第82話
時は少し前に遡る。
拓也たちと離れた俺は佐浦と並んで駅前を歩いていた。
夕焼けに彩られた駅前には、文化祭終わりの学生たちが多く、そのまま下校する者もいれば、何処かで打ち上げをしようと大人数で行動している者たちもいた。
明日もあるというのに元気な奴らだ。
そんな生徒を見つける度、体を小さく震わし怯えている佐浦は現在人見知りを発動中。
まるで産まれたばかりの小鹿のようなその動きに、自然と笑いが吹き出てしまった。
「ひ、酷いよ斉藤君……」
「ごめん、ついな」
「……けど、元気になったね」
俺の顔を見るや否や、佐浦は嬉しそうに微笑んだ。
それを見て漸く気付く。
ずっと自分が険しい顔つきだった事に。
「ありがとな、佐浦」
「そ、そんな……お礼なんて」
「いや、何か奢らせてくれ、そうだな……あそこなんてどうだ?」
街灯に照らされた周囲を見渡す。
前に行ったカフェにまた行くのも芸が無いので、ここは学生の財布事情にも優しいファーストフードを指さした。
横を歩く佐浦を確認すると、小さく首を縦に振った。
「じゃああそこで明日の方針を決めよう」
「う、うん」
こうして俺たちは、暗くなってきた外から明るいハンバーガーショップへと入店した。
◇ ◇ ◇
「お待たせ」
「あ、ありがとう斉藤君……わ、私の分まで」
「いいって、これは俺がやりたかった事だから気にすんな」
いかにも外国チックな紙に包まれたハンバーガー、それから飲み物の乗ったトレイを、佐浦の座るテーブルに置いた。
先程から何度も礼を言われるが、礼をしたいのは寧ろこちらの方だ。
先程のあの誘い、恐らく佐浦なりに落ち込んだ俺を元気付けようとしてくれたのだろう。
普段は他人を見ると竦んでしまうというのに、こういう時は結構行動的な佐浦に感心してしまう。
「もしかしたら、このまま俺が誰かとすり替わっても普通に話せるんじゃないか?」
「む、無理だよ……や、やらないでね?」
「はは、やらないって」
そんな冗談を挟みつつ、明日の文化祭のクラス方針をハンバーガー片手に行う。
そして方針もある程度固まった辺りで、少しずつ啄んでいたハンバーガーを完食した佐浦は、包装紙をトレイに乗せた。
「さ、斉藤君……」
「ん、どうした?」
突然呼ばれる自分の名前に、俺は眉を寄せて呼び主の方に視線を向ける。
少し俯く佐浦の表情は、長い前髪のせいで見えない。
普段話をする際に、俺の名前を呼ばぬ佐浦だからこそ、今回のこの導入に疑問の目を向けた。
「佐浦?」
「……」
読んだにもかかわらず、一向に動きを見せない佐浦は先ほどからずっと俯いたままだ。
この人混みに体調でも崩したのだろうか。
そう思い立ち上がろうとしたその時、前髪の隙間から、小さなその唇がゆっくりと開くのが見えた。
「わ、私……斉藤君って、あんまり行動的じゃないと……お、思ってたんだ」
「お、おう」
確かに行動的かと問われるとNOだ。
しかし言葉にしていわれると結構悲しいものだな。
「け、けどね……今回の文化祭、斉藤君は……ほ、本気で一番を取ろうとしてるんだって……わかったんだ」
「佐浦……」
「だ、だから……き、協力できることがあれば……何でもするよ!」
下を向いていた顔を真っ直ぐに向け、俺の瞳を前髪の隙間から見つめる。
力のこもったその瞳、最近佐浦が俺を見る時の目だ。
そんな全身全霊の佐浦を見て、俺は胸が微かにざわめく。
直ぐにここを出た方がいい。
そんな焦りが俺の思考とは裏腹に体が訴えかけてきている。
……何だ、このざわつきは?
「あ、ありがとう佐浦……遅くなっちゃったし、今日はもう帰ろう」
「斉藤君、最後にひとつだけ……いいかな?
一刻も早く出なければ、そんな胸のざわめきに動かされた俺だが、佐浦の言葉にトレイを持つ手が止まった。
何かが起きる、そんなことは佐浦のあの眼差しを見れば理解できる。
しかしそれは、よくないことだとこのざわめきが叫んでいた。
しかし一度動いてしまったものを止めることは出来ず、俺はただ佐浦の言葉を待つことしかできなかった。
「斉藤君、私は……貴方のことがずっと前から気になっていました」
「……」
やめろ、漸く気持ちが整理されて落ち着いたんだ。
これ以上はやめてくれ。
「だから……今日、私は斉藤君に話します」
や、やめ――
「斉藤君……貴方のことが好きです――」
◇ ◇ ◇
文化祭二日目、皆が全力で楽しむ文化祭の熱は校内までに留まらず、校舎裏のベンチにいる俺の元まで届いていた。
そんな年に一度しかない特別なイベントの後半、俺は人気のないところでただ独り、曇りなき青空を見ながら物思いにふけっていた。
「……どうしてこうなったんだろうな」
昨日の佐浦の言葉を思い出す。
それは告白、『好きという告白だった。
「佐浦、俺は……」
白石に貸した本や、最近買ったゲームの話を楽しくしたりする、そんな友人だと思っていた。
そんな目で俺は佐浦を見てはいなかった。
「『明日の後夜祭に返事を聞かせて』……か」
昨日、最後にそう言い残した佐浦は、俺より先に店を出て行ってしまった。
明日の後夜祭、つまりは今日の後夜祭に佐浦に答えてあげなければならないのだ。
本心は決まっている、俺は――。
「……麗奈が好きだ」
あの日いなくなった時に、この気持ちに気付いてしまった。
それは今でも変わらない。
だからはっきりとそれを伝えることは出来る。
けれど彼女を傷つけたくない、それも本心だ。
文化祭の出し物の案や昨日俺を元気付けてくれたこと、そしてこれまでのこと全て、感謝している。
だからそんな相手に悲しい顔をして欲しくはないのだ。
「俺は、何て答えたら……」
「――おっ、こんなところにいたのか」
俺を見つけた声の主は、背後から大量の荷物を持ってこちらへ近付いてきた。
文化祭を楽しんでいるであろうその者は、脇に挟んだ紙袋から串に刺さったイカ焼きを取り出し俺の方へと差し出した。
「食うか?」
「いらねえよ……拓也」
「はは、食欲無いって感じだもんな」
クラスTシャツを食べ物や景品で彩っているのは、拓也だった。
そんな拓也は手に持ったイカ焼きに噛みつきながら俺の横に腰を下ろす。
「何の用だよ」
「いや、この後どうするのかなと思ってさ」
「方針は今朝話したろ」
クレープのオプション追加と、友人との来店で割引。
これで現状昨日より客が増えている。
昨日トップだったクラスを見てきたが、今回は間違いなくトップを取れる。
しかし拓也はその話ではないと否定した。
「じゃあ何だよ?」
「今日、どうするんだよ」
「だから何が?」
「だから今日佐浦さんに何て答えてあげるつもりなんだよ?」
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