第61話

「……もし私がここで――好きって言ったらどうする?」

「なん……」


 その一言に、俺は言葉が詰まってしまう。

 なんだその質問は。

 それに俺はなんと返せばいいんだ。


 こんな仮定の話に、真面目に付き合ってやる必要があるのか。

 そもそも、この質問の本質が全く分からない。


「……どうするって何だよ」

「反応が欲しいのよ。俺も好きだって囁いたり……何なら襲ってきても良いわ」

「俺は! そんな事――」

「なら、何をしてくれるの?」


 真っ暗闇の中、とんでもない事を口にした麗奈に、俺は背後を向いて否定しようとする。

 しかし夜目が効いてきて、ぼんやり見えた麗奈のその表情に、俺は再び言葉に詰まった。


 いつも見せる無表情とは違い、その眼からは真剣さが伺えた。

 しかしそれと同時に、何か焦っていると言うか、そんな焦燥感にも似た感情が混ざっているようにも映る。


「……どうしたんだよ、何かお前らしくないぞ?」

「私らしくない……そうかも知れないわね」


 俺を見つめていた碧眼は、ゆっくりとその姿を目蓋の裏へと隠す。

 刹那、音の無い暗闇が俺たちを支配するが、そんな状況は麗奈の言葉によりすぐに終わりを告げた。


「分からないわこんな気持ち……初めてだもの」

「……」

「でも一つだけ分かる事がある、きっと私はあのが、羨ましかったのよ」

「蜜柑たちが?」


 意外にも、突然話の話題に出てきたのは、下の妹たちだった。

 あの二人に羨む所などあっただろうか。


「貴方と彼女たちは、お互い。それが何だか……羨ましく思えたのかも知れないわ」

「……何だそれ」

「ふふ、面倒くさいでしょ私?」


 呆れながらも、麗奈は小さく笑う。

 それが何処か弱々しく、そんな麗奈を見ていられなかった。

 俺は何も言わず再び麗奈に背を向ける。

 そうしなければ、こんな事……気恥ずかしくて言える訳がない。


「別にあいつらだけじゃねぇよ、お前だって俺からすればだ」

「……え?」


 そうだ。

 親戚ですらない赤の他人な俺たちが、一つ屋根の下で生活している。

 しかも恋仲でもなく、ただの普通の同級生として。

 そんな関係を『普通』と呼べる訳がない。


「最初はそんな事全くなかったけど、最近はその……『お帰りなさい』って悪くないんだなって思ってる」

「……」

「そういう意味では……お前は特別だ」


 俺の言葉に背中の麗奈は何も返してこなかった。

 その沈黙が、じわじわと俺を辱めた。

 くそ、もの凄く恥ずかしい。

 やっぱり柄にもない事言うものじゃないな。


 言い切って数秒、またも無音の時間が続く。

 寝てしまったのだろうか、そんな考えが頭を過った直後に、背後から反応が無かった麗奈が抱きついてきた。


「……やっぱり貴方と出逢えて、本当に良かった」

「お、おい……!」

「やっぱり私、貴方に――恋してるみたい」

「……はぁ!?」


 いきなりのそんな発言に、俺は時計の短針が十一時を指していると言うのに、加減無しで大声を上げてしまった。

 しかしそれは仕方ない、そんな事をノーガードで言われたら誰だってこうなる。


「な、何言ってんだ!」

「……貴方日本語わからないの?」

「いやそうじゃない! そうじゃなくて……」

「――お兄煩い! 何時だと思って……」


 バタンと、大きな音を立てて部屋の扉が開いた。

 その先には動きやすそうな寝巻き姿の蜜柑が、目元を擦りながら立っていた。


 寝ていたところを俺の声によって起こされた蜜柑は、怒りよりも先に驚愕している。

 何故なら真っ暗闇の布団の中、俺と麗奈が抱き合っているように映ったからだ。


「お母さ……じゃない。柚子ちゃん、柚子ちゃん起きて! お兄が浮気してるよ!?」

「やめろ、その人物だけは今起こすな!?」


 駆け足で部屋に戻ってゆく蜜柑を止め、何とか柚子の覚醒を阻止した。

 今日は本当に色々と疲れた。

 やっぱり麗奈といると気が休まらない。

 それを心底痛感するのだった。

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