第52話
前話の最後を少し改稿しております。御確認お願いします。
◇ ◇ ◇
俺の意見などいざ知らず、突然始まる料理バトル。
まるで最初から計画されていたようなテーブルの数々の食材を見て、俺は蜜柑たちの陰謀を感じずにはいられない。
しかしそれよりも一番不安視しているのは、麗奈の料理の方だった。
はっきり言おう、麗奈の腕はまだまだ人様に出すには値しない。
幾ら最近俺と練習を重ねたとは言え、相手は蜜柑と柚子。
二人を相手にするには、その力量に大きな差がある。
そして何を隠そう、二人に料理を教えたのはこの俺なのだ。
つまり麗奈からすれば二人は兄弟子のようなものになる。
それに勝つのは現段階ではかなり厳しいのだが、先程から麗奈は食材の前で余裕のある雰囲気を見せていた。
「なにか勝算でもあるのか?」
「そんなもの無いわ」
「……ならどうしてそんな堂々としているんだ?」
「そもそも、これを私は勝負とは思っていないわ」
そんな事を真顔で言い放つ麗奈に、俺は難解な顔をする。
麗奈の言っている事が全くわからない、自分が勝負できるほど迄に至っていないという謙遜の類なのか?
「貴方はさっき、私の事を一つ認めてくれたわ」
「……あれは偶々逆上して変な事を言っただけだ」
「でも本心だったのでしょう?」
意地悪な顔つきでそういう麗奈に、決まりが悪くなり俺は顔を逸らす。
最近俺の事を弄る頻度が増え、常に主導権を握られているようで少し面倒さが増したように感じる。
「だから今回も貴方に認めてもらうわ、この料理で」
「それは……」
大量の食材の中から白い殻に包まれた卵を片手に持ち、麗奈は俺に見せつけてきた。
それを見て俺は麗奈が今から作る料理を理解する。
「そうか……なら今回の審査は世辞や気遣いは無しで行くぞ。不味かったら不味いって言うからな」
「ええ、それで結構よ」
本音での審査を約束すると、麗奈は満足そうな顔をしてキッチンの方へと足を運ぶ。
審査員である俺は調理に参加できないので、ここからは麗奈一人だ。
麗奈にはこの勝負勝ってもらいたい。
でなければ、今後俺たちはあの部屋で住めなくなる恐れがある。
そうなれば麗奈はまた寝床を探して放浪、俺は実家に戻されるだろう。
しかしそんな状況に置かれておきながらも、俺は今回麗奈の料理の腕がどれほど上がっているのかが一番気になっていた。
普段は俺が手を貸しているので、実は麗奈の実力を見たのはあのオムライス以来だったりする。
麗奈は口や顔には出さないが、料理での不器用さに悔しさを感じている。
だからこそ、今回は俺は麗奈に容赦はしない。
それは麗奈に対して失礼であり、あいつも望んでいないからだ。
「頑張れよ……麗奈」
俺はテーブルからキッチンに向けて小声でそう言う。
これは恋人ごっこからくる偽りの応援では無く、俺の心からの本音だ。
そんな細やかなエールを送り、俺は審査員の席へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ先に蜜柑たちからね!」
その声とともにテーブルに二つの皿が並ぶ。
一つは蜜柑のもの、もう一つは柚子のものだ。
中華を得意としている蜜柑は回鍋肉を、和食なら俺よりも上手な柚子は肉じゃがを俺の前に置いた。
俺はその料理の前で合掌する。
「それじゃあいただきます」
まずは蜜柑の回鍋肉に箸を伸ばす。
ピリ辛な味付けと隠し味のニンニクが食欲を刺激しビジュアル、香り、味とどれをとっても高水準だ。
控えめに言って普通に美味い。
「相変わらず蜜柑の回鍋肉は美味いな」
「でしょでしょ! 私のところに嫁に来てもいいんだよ〜?」
そこはせめて旦那だろとか、そもそも俺たちは兄妹だろとか、兎に角ツッコミが間に合わない。
これ以上褒めると対応が面倒なので蜜柑の事は放っておき、次は柚子の料理に箸を伸ばした。
蜜柑とは打って変わって、柚子の肉じゃがは優しい味付けだ。
お袋の味とでも言うのだろうか。
そんな毎日リピートしたくなるような味となっている。
実際父さんが会社の同僚と飲みに行く度に母さんが付いて行ってたので、母さんのより柚子の料理の方が食べていたりするのだが……。
「柚子、また腕を上げたな。もう俺でも和食じゃ敵わないかもしれないぞ?」
「宜しければ今度からお味噌汁をお作りに行きますよ――毎朝」
満面の笑みで言う柚子に、俺は唯々苦笑いで答える。
柚子が言うと冗談じゃ済まないのが怖いところだ。
二人の料理はとても美味しい。
それも前に食べた時より更に上手になっている。
これが同じチームから出されているのだから、相手をする麗奈には少しばかし同情してしまう。
しかし俺は麗奈と約束している。
気遣いや世辞など無く、嘘偽り無い本音の評価を。
――そして遂に、その評価を下す時が来たようだ。
「お願いします」
声とともにテーブルに一枚の皿が置かれる。
今回ばかりは誰が見ても、その料理は皆が知っているあの料理だ。
初めて作った時は真っ黒で得体の知れないものだったが、今目の前にあるのはきちんと黄色になっている。
ここまでするのに俺も麗奈も大分苦労したものだ。
「じゃあいただきます」
皿と一緒に置かれたスプーンで中央を割り、ケチャップライスと共に一口。
目を瞑り、ゆっくりと咀嚼して俺は麗奈の料理を全身で味わった。
俺はちらりと麗奈の方を見やる。
表情は普段通り無表情、しかしその両拳はエプロンの端を強く握っていた。
きっと麗奈はこの料理に全力を注いだだろう。
緊張で指でも切ったのか、左手には絆創膏を巻いている。
先程母さんが救急箱を持っていたのはその為か。
長いこと咀嚼していたそれを俺は漸く飲み込み目を開く。
そして目の前に立つ麗奈に目を向けてゆっくりと口を開いた。
――麗奈、本当に成長したな。
「不味い、はっきり言って食えたものじゃないな」
しかし俺は真っ直ぐ麗奈の目を見て、嘘偽りのない本音を麗奈に叩きつけたのだった。
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