第68話 ss 其の肆

 父さんから貰った追加の仕送りで水着を購入した後、俺たちはビルを出てそのまま駅へと戻ってゆく。


 前を歩く白石、拓也、佐浦は普段通り楽しそうに笑談している。

 しかしその後ろを歩く俺と麗奈の間には、何とも言えない空気が漂っていた。


「……」

「……」


 皆の目がある所では、互いは他のクラスの同級生として振る舞うと約束してある。

 変に何か話してボロが出るくらいなら、最初から話さなければいい。

 そう俺たちの間で取り決めをしたのだ。

 しかし今俺たちの間に漂う沈黙はそれが理由ではない。


(やっぱ麗奈も気まずいか……)


 先程の試着室での一件、俺たちは互いに少々気まずさを覚えていた。

 お互いに自分らしくない姿を晒してしまい、どう接していいか分からない。

 そんな感じだ。


(まあひとまずそれは帰ってからで良いか)


 呑気な考えをしてしまうが、ここで話すよりその方が良いだろう。

 なので俺はそのまま沈黙を続ける。


「二人とも〜遅いよ?」

「はいはい」


 背後を振り向く白石に、俺は疲れた顔で返事をする。

 少し離れてしまった距離を早歩きで埋めようとするが、横を歩く麗奈が窪んだアスファルトに足を奪われ前のめりに倒れそうになる。


 バランスを崩した麗奈は驚いた表情で前方にその身が傾く。

 前から見ていた白石も、その様子に口元を大きく開いた。


 このままだと麗奈が盛大に転ぶ。

 そう思ったら、不思議と勝手に体が勝手に動いていた。


「危ねぇ――麗奈!」

「あっ」


 間一髪の所で、傾いた麗奈の身を抱き抱える事に成功した。

 倒れそうな麗奈の身体を戻し、俺は安否を確認する。


「大丈夫か?」

「……ええ、何とか」


 すると麗奈は少し素っ気無い返事をするが、しかしその白い頬が紅潮している事に気付くと、それが俺の方にまで移ってしまった。

 ……本当に今日の麗奈は調子が狂うな。


 そんな事を思っていたら、何やらニヤついた顔付きの白石がこちらに近付いてきた。


「ねぇねぇ〜、今のってどういうことかな〜?」


 それを尋ねる白石の顔は、それはもう満面の笑みで、何か面白い玩具を見つけた子供のように燥いでいた。

 その様子に、先程まで赤みを帯びていた俺の顔からは、自分でも分かるほど血の気が一気に引いて行く。


「あ、そうだ〜、そこのカフェ気になってたんだよね〜。そこで軽くお話し……良いよね?」

「……はい」

「拓也と茜〜、進路変更! 目標はあそこのカフェだ〜!」


 力無く答える俺に白石は悪い笑みを浮かべてカフェと走り出した。

 不思議な顔をする拓也と佐浦は白石追いかけ、麗奈もその後を追うように歩き出す。


 自分の失言とは言え、やっぱり麗奈といると面倒ごとが絶えないなと思いながら、俺も重い足取りでカフェへと向かうのだった。

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