第72話

 一ヶ月余りもあった夏休みも瞬く間に終了し、俺は久方振りの夏用制服に身を包んでいた。


 身体の方は未だ夏休み気分が抜けておらず、何をするにも気怠く感じてしまう。

 現に夏休み前はきちんとした朝食を作っていた俺だが、今日ばかりはトーストすらしないパンを加えて終わらせてしまった。

 長期休みというのは本当に人を駄目にするものだな。


「よし、準備完了」


 玄関で一度腰を下す俺は、忘れ物がないか今一度確認する。

 ハンカチとティッシュ、それから貴重品。

 それらを全てスクールバッグに詰め込んだら、俺はローファーに足を入れて立ち上がる。


「さて……面倒だが行くか」


 新学期から余り気乗りしないが、学生の本文は学業。

 そう自身の本音を偽りながらも、俺はこのワンルームの玄関の扉を開いたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 クラスに着くや否や、見知った顔ぶれが俺の席に集結していた。

 全くこんな朝早くからご苦労様である。


「朝から元気だな、お前たちは」

「やっほ〜斉藤っち! 買い物以来だね〜」

「衛介は相変わらずだな」

「さ、斉藤君……ひ、久し振り!」


 いつ会っても元気な三人に挨拶を終え、荷物を机の横に掛けたら、俺は窓の外をぼんやりと眺める。

 誰が見ても快晴のその空は、ニュースキャスターの言う通り今日一日は晴れだろう。


「ねえ斉藤っち〜、始業式終わったらどっか遊びに行かない〜?」

「……面倒」

「んも〜そう固いこと言わないで〜、実はまだ猫カフェのチケットが余っててさ〜、期限切れる前に使いたいんだよね〜」

「猫カフェ……ね」


 猫は特別嫌いなわけでは無いが、ああいった場所の猫たちは人間慣れしていてどうも好きに慣れない。

 何というか可愛げ無くて嫌だ。


「他を当たってくれ、今日は疲れたから直ぐに帰りたい」

「いやまだ来たばっかりじゃん〜」

「それに俺は猫はそこまで……」

「……なあ衛介、何かあったのか?」


 突然横から入ってきた拓也は、怪訝そうに俺を見つめる。

 その様子に俺は少しばかり驚いてしまった。


「……別に、何もねぇよ」

「……そっか、ならまた今度誘うからな」

「ああ」


 何もない、そんな俺の言葉を信じてくれた拓也は、その後追及せずに席へと向かう。

 白石と佐浦も、拓也と共に離れていった。


 何もない……か。

 確かにそうかも知れないな。

 もうあの家には――。

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