第57話 番外編 女は敏感、男は鈍感 其の参
いきなり現れたスーツの女性は、私を見つけてご満悦。
その表情から察するに、何やら面倒事に巻き込まれた様だ。
私は何も言わずに脇を通りその女性を避けようとする。
しかし女性はまたも私の前に立ち塞がり、再度同じ質問を投げてきた。
「ねぇ貴方、ミスコンに興味はないかしら?」
「興味ありません」
「またまた〜貴方が足を止めて見てたのは知っているのよ?」
「それはこの人混みが気になっただけです」
本当の事を言ったつもりだったのだが、目の前の女性は私が本音を言うのが恥ずかしがり、嘘を付いたと思っている。
こういう話が通じないタイプの人は苦手だ。
「いや実はさ〜ミスコンに出る筈だった子が急遽出れなくなっちゃって、今現在一枠空いてるんだよね〜」
「そうですか」
「それで提案何だけど、その残りの一枠……貴方が出てみない?」
「結構です」
こんな所にいつまでも居られない。
私には帰って猫ちゃんの動画を眺めながら癒されるという、重大な使命があるのだから。
「どうしても駄目?」
「駄目です」
「そう……」
「それでは」
頑なな私を見たスーツの女性は、笑顔だったを暗くして俯いてしまった。
少しばかり申し訳ない感情が湧いてしまったが、私にはやらればならない事があるのだ。
運が悪かったと思って欲しい。
私は項垂れるスーツの女性の横を過ぎ去る。
少しロスしてしまったが、衛介が帰る前には帰宅出来そうだ。
「ま……」
最後に背後から何か聞こえたが、私は足を止めずに進んで行く。
これで本当に終わり。
そう思った直後、背後から伸びた手が私の肩を掴んだ。
「……まってえええええぇ!」
私の肩に手を掛けたのは、先程バッサリと断った筈のスーツの女性だった。
女性はステージから流れる音楽と同等の声量でそう私に告げた。
「お、お願いよ! このミスコンが上手くいかないとまた部長に怒られるの! もう始末書は沢山なのよ!」
初めの余裕ある雰囲気は何処へやら、スーツの女性は私の脚に抱き付き泣きじゃくった。
がっしり掴むその腕は、全力で女性の顔を押しても中々離さない。
その姿から、最早この女性にはプライドなど存在せず、今彼女を動かしているのは、ただ上司から怒られたくないという、そんな子供の様な願いだけなのだと理解した。
「助けて、私をだずげてよおぉぉ……」
涙で化粧は流れ落ち、顔はぐしゃぐしゃ。
見るも無残なスーツの女性は、それでも私の脚から離れようとしなかった。
そんな女性に私は小さく嘆息を吐く。
もしかしたら貴方もこんな気分だったのかしら――衛介。
「わかしましたから離して下さい」
「ぐず……だずげでぐれるのぉ?」
「助けます。けれど条件は付けさせてもらいます」
信じられないものを見た顔で私を見つめる女性に、指を一本立ててそういう。
「急いでいるので最後までは残りません。それで良ければ」
「ゔん、いい……いいよおぉ!」
私の提案に女性は泣きながら答える。
本来ならとっくに帰宅している筈だったのに、何処で歯車が狂ってしまったのだろうか。
そんな事を思いながら、私は脚に抱き付く女性が泣き止むのを待つのだった。
◇ ◇ ◇
「……可愛い」
スーツの女性が泣き止み数分後、私は現在ステージ裏のテント内に居た。
私としてはこのまま出るつもりだったが、学生とは言え一応ミスコンなので軽く化粧をする事になった。
そしてスーツの女性に化粧をしてもらった私は、鏡に映った自分を見てそう言葉を漏らす。
「ふっふーん、どう私のテクは? これでも『お前はメイクだけが取り柄だな』って部長が褒めてくれるくらいなんだから!」
それって要するにメイク以外何も無いという意味なのではないだろうか。
もう初めの出来そうなOLというイメージは崩壊し、今やポンコツOLが露見したスーツの女性だが、確かにメイクの腕はプロ顔負けの仕上がりだ。
元から可愛い私だが、その可愛さを上手いこと更に際立たせている。
「というより貴方本当に可愛いわね、普通に優勝出来るわよ」
「別にそんなものには興味ありません」
「ええ〜もしかして好きな人でもいるの?」
「ええ、います」
そう答えた直後、女性は驚きながらその話に食い付いた。
「え、誰々! 貴方ほどの可愛さなら相手は芸能人? もしくは玉の輿狙いで何処かの社長さんとか!?」
「いえ、同じ学校の生徒です」
「あ、分かった。その子学校一のイケメンなんでしょ!」
「彼はそこまでイケメンではありません」
私の返答にスーツの女性は疑問符を浮かべる。
それもその筈、私だってこの感情に気付いたのはつい最近なのだから。
「ふーん、その子の何処に惹かれたの?」
「そうですね、困ってた私を理由も聞かずに助けてくれた所ですかね」
「何そのラブコメ主人公」
確かにそう聞くと衛介は何処ぞのラブコメの主人公なのかもしれない。
そうすると私がそのヒロインなのだろうか。
――ならばいつしか私たちは結ばれるのかしら。
『さて皆さん、いよいよ次でラストとなります!』
そのアナウンスが流れると、スーツの女性がステージ台へと向かって行く。
私もその後を追ってステージの端に向かった。
『それでは最後、エントリーナンバー八番、〇〇高校!』
スピーカーから流れるその言葉と同時に、私はステージ中央へと足を運ぶ。
そしてスタッフから渡されたマイクを手に取り、一言だけ告げた。
『〇〇高校をよろしくお願いします』
そう言って私はマイクをスタッフに手渡し、ステージを後にするのだった。
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