第51話

「それじゃーあ、お母さん面接をはじまーす」


 のんびりな物言いの母さんは、両手を合わせて話を始める。

 今からここで俺たちの今後が決まる。

 気を引き締めていこう。


 因みに父さんは精神的に疲弊してしまったので、蜜柑たちに引きずられ寝室へと運ばれた。

 出会ってまだ五分も経っていないが、本当に気の毒な人だ。


「それじゃーあ、まずは衛介からね?」

「……はい」

「衛介はー麗奈ちゃんの、何処を好きになったのー?」


 初手にしていきなりクライマックスな質問を母さんは笑顔で投げてきた。

 流石は母さん、容赦がない。

 しかしこんな事で俺は屈しない。

 その質問は予想通りだ。


「そうだな、やっぱり落ち着いている所かな。俺そういう子が好きだし」

「……あらーそうなの。因みにー二番目は?」

「に……二番目?」

「そうー、二番目」


 まさかの二番目要求だと、そこまでは考えておかなかった。

 やはり母さんは一筋縄ではいかない。

 二番目……二番目か。

 麗奈の好きな所の二番目って――何処だ?


 顔なんて言ったら蹴りを入れられそうだが、他に良いところが直ぐに思い浮かばない。

 いや待て、学校一と名高い少女の美貌を褒めるのは――いけない事か?

 寧ろ麗奈なら『当然よ』とか言いそうだ。

 そうだ、いけない事では無い筈。


「か、顔かな――って痛ってえええええええ!」


 バシンと、容赦の無い平手打ちが俺の顔に直撃する。

 方角は三時の方向、発生元は麗奈からだった。


「……叩かれたいの?」

「もうぶっ叩かれてますけど!?」

「これは虫が止まっていたからよ。二足歩行の」

「前にも言われたが……俺は虫じゃねぇ!」


 くそ、割と良いビンタもらって右頬がじんじんしやがる。

 いつも自分の可愛さに酔いしれてる癖に、どうしてこんな時は認めないんだよ。

 何かすげー頭にきた、今日は少し思い切って言ってやろう。


「お前普段自分で自分の可愛さを自画自賛してるがよ……言っておくがそんなことは百も承知なんだよ! 大体お前より可愛い奴なんて見た事ねぇよ! もし違うって奴が現れたなら俺がそいつに言ってやる、そんなわけねぇだろってよ!」


