第67話 ss其の参
「……バレたら洒落にならんぞ」
麗奈を待つこと数分。
狭い試着室の姿鏡に映る自分を見て、俺は今日一番の大きな嘆息を吐いた。
「待たせたわね」
勢いよく開かれたカーテンの先に、先程俺が選んだ水着を持つ麗奈が現れた。
突然の出来事に、驚き跳ねる姿を見られてしまい恥入るが、そんなことお構いなしに麗奈は中へと足を踏み入れる。
「じゃあ向こう向いていて頂戴」
「……俺外にいちゃ駄目か?」
「だめよ、私の水着姿は一番に見て欲しいもの」
本来こんな発言、紅潮して恥ずかしがるものだと言うのに、麗奈の奴は無表情なまま告げてきた。
本当に麗奈には調子を狂わされる。
それにしても『見て欲しい』のに『向こうを向け』とはまた無茶を言う。
男の俺からすれば、これでは生殺しみたいなものだ。
そんな事を考えていると、ゴソゴソと背後で服を脱ぐ音が聞こえてくる。
純白のワンピースがするりと地面に落ちる音が聞こえた途端、俺は思わず生唾を飲んでしまう。
その音から察するに、今背後には下着姿の麗奈が立っている。
そう思うと何だか緊張してきた。
麗奈の下着は洗濯カゴに入ってるのを見ているので多少は耐性はある。
しかし下着姿は別だ。
いかん、意識しないようにと思うと、余計意識が背後の方に向いてしまう。
もう何も考えずにただ前だけ見ていよう。
そう思い無心で前を向くが、重大な事に気付いてしまった。
この狭い試着室で、俺たちは互いに反対を向いている。
麗奈はカーテンの方を、俺は壁側の方を。
しかしここは試着室。
基本時に一人で使用するこの個室は、壁側に大きな姿鏡が設備されている。
そこに映るのは手前にいる私服姿の俺と、下着すら見当たらない――生まれたままの姿の麗奈だった。
勿論全てが見えている訳ではない。
一部だけ、足元や肩だけだ。
しかしそれを見た途端、俺の心臓は激しく動作した。
少しでも動けば麗奈の全身が鏡に映る。
人として見てはいけないと理解しているが、俺の男としての本能がそれを否定していた。
見たい。
しかし見てはいけない。
けれど見たい。
そんな葛藤が脳内を飛び交っていると、背後からいつの間にか着替えを終えた麗奈が声を掛けてきた。
「どうかしら?」
「え……と」
その姿を見た途端、俺は言葉を失ってしまった。
簡潔に言おう。
――只々可愛かった。
漆黒のビキニは雪のような柔肌と互いに存在感を強調し合っており、麗奈本人の品格を更に向上させている。
しかしこれがJKのブランド力なのか、美しいという言葉よりも可愛いという方がしっくりくる。
その言葉以外に飾るものが見当たらない。
それほどまでに麗奈の水着姿は俺を魅了していた。
「どう?」
「どうって……」
「どうなの?」
「いや、その……か、可愛い」
口にした瞬間、俺は自身の言葉に驚愕してしまう。
普段の俺ならここでは『似合っている』と言うだろう。
しかし口から出たのは予想外の言葉だった。
最近の俺は、本当にらしく無い事ばかり口にしている気がする。
それもこれも全部麗奈のせいだ。
しかしそれはどうやら麗奈も同じらしく、俺の言葉を聞いた麗奈は、見たことも無い顔で紅潮しだした。
頬の辺りは赤みを帯び、表情は何処となく緊張している。
まさか……照れているのか? あの麗奈が?
「……麗奈さん?」
「な、何かしら」
「……そっちが照れるのは反則では?」
「て、照れてないわ」
そうは言う麗奈だが、さっきから俺と全く目を合わせようとしない。
顔を横に向け、表情を読み取らせないようにはしているが、その普段雪のような白い頬が赤らめている事から照れているのが良くわかる。
下策な照れ隠しをとった麗奈だが、その新鮮な反応にまたしても俺の動機が早まる。
この銀麗奈という女は、何をしても可愛くなってしまうので本当に罪な奴だ。
「……もういいわ、着替えるから向こうを向いてくれる?」
「あ、ああ。それよりも俺はこの後どう出たらいいんだ?」
「あ」
「お……おい?」
「――考えてなかったわ」
結局俺が試着室を出られたのは、麗奈が出て行き、白石達が買い物終えて拓也と合流した三十分後だったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます