第58話 番外編 女は敏感、男は鈍感 其の四

 円卓に足を崩して座る麗奈は、未だ子猫に夢中なようで、両耳イヤホンスタイルで動画を見ていた。

 そんな麗奈だが、今朝とは全く雰囲気が違う。

 何というか……めちゃめちゃに可愛い。


 昼間に食べた昼食に惚れ薬でも入っていたのかと思うほど、麗奈を見ていると心拍数が急激に上昇する。

 何だ、一体俺はどうしたというのだ。


「ふぅ」


 動画の再生が終了したのか、麗奈は俺のイヤホンをスマホから外してベッドに置いた。

そしてこちらにその綺麗な碧眼を向けてきた。


「……それで、何かしら?」


 どうやら麗奈は俺の視線に気付いていたらしい。

 これだけ近い距離で凝視していれば流石にバレるか。


「いや……何か今朝と雰囲気が違うなと思ってさ」

「そう、それでその答えは分かったのかしら?」


 そう問う麗奈と目が合った途端、俺の心臓は勢い良く跳ねる。

 それに対して、堪らず目を逸らした俺は動揺全開で答えてしまう。


「い、いや……その」

「……もしかして分からないの?」


 俺の反応から自身の変化に気付いてないと悟った麗奈は、少々きつめに俺を睨んできた。

 突然苛立つ麗奈にたじろいでしまうが、そんな麗奈は両の手を地につけ、四つん這いの状態でゆっくりとこちらに向かって来た。


「ならその目で確かめてみなさい――じっくりと」

「は!?」


 円卓を外周しておよそ半分の辺りでそんな事を口にする麗奈に、俺はこの小さなワンルーム中に響くほどの声を上げた。

 じりじりと距離を詰めてくる麗奈に、反射的に逃げるように後ろに下がる。


 しかし所詮はワンルーム。

 逃げ切ることなど到底出来ず、気付いた時には壁を背にしていた。


「な、何なんだ急に!」

「長いこと一緒にいると言うのに、この私の変化に気付いてない事に腹が立っただけよ」

「どんな理不尽だ!」


 逃げ場を失った俺に距離を詰める麗奈は、遂に俺の目の前へと到着。

 しかしそれでも麗奈は止まらず、今度はその綺麗な顔を俺の顔へと近づけて来た。


白く透き通った肌は触らずとも分かるほど柔く、目鼻はどちらとも可愛らしい。

しかし今一番俺の視線を釘付けにするのは、その艶のある紅い唇だ。


 息が吹きかかりそうなその距離で、麗奈に見つめられて、思わず顔を逸らしてしまう。

 しかしそんな俺の顔を麗奈は掴み、無理矢理に視線を合わせて来た。


「目を逸らされて傷付いたわ。女の子は傷付きやすい生き物なのよ?」

「ならせめてそぶりを見せろ!」

「私をそこいらの女たちと一緒にしないで」

「どっちだよ!?」


 無茶苦茶な言い分に俺は大声で答える。

 すると俺の顔を掴んでいた手の力が急に弱まった。

それと同時に麗奈の変化の真相に漸く気付く。


「……そんなに私に興味が無いの?」


 その言葉に俺は麗奈の顔に視線を戻す。

 すると自信たっぷりだった麗奈の顔は、不安一色となっていた。

 偶に現れるその一面に、麗奈もなんだかんだで女の子なんだと俺は再確認する。


「……メイク、大分ナチュラルだったから気付かなかっただけだ」

「……気付くのが遅い」


 それは流石に理不尽だ。

 男なんだから、メイクの事などよく分からないのは仕方ないだろ。

 それに麗奈は普段メイクなどはあまりしていない。


 恐らく今回は誰かにやって貰ったのだろう。

 だとすればその人物はかなり腕のたつ人間だったと言う事だ。


「今度からは気付けるよう頑張るから許してくれ」

「なら前髪を二ミリ切ったとしても直ぐに気付きなさい。もし気付けなかったら死刑よ」

「それは……善処します」


 そう答えると、顔を曇らせていた麗奈は口角を少し上げて微笑んだ。

 普段は無表情だが、やはり麗奈には笑っていて欲しい。

 その笑顔を見たら、そう思ってしまった。


「それで感想は?」

「言わせるのかよ……」

「気付かなかった罰よ」

「……よく似合ってます」


 面と向かって言うのが照れ臭く、少し顔を逸らして俺は答える。

 すると満足したのか、麗奈は嬉しそうに微笑むのだった。

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