 急に謙虚になった麗奈に、俺は怒り半分本音半分で盛大に怒鳴り散らかす。

 しかし内容が内容な為、ただ大声で麗奈を褒めちぎった形になってしまった。

 対して麗奈は、何か切り返してくるかと思いきや、少々動揺した様子で静かに答える。


「そ、そう……あ、ありがとう……ござい、ます……」


 あ……あれ、何だその反応は。

 普段堂々としてるのに、どうしてそんなにもじもじしながら照れる。

 そんなの見せられたら、こっちが恥ずかしくなるだろ。


 と言うか冷静になってみると、俺は何を口走っているんだ。

 麗奈にも言われたろうに、冷静さを欠くなと。

 そう思うと途端にすげー恥ずかしくなってきた。

 くそ、穴があったら入りたい……。


「……はーいそこまで。らぶらぶなのは結構だけどー、今はお母さん面接中よ。二人共ー良いわね?」


 俺たちのやり取りを見て、母さんは笑顔のままそう告げる。

 その言葉に俺は表面上はさっぱり忘れた振りをするが、頬を桜色に染めていた麗奈の顔が頭から離れず、中々忘れられそうにない。

 また見たことない顔を見せられ、俺の心臓は煩く脈を打っていた。


「それじゃあ続けまーす。次は麗奈ちゃんねー?」

「……はい」

「衛介との馴れ初めをー、聞かせてくださーい」


 うきうきしながら話す母さんは、俺たちの出会いに興味津々だ。

 何歳になっても女という生き物は、恋バナが好きなものなのか。


「そうですね。衛介とは補導されそうになっている所で……初めて出会いました」

「まあー、もしかして衛介が助けてくれたの?」

「はい。あんな所を見たら、巻き込まれないように立ち去ると思うのですが……彼はそんな中、見ず知らずの私を助けてくれました」

「あらー衛介やるわねー、流石衛時さんの息子ねー」


 人の恋バナを聞いておいて、結局自分の夫の話になる辺り、やはり母さんといったところか。

 それにしても本当にあった出来事だが、それを馴れ初めのように聞かせるその話術。

 麗奈のその才能は、本当に流石としか言いようがない。

 何処となくその話し方に、熱がこもっていたのが気になる所だが……。


「それじゃーあ、次は――」「お母様、お話があります」


 顎に手を立て『うーん』と悩む母さんに、突如開いた扉から現れた柚子が物申す。

 横には蜜柑も連れており、二人の顔は真剣そのもの。

 俺たちの会談に割って入ってきたんだ、急を要する事なのかも知れないと思っていたが。


「お母様、もしかしてお二人の事を――お認めになられるおつもりですか?」

「そうだよお母さん! あんな顔だけの女にお兄は渡さないよ!」


 どうやらドア越しに話を聞いていた二人は、俺たちの交際に反対のようだ。

 しかしそれよりも冷静な柚子とは逆に、来年で高校生だというに小学生みたいな事を言い出す蜜柑に、少し悲しさを感じた。

 この二人生まれる順番逆だろ。


 それにしてもこいつらの発言、この後何か起きるのではないかと思えてしまう。

 この何だか分からない胸の不安は、今のうちに取り払ってしまおう。


「おい二人共失礼だろ。俺のか……彼女に」

「見たお母さん! 明らかに怪しくない!?」

「蜜柑お姉様の言う通りです、私もお二人の仲を怪訝しております」


 やばい、普段そんな事口にしないから、声が上擦ってしまい怪しまれた。

 こうなると二人は中々譲らない。

 ……面倒なことになってしまった。


「うーん、お母さん二人の事ー応援するつもりだけど?」

「ほら二人共、母さんもこう言ってるんだから部屋に戻――」「ならば、勝負にしませんか?」

「しょうぶー?」


 聞き分けの悪い斉藤シスターズは、勝負という単語を口に出し、その場に居座る。

 その言葉に俺や麗奈、そして母さんは全員首を傾げた。

 勝負って一体何だよ、というか何の勝負だよ。


「私たち二人か、そこの偽りの彼女様か、どちらがよりお兄様に相応しいか――勝負させて下さいませ」

「なるほどー!」


 娘たちの言葉を漸く理解できて、母さんは嬉しそうな顔を見せる。

 そしてその提案が面白かったのか、ふふふと笑う母さんは親指と人差し指で輪を作り、オーケーサインを出した。


「おーけーです!」

「母さん!?」

「衛介よく聞いてー、今柚子たちの立場にーお母さんが立ってたら、間違いなくーお母さんも同じ事を言うわー。だってー衛時さん取られたくないしー?」

「ほんといつも父さんの事しか頭にないね!?」


 俺の渾身のツッコミに『やだー、照れる事言わないでよー』と身体をいやんいやんと揺らす母さん。

 見てるこっちが恥ずかしい、麗奈もいるので今すぐやめてくれ。


「兎に角ー、三人の勝負はーお母さんが預かりまーす。でもー試合内容はお母さんがー決めまーす」

「はい」「おっけー!」「分かりました」


 俺を置き去りに勝手に話は進んでゆく。

 というか何故麗奈までやる気になっている。

 下手したら家出の事がバレてしまうというのに。


 ここまで来たら、何とかして麗奈に勝ってもらわねばならない。

 最近頼んでばっかりだが、頼むぞ麗奈。


「それじゃーあ、勝負は一本で――お料理ね?」


 その言葉に俺は、別に何かしらの能力者とかでは無いのだが、その試合の結果が見えてしまったのだった。

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