第63話

『お父さん』そう麗奈は目の前の男を見て小さく呟く。

 ぱっと見三十前半だが、俺の親と比較すれば後半くらいだろう。


 百八十は優に超えている背丈に、整った顔立ち。

 来ている服はブランドモノだろうか。

 あまりそういうのは分からないが、高値な物なのだけはわかる。


 外見から察するに、モデルでもやっているのだろうか。

 そんな印象を受ける。


「お父さん心配しんだよ麗奈。突然居なくなるんだから」

「……」


 長身の男は麗奈の肩に手を置く。

 ほっとした顔を見せる男に、その言葉が嘘でない事が分かる。

 どうやら父親なのは確定らしい。


 だと言うのに、あれ程まで麗奈に、俺は違和感を感じずにはいられなかった。


「捜索願を出そうか迷ったけど見つかって良かった。さあ帰ろう、近くに車を停めてあるんだ」


 そう言って男は麗奈の肩を抱いて歩き出そうとする。

 しかし麗奈の足元はピクリとも動かなかった。


 父親にあってからの麗奈は、今まで見たことのない表情をしていた。

 父親相手に恐れを抱いている。

 そんな身勝手な印象をその顔から受けてしまう。

 そして一番気になるのはあの震えだ。


 あれが感動の再会で感極まって震えているようには思えない。

 だとすれば答えは一つ――。


『私、今家出中なの』


 この父親から、麗奈はを受けていたと言う事だ。


「どうしたんだい麗奈、早く帰ろう?」

「い……嫌!」


 ドンと麗奈は隣の父親を強めに押し除け、俺の背後に隠れるように逃げる。

 それが意外だったのか、父親の方は目を丸くする。


 あの反応、もしや俺の推測は正解なのかも知れない。


「……君が麗奈の協力者かい?」

「はい」

「そうか……」


 男は俺を見ると突然目を瞑り出した。

 そして黙考の末、その男はとんでもない事を口にする。


「そうか……君が僕から麗奈をんだね?」

「……は?」


 いきなりそんな事をいう男は、血走った眼で俺を見つめる。

 その怒り混じりの表情から、何か狂気的なものに取り憑かれているように思えた。


「麗奈は僕のものだ……僕の!」


 長い足を大きく広げ、一気に距離を詰める男が向かうは麗奈の方。

 それを見た麗奈の顔は、恐怖一色になった。


「麗奈、こっちだ!」

「衛介!」


 俺は急いで麗奈の手を取り、近場の路地裏の方へと走る。

 麗奈を引いている分、こちらの方が不利なのは明確。

 ならば少しでもその差を埋める為、俺は狭い路地裏へと場所を変えた。


 選んだ路地裏はどうやら正解らしく、道がかなり入り組んでいた。

 しかし基本は一本道、これではあの男を撒くことは出来ない。


「逃げるな……この泥棒!」


 少し離れた位置から俺たちに追従する男は、狂気的な表情で大声を上げる。

 じりじりと縮まる俺たちの距離。

 速度を上げなければ追い付かれてしまうが、これ以上上げると麗奈が転倒してしまう。


 荒い息遣いで路地裏を駆ける中、何とかして男を撒こうと考えるが、一向にそのチャンスが訪れない。

 しかし曲がり道を進んだ目先、少々狭いが横に二人分が隠れられるスペースが見えた。

 そこに直ぐに隠れれば、男を撒けるかもしれない。


「わり、そこに隠れるぞ!」

「きゃっ!」


 俺は曲がって直ぐにある狭い空間に麗奈を引っ張り込んだ。

 薄暗く狭い場所で強引に入ったその空間には、二人が横に並ぶスペースなどなく、お互い重なるようにその空間に収まった。


 互いの身体の間は完全に密着しており、柔い麗奈の身体の感触は服越しでも伝わってくる。

 特にその……胸とか。

 しかしそれよりも今は男の動向が気になる。


「くそ泥棒め、麗奈を返せ!」


 曲がり角から現れた男は、どうやら俺たちを見失ったようだ。

 そしてそのまま男は路地裏の奥へと走り去って行った。

 どうやら作戦は上手く行ったようだった。


「はぁ……何とかなった」


 安堵したらどっと疲れが出てきた。

 麗奈も同じようで、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 こうして俺たちは何とか逃げ延びたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る