第76話

「ほ、本当に私の案で……だ、大丈夫かな?」


 下駄箱でローファーに履き替えていると、横から佐浦が不安げな顔を覗かせる。

 そんな佐浦に、履き替えた学内履きを仕舞った俺は、優しく微笑み応えた。


「あそこまで完璧に企画されてれば問題ないだろ」

「そ、そうかな? それなら良いんだけど……」

「……それに食品系はトップを狙える唯一のジャンルだしな」

「さ、斉藤君?」


 ぼそりと呟いた独り言を拾われ、俺は『何でもない』と返した。

 佐浦は本気でクラスの事を考えているというのに、俺のを知られるわけにはいかない。


 放課後、文化祭実行委員の集会が行われた。

 内容は言わずもがな、各クラスの企画登録である。


 色々と制約の多い企画登録で、俺たちが選んだのは『クレープの模擬店』だった。

 因みにこの立案者は佐浦である。


 実行委員初日で良い案が浮かぶか悩んでいたら、目をキラキラ輝かしていた佐浦は企画書らしいものを俺に見せてきた。

 見切り発車なものかと思いきや、クレープに使う材料や予算を的確に纏めてあり、その企画書を見ただけで今回の文化祭に相当の熱量をお持ちのようだった。


 他に良い案が浮かばない俺は、その出来の良い企画書を見て首を縦にふる。

 そのまま委員長に提出して登録を済ませたのだった。


「そ、それより……さ、斉藤君ってく、クレープとか作ったこと……ある?」

「あー、言われてみれば無いな」


 過去を遡ってみたがクレープを作った事は一度たりとも無い。

 まあ特別好きなものでもないし。

 そんな呑気な俺の返事を聞いた佐浦は、突然紅潮しだして刹那黙り込む。


 数秒の沈黙後、リンゴのように真っ赤な顔の佐浦は、意を決した表情でその小さな口を開いた。


「そ、それなら今度のき、休日に……う、うちで練習しない!?」

「え、佐浦の家?」


 突然の申し出に俺は困惑する。

 幾ら友人とは言え、男女二人が家で会うのは些か気が引ける。

 別に佐浦が嫌いな訳ではない、これは世間体の話だ。


「も、勿論……杏子ちゃんたちもよ、呼ぶつもりだよ!」

「そうか、それなら安心だな」


 拓也たちが来れば男女四人仲良しこよしで遊んでいるという事になる。

 それなら俺も断る理由は無いし、是非参加させて貰おう。


「分かった、ならよろしく頼むな佐浦先生」

「ま、任されました! 斉藤君!」


 可愛く拳を握り、やる気溢れる佐浦にくすりと笑い校門を出る。

 難題だった文化祭の企画は決定した。

 後は何としてでも結果を出して優秀賞を取らなければ。


 嗚呼、青春って面倒くさい。

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