第55話 番外編 女は敏感、男は鈍感 其の壱

 それは突然の出来事だった。


 学校から戻り、玄関の扉を開く。

 すると普段通りと言うか、最早日常と化している麗奈の革靴が俺を出迎えた。


「ただいま」


 学校から帰った俺は、ワントーン落とした声で奥にいるであろう居候に主人の帰宅を告げる。

 まあそれで奥の居候が態々こちらにやって来て『お帰りなさい』と出迎えてくれる訳でない。

 別にうちの居候はメイドなどでは無いからな。


『……』

「?」


 しかし可笑しい、不自然だ。

 奥の部屋から返事が来ない。


 確かにうちの居候は少し……いやかなり生意気だが、一般的な常識が欠如している訳ではない。

 普段ならここで『お帰りなさい』と一言返ってくるのだが今日は無い。

 もしかして居ないのか?


 しかし靴がここにあると言う事は帰宅しているのは間違いない。

 とすると寝ているのだろうか。


 俺はそんな非日常を体験しながら玄関で靴を脱ぐ。

 そして決して長くは無い廊下を曲がり、寝室兼リビングへと足を運んだ。


「何だ、やっぱり居るのかよ」


 廊下を曲がると、いつもお世話になっている円卓に居候――麗奈の後ろ姿があった。

 しかし聞こえるように言ったはずだがまたも返事無し。

 もしや本当に寝ているのだろうか。


「おーい、寝るならベッドで寝……」


 そう言いながら俺は麗奈の顔を覗き込む様に回り込む。

 しかし言い切る前に、麗奈の手元にあるスマホを見て言葉を止めた。


 麗奈の握るスマホには、猫が主人であろう人物と戯れている映像が流れていた。

 そして麗奈の耳からは俺が普段使いしているイヤホンが垂れている。

 それを見た俺は小さく嘆息を吐きながら、定位置である麗奈の反対側に腰を下ろした。


 前に一度『私の声が聞こえる程度の音量にして』とか言っていた癖に、自分は聞こえない音量にしているらしい。

 心が狭い、器が小さいと言われてもいい。

 なんか納得いかない。


 こうなったら一言いってやろうと、動画に夢中の麗奈に声を掛けようとする。

 しかし口を開くまではしたが、麗奈の顔を見て俺は硬直する。


 ――何故なら今日の麗奈は一段と可愛かったからだ。

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