第74話


「久し振りね」

「そうだな」


 二週間振りの麗奈の姿に、俺は言葉を失った。

 綺麗な銀髪や美しい碧眼は健在で、寧ろ前よりランクアップしているように映る。

 これは会わなかった時間がなすもの……なのかもしれないが、兎にも角にも今日の麗奈は今まで一番可愛かった。


「どうしたのかしら?」

「な、何がだ」

「久し振りの私に緊張しちゃった?」

「……そういう所はホント変わんねぇな」


 二週間の変化はその容姿だけか、やはり麗奈はどこに行っても麗奈という訳だ。

 少しだけだが安心した。


「それで、何か用があるのでしょう?」

「……ああ」


 麗奈のその一言で空気が一変。

 足元にいた黒猫も、いつの間にかいなくなっていた。


 聞きたいことはただ一つ。

 どうして出て行く時に何も話さなかったのか。

 ただそれだけだ。


「なぁ、どうして……」

「――少し散歩でもどうかしら?」

「は?」

「美少女との放課後デート、まさか断ったりしないわよね?」


 そう告げた麗奈は、勝手にも河口の方へと歩き出す。

 マイペースすぎる麗奈の横に追いつくと、麗奈は周囲の風景を楽しんでいた。


「何なんだよ、いきなり散歩とか」

「ねぇ衛介、私ってまだ貴方のかしら?」


 手を後ろで組み、快晴の川辺を歩くその姿は、まるでドラマの一枚絵のようだ。

 そんな麗奈は、昔言った特別という言葉を口にする。

 勝手に紅潮する顔を何とか隠し、俺はぼそりと返答した。


「……一応」

「なら衛介、貴方私で青春しなさい」

「はい?」

「全身全霊で……私に恋しなさい」


 そう言う麗奈の顔は真剣そのものだった。

 深海の如く美しい碧眼が、どこまでも覗くように俺を見つめる。

 その不気味且つ惹かれる美しい碧眼に、俺は瞬く間に魅了された。


「私があの家を出たのは、貴方に私を追いかけさせる為よ」

「どうしてだよ」

「私だって乙女なの、惚れた男に追われたい時だってあるわ」

「……さいですか」


 先程から体温の上昇が止まらない。

 特に顔面、肉でも置いたら綺麗に焼けそうな勢いだ。


 麗奈が俺のことを良く想っているのは分かっている。

 しかしこうも言葉にされると流石に恥ずかしい。


 けれど麗奈が出て行った理由はこれで分かった。

 要するに、俺にも麗奈こいつのことを好きになれという訳だ。

 それも全身全霊で。


「因みにこの恋愛は絶対に失敗しないわ」

「ただの出来レースじゃねぇか」


 好きな相手の告白を態々断るはずが無い。

 恋愛初心者もビックリな手厚いサポートだ。


「けれど簡単ではないわ」

「というと?」

「次の文化祭で、何の部門でもいいから優秀賞を取りなさい」


 綺麗に立てた人差し指を見せつける麗奈は、表情を崩さずそのまま続ける。


「そこで優秀賞を取れば、貴方が何をしようと、あの煩い集団たちも何も言ってこないでしょう」

「……お前のファンたちか」


 学校で麗奈に近づくのは基本時に不可能になっている。

 それは影で動く『銀ファン』なるものが働いているからだ。


 白石から聞いた話だと、確か麗奈に告白するのも順番待ちだとか。

 有名美容院かとツッコミたくなってしまうな。


「個人ならともかく、全体で行うもので優秀賞を取るのは不可能だろ」

「だからクラスの舵取りは貴方がしなさい」

「……俺に文化祭実行委員になれと?」

「そうよ」


 しれっととんでもないことを口にする麗奈に、俺はため息をついた。


「……お前に恋するのって面倒なんだな」

「当然よ、この完璧美少女の横を歩けていることに感謝なさい」

「はいはい」


 上限の見えない自己愛を語る麗奈に、俺は草臥れた顔で応える。

 こいつの自分好きには、流石について行けそうにない。

 しかし……。


「あら、貴方今って顔してるわよ」

「……かもな」


 麗奈に全力で恋するのは……吝かではない。

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