第60話
事件も一段落付き、夕食と風呂を終えた俺と麗奈は再び部屋へと戻った。
時刻は午後十時。
明日は朝早く父さんの車で新居へと戻る予定だ。
今夜は早めに寝て、明日に備えなければ。
「シスコン」
……それにしても柚子を止められたのは本当に奇跡だ。
あのまま行けば、麗奈も無事では済まなかっただろう。
父さんの知恵が役に立って良かった。
「シスコン」
…………明日は明け方の五時からの出発だ。
今日はかなり疲れた。
普段より少し早いがもう寝てしまおう。
「シス……」
「――ああもう何なんだ!」
久し振りの実家のベッドに懐かしさを覚えながら横になっていると、隣から嫌味たらしくシスコンを連呼している奴がいた。
「シスコンシスコンうっさいぞ! 俺は別にシスコンじゃねぇ!」
「あら、どうかしたの? 私はただ呼吸をしていただけなのだけれど」
「そんな呼吸があるか!」
きょとんとした顔で、麗奈はあからさまな嘘をつく。
どんな呼吸法だよそれ。
先程の一件から、麗奈は少し不機嫌になっていた。
原因は恐らく柚子の言葉。
中学生のわかり切った挑発に乗るなど、麗奈らしくないと思うが一体どうしたというのだ。
「柚子の言葉を鵜呑みするな、あいつは母さんに似て少し変わった奴なんだ」
「それで仕方なく実の妹相手に『世界で一番可愛い』などと叫んだと。申し訳ないのだけど、私から離れてくれないかしら? シスコンが移るから」
しっしと手を払う麗奈は自分から離れるよう命じる。
どうして俺が降りなければならん。
ここは俺のベッドだ。
離れて欲しいならそっちが降りれば良いではないか。
「……だいたい何で一緒のベッドに居るんだよ。布団なら押し入れにあるって言っただろ」
そう、今現在俺は麗奈と横並びでベッドにいた。
布団は父さんが用意してくれており、部屋はそこまで広くないが、下に布団を敷くスペースくらいの余裕はある。
しかし麗奈は何故かこの狭いベッドに居座っていた。
「態々出さなくともここにベッドがあるのだから、手間を掛ける必要は無いわ。それに一緒に寝るのは初めてではないでしょう?」
「……それはそうだが」
確かに初日に同じベッドで就寝したが、このベッドに二人は狭い。
なんせ一人用だ。
物理的に狭くなるのは必然だった。
というか『一緒に寝るのは初めてではない』は、中々パワーワードな気がするのだが。
しかし狭い、流石に狭すぎる。
仮に麗奈の事を意識から外したとしても、ぐっすり寝れる自信は無い。
「もういい、俺が降りるわ……」
「早かったわね」
「髪に俺の匂いが付いても知らないぞ」
「別に構わないわ――貴方なら」
普段と変わらないトーンで、そんな恥ずかしい事を平気で言ってくる。
そんな麗奈の言葉に動揺するも、自然体を装って布団を押し入れから出した。
「……電気消すぞ」
「いいわよ」
パチンと照明のスイッチを落として足元の布団に入り込む。
暗闇の中、俺は目を瞑って眠りにつこうとする。
しかし頭の中は、先程の麗奈の言葉でいっぱいになっていた。
『俺ならいい』麗奈はそう言った。
その言葉の本当の意味が気になって仕方がない。
違う……実際は気付いているのだ。
ただ気付かないように、勘違いしないように振る舞っているだけ。
こんなこと自分で言うのは何だが、麗奈は俺のことを少なくとも好意的に見ている。
それは流石の俺でも分かる。
しかし俺はそれに答えることが出来ない。
――佳奈に会うまでは。
「ねえ、まだ起きてる?」
「ああ」
そう答えると、ベッドの方で麗奈が身動きする音がした。
手洗いの場所が分からないのか?
そう思っていたが、立ち上がったであろう麗奈は、突然俺の布団の横に入り込んできた。
またも布団が狭くなる。
しかしそれよりも、侵入してきた麗奈が、やけに俺側に寄ってきていた。
横向きの寝姿勢の俺に、服越しでも伝わってくるその大きな胸が形を変える程、麗奈はその身を強く押しつけてきた。
ただでさえ狭い布団の中、部屋の壁と麗奈に挟まれ俺は身動きが取れなくなる。
「ど、どうした?」
「……」
背後にいる麗奈は何も答えない。
無言の状態が長く続く中、俺の煩い心音が麗奈に聞こえてないから不安だったが、漸く口を開いた麗奈は小声で淡々とその言葉を紡いだ。
「……もし私がここで――好きって言ったらどうする?」
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