第54話

 優しく微笑む俺に、暗い顔をしていた麗奈は目を丸くする。

 同じく妹二人も同じ反応を見せ、母さんまで俺の言葉に驚きを隠せなかったようだ。


「今回は失敗したかもしれない、けど次頑張ればいいんだ。そうだろ?」

「……」

「それに、そんな悄気てる麗奈なんて、ないんじゃねぇか?」

「! ……そうね、少し自分を見失ってたわ」


 その言葉を機に、麗奈は普段の堂々たる態度を取り戻す。

 それでこそ俺の知る銀麗奈と言うものだ。


 そんな俺たちのやり取りを見ていた母さんは『あらー、衛介何だか衛時さんみたいねー』などと茶化してくるが、それよりも先ほどからふるふると身体を小刻みに震わす柚子に目が行った。

 何事かと思い、皆柚子に視線を向けると、次の瞬間柚子は勢い良く地面を踏み付けた。


「何故ですかお兄様! その方はただのオムライスすらまともに作れない。そんな方、お兄様には相応しくない……お兄様が気に掛ける必要など無いのです!」


 殺気立っている柚子は、今にも麗奈に襲いかかりそうな形相をしている。

 それを見た蜜柑は『うわ……柚子ちゃん始まっちゃったよ』と小声で身を震わせ、母さんの方へと逃げて行く。


 蜜柑も大概だが、柚子のブラコンは筋金入りだ。

 恐らくあの異常さは母親譲りなのだろう。

 こうなると普段のお淑やかさなどいざ知らず、柚子は超攻撃的な狂犬へと変貌する。


「お、落ち着け柚子!」

「落ち着け? 冷静で無いのはお兄様の方なのではありませんか? まさかそこの方に何か変な事でも吹き込まれましたか……ああ、やはりあいつがお兄様を唆したのですね――この蛇め!」


 何かに取り憑かれたような動きで、柚子はふらふらと麗奈の方へと歩き出す。

 あのまま柚子が接触したら、麗奈に何をするか分からない。

 俺は急いで二人の間に割って入り、柚子の進撃を止めようと試みる。


「柚子、と……止まれ!」

「お兄様に近付く蛇など、綺麗に皮を剥いで財布にでもしてやります……」


 ぶつぶつと物騒な事を呟く柚子には、最早俺の声など届かず、ゆっくりと麗奈へとその足を進める。

 ここまでか、そう思われたその時。

 部屋の扉から一人の男が姿を現した。


「衛介……!」

「と、父さん!?」


 そこに現れたのは、まだ体調が優れない状態の父さんだった。

 壁に手を付く父さんは、暴走状態の柚子を見て即座にこの場を理解する。


「衛介……柚子を止めたいなら、今から伝える事をすぐに行うんだ……」

「わ、分かった!」


 ごくりと生唾を飲み込み、父さんの言葉を待つ。

 そして残りの全てであろう力を振り絞り、父さんは俺に伝言を残して倒れた。


「柚子を止めるその方法、それは……思いっきり抱きしめて、めちゃめちゃ褒め回す事だ……」

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