきりいって乗りたくない。
「大丈夫よ、ここは終点だから座れるわ」
「……まあそれなら」
心を読んだかのように麗奈は俺の心配を取り除く。
意思疎通が楽な分面倒が減るが、こうも一方的に知られているのは何とも言えない心境だ。
そんなこんなで目の前に駅が見えてきた辺りの信号で足を止めていると、背後から麗奈の声を呼ぶものたちが現れる。
振り向くと同じ高校の男子生徒たちだった。
「おはよう銀さん、今日もいい天気だね! あ、でも銀さんのほうが輝いてるよ!」
「ご機嫌よう銀さん、今日もその美しい銀髪は……雪のように綺麗だよ」
「おはようございます銀さん! もしストーカーとかいたらいつでも言ってくださいね、力になりますから!」
個性豊かな奴らは麗奈と等速で歩いて笑顔を振りまく。
朝っぱらからご苦労なこった、これには麗奈に少し同情してしまう。
そんな哀れみを感じていると、麗奈を挟んだ向こう側にいる男子生徒たちと目が合ってしまう。
どうして麗奈の横を歩いているのか、あからさまな敵視を向けてはくるが、それも一瞬。
再び麗奈に笑顔を向けていた。
するとそんな男子生徒に嫌気が差した麗奈は、敢えて見えるように、寧ろ見せつけるように俺の右腕に抱きついてきた。
「申し訳ないのだけれど、今私彼氏と登校を楽しんでいるの、離れてもらえるかしら?」
「ちょ!」
いや別に彼氏という単語を否定するつもりはない。
寧ろ麗奈の口から言ってもらえると普通に嬉しい。
しかし今の麗奈の反応は良くなかった。
それを聞いた男子生徒たちは、予想通り驚愕の顔を見せる。
その裏に怒りを添えて――。
「行きましょう衛介」
「あ、ああ……」
右腕に抱きつく麗奈は、青になった信号を俺を引っ張りながら横断する。
イライラする気持ちもわかるが、後で来る俺へのしわ寄せを思うと、右腕に感じる確かな幸せの感触が少しばかり薄まってしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます