第85話
「はぁ……はぁ」
学校中を駆け回る俺は、既に限界を迎えている足を無理やりに走らせる。
しかしそれでも目的の人物は見つからないでいた。
「くそ、どこ行ったんだよ……」
直接見たわけではないが、昼間には隣のクラスで演劇をやっていたと耳にしている。
ならば今日は学校に来ているはず、しかしその姿は見当たらない。
あれほど目立つ奴が見つからないとは、もしや帰ったのか?
『銀さん見つかったか?』
『いや、何処にもいない!』
途中で聞こえたその会話、どうやら他の生徒たちもあいつを探しているようだ。
この調子だと何処かに隠れているというのが正解か。
それなら――。
「誰もこない……近寄らない場所か!」
思い当たるのは一つ、俺は最後の希望をその場所に託して向かうのだった。
◇ ◇ ◇
立て付けの悪い扉を開き、夜風吹く外へと出る。
向かった場所は高校一の高所、屋上だ。
後夜祭では一部校内の立ち入りが禁止されている。
その一つがここ、屋上だ。
フェンスが囲む開放的なその場所は、初秋の夜風が吹いており少し肌寒かった。
長時間いるには少々厳しい環境だが、隠れるにはうってつけの場所でもある。
しかし……。
「……いないな」
月明かりに照らされた屋上は、人の気配が全くしない。
肉眼で確認してはいるが、屋上全体に人の影は存在しなかった。
「くそ、すぐに他の場所に――」
「……くしゅん!」
急いで他の場所に向かおうと扉のドアノブに手をかけた時だった。
頭上の方から嚔が聞こえてくる。
声質からするに女子生徒、それにその聞き慣れた感じの嚔。
俺は扉上にある高架水槽に視線を向けた。
「まさか……?」
反対側に周り、上へ続く梯子をゆっくりと上がる。
雨水などの経年劣化により、一段上がるごとに嫌な音を立てていた。
普通こんな音を聞いて上まで上がる奴はいない。
しかし頂上に着くと、立ち入り禁止区域にて一人の少女を発見した。
「……やっと見つけたぞ、麗奈」
「……」
高架水槽に背を預け、膝を抱いて座っていたのは、探し人の麗奈だった。
そんな麗奈は、梯子から現れた俺の姿を見て驚きの表情を見せる。
「みんなお前のこと必死に探していたぞ」
「この二日間ずっと追ってきてるわよ……面倒ったらないわ」
膝に顎を置き、可愛くむくれている麗奈の横に腰を下ろす。
するとそんな俺に、麗奈は少し嫌味たらしく聞いてきた。
「それで、何しに来たのかしら? 言っておくけれど、本命の誘いを断っておいて他の女の子と楽しくイチャラブしている甲斐性無し野郎と、話すことなんて私にはないのだけれど?」
横にいる俺を見もせず、暗闇の住宅街を見つめる麗奈はばっさりとそう切り捨てる。
分かってはいたが、その表情からもかなりお怒りだ。
ここで言い訳を並べても麗奈は絶対に納得しない。
ならばいま俺が出来ることは素直な気持ちを伝えることだけだ。
「昨日佐浦から告白を受けた」
「……そう」
相変わらず視線は目の前に向けているが、耳だけはこちらに向けているようだ。
それを確認してから、俺は話を続ける。
「けど断った」
「あらそうなの、それは一世一代のチャンスを踏みにじったかもしれないわね」
「かもな、でもやっぱり俺は……お前が好きだ」
例え目線を向けてくれなくても、俺は麗奈を一心にそう伝える。
それを聞いた麗奈の頬が、月明かりでよく見えないが、ほんのりと桜色に染まったような気がした。
「……どのくらい?」
今度は俺に背を向ける麗奈は、背中越しに聞いてくる。
どのくらいって……それは勿論。
「一番だ」
「頭に『世界』とか『宇宙』がないのね」
「だって世界も宇宙もまだ知らねぇし」
「……それもそうね」
自分で言っておいて小さく笑う麗奈は、それを聞き終えると小さくため息をついた。
そして徐に立ち上がったと思えば、俺の横に座り込み、その小さな頭を俺の肩に預けてきた。
「汗臭い」
「しょうがないだろ、ずっと全力疾走だったんだ」
「まあいいわ、今の私は気分がいいから」
「それは良かった」
不満をたれる麗奈だが、その顔に漸く笑顔を浮かべる。
しかしそれも一瞬、少女は不満気な声音で話し出した。
「確かに貴方の深層心理を理解はしている、けれどだからといって私だって……見たくないものだってあるわ」
俺という人間を、麗奈はきちんと理解してくれている。
けれど麗奈だって女の子だ。
不安に思うことだってあるだろうし、心配もしてしまう。
俺は麗奈を心配させてしまったんだ。
「……すまん」
「いいわ、許してあげる。明日からイチャラブ登校してくれるなら」
「それは……」
「じゃあ許さない」
YESしか聞き入れるつもりが麗奈は断固として認めない。
その姿に降参した俺は、近い手で麗奈の手を優しく握ることで返事をした。
初めは麗奈との関係は隠していたいと思っていたが、今は俺たちの関係が知られるのも悪くないと思っている。
そんなことを脳裏に置きつつ、今はただ、肩と絡む手から伝わるその温もりが、只々幸福に思えた。
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