第62話
濃密な一日を終えて翌日。
父さんの車で新居へ戻る俺は、強烈な睡魔に負けぬよう堪えていた。
そんな目元を擦る俺の姿を、バックミラー越しで見た父さんは苦笑する。
「何だ衛介、寝れなかったのか?」
「まあ……そんなところ」
「はは、やっぱり麗奈ちゃんクラスの女の子と同じ部屋は緊張しちゃったか?」
確かに麗奈レベルの美少女と一夜を共にするのに、緊張の一つや二つして当然だろう。
しかしそれは初めてならの話だ。
今更俺が麗奈と同じ部屋で寝られないとこなど無い。
そんな事は初日に俺は達しているし、何なら今は同居している。
この寝不足は麗奈ではなく、蜜柑のせいなのだ。
柚子を覚醒させるべく部屋へと向かう蜜柑を俺は何とか阻止できた。
しかし流石に俺たちの事に納得行かなかった蜜柑は、日が昇るまで自分と遊べと言ってきた。
その要求を拒めば、柚子を起こすと脅された俺は仕方なく蜜柑と朝まで色々なジャンルのゲームで遊ぶ事になってしまった。
今はお陰で身体中が疲労で重い。
「どうだった麗奈ちゃん、斉藤家は?」
「賑やかで羨ましいです」
そういう麗奈は、ミラー越しに父さんに微笑みかける。
しかし俺はその横顔を見て気付く。
それが社交辞令などという物では無く、恐らく本心だという事を――。
しかし俺はその笑顔の裏側の真実までは、見透かす事が出来なかった。
「……そうだまだ時間が掛かるから、二人は仮眠でもして待ってなさい」
「そうさせてもらうよ」
「少し揺れるかもしれないけど勘弁な?」
少し長旅になると思った見た父さんは、そんな事を言ってくれる。
横に座る麗奈も小さく欠伸を見せているし、ここは父さんの気遣いに乗らせてもらう事にした。
「麗奈ちゃんも気にしなくていいからね、多分一時間は掛かるから」
「……それでは少し寝させて貰います」
「どうぞごゆっくり」
そう言って麗奈は、窓際に体重を預けて目を閉じた。
俺も反対の窓に身を預け、限界だった眠気に抗うのを辞めたのだった。
◇ ◇ ◇
目を覚ますと、外はよく見た景色になっていた。
通り過ぎる街並みを見て俺は漸く胸を撫で下ろす。
帰ってきたんだな、俺たち。
「ここでいいよ父さん」
「何か買い物でもするのか?」
「うん、食材とか」
「そうか、なら麗奈ちゃんを起こして上げてくれ」
優しく微笑む父さんは、道路の脇に停車させる。
俺は反対側に座る麗奈を起こそうと向かい側に目を向ける。
「んん……」
しかしそこには麗奈の姿が無かった。
ならこの声は何処から……?
「……着いたの?」
「ってうお!」
声のする方向、それは俺の隣の席――ではなく下からだった。
それも俺の太腿辺りから。
そちらに目を向けると、俺の太腿で寝ていたであろう麗奈が真下から俺を見上げていた。
「たく、着いたぞ」
「むにゃむにゃ」
「お前……最近甘えん坊になってるぞ」
「貴方が甘やかし上手なのよ」
またも俺の太腿で寝入ろうとする麗奈の頬を軽く抓る。
寝ぼけているとはいえ、父さんの前で何たる態度だ。
「ほら、行くぞ」
「分かったわ」
「衛介、これ持ってけ」
車を出た俺たちに、父さんは一つの封筒を渡してきた。
中を確認すると、そこには仕送りには多過ぎる程の金額が入っていた。
「これ、どうしたの?」
「俺のヘソクリ。高校生にやるにはちょっと多いけどな」
「こんなに貰えないよ」
「偶には父親らしい事させろよな、それにそれは、未来のお嫁さんの分も入れてある」
「な!?」
男らしく笑う父さんは、パワーウィンドウを閉めてそのまま走り去って行った。
その後ろ姿が見えなくなった頃に、隣から麗奈が声を掛けてきた。
「それじゃあ行きましょうか――貴方?」
いつも貴方呼びされているが、今回のは麗奈は態とらしくそう呼んだ。
意地悪く笑い、愉しそうな顔を見せた麗奈は、そのまま一足先に家へと向かう。
まさか父さんがあんな事を言うなんて。
遂に親公認になってしまったと言うわけか。
俺は目を瞑り、暗闇の中で想像をする。
街中を歩く自分その横には――あいつの姿。
手を繋ぎ、楽しげに歩く俺たちは、どう見ても恋人。
そんな、有り得ない……あってはならない想像をしてしまった。
「何考えてるんだか……」
自嘲的なツッコミを入れて俺は先を歩く麗奈を追った。
しかし数秒とはいえ、ある程度距離は離れていたであろう麗奈の姿は、数歩前で止まっていた。
そしてその前には、高身長の男が立ち塞がっていた。
「探したよ――麗奈?」
「お……お父さん」
俺はそこで、初めて麗奈の父親を目にしたのだった。
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