第49話


 修羅場、それは激しい戦争が起きている状況を指す言葉。

 しかし今、この場をその言葉で説明するにはまだ早い。


 嵐の前の静けさとでも言うんだろうか。

 静寂だけがこの場を支配しており、お互い睨み合うような形で時間が停止していた。

 しかしそんな現状をぶち壊し、戦争の火蓋を切ったものが現れる。


「あ、あんた一体誰なんだ! どうしてお兄の事……って呼んでるんだよ!」


 柔道部で声出しをしているであろう蜜柑は、その腹から出ている爆音のような声量で麗奈に大声をぶつける。

 そんな開戦の笛にも似た怒号を受ける麗奈は、俺をちらりと見てきた。


(もしかして私……ドジった?)

(ああ、かなり薄い所を引いたって感じだ)

(そう。それでどうして本物の妹さんたちがいるのかしら?)

(知らん、勝手に来たみたいだ)


 そんなやり取りを、言葉一つ使わずアイコンタクトで交わす。

 すると麗奈の行動を不審に思った柚子は、俺を抱きしめる力を強めてきた。

 その女子中学生らしからぬ圧力に、俺は激しい悲鳴を上げてしまう。


「いだだたたた!?」

「――お兄様、あそこの方と今……何をお話しされていましたの?」

「へ? 柚子ちゃん、お兄は何も喋って無かったよ?」

「違いますわ蜜柑お姉様、二人はアイコンタクトでお話ししておりましたの」


 冷静に分析する柚子に、蜜柑は成る程と感心する。

 しかしその間も俺への締め付けは一切緩まない。


 俺は柚子の肩を軽く叩き、ギブアップの意思を伝えた。

 すると柚子は漸く拘束を解除し、身体を麗奈の方へと向ける。


「みっともないお姿をお見せして、申し訳ありませんでした」

「いいえ、兄弟仲が良さそうで感心したわ」


 いつものお淑やかさを取り戻した柚子はお手本のようなお辞儀を見せる。

 そんな事を気にするそぶりを見せぬ麗奈は、寧ろ俺たちの兄弟仲を賞賛した。

 あいつは何を見てそんな事思ったんだ。

 どう見ても俺が柚子に絞め技をくらってただろうが。


「それで、結局のところ貴方様はお兄様の何なのです? 因みに兄妹ではない事は私たちが一番理解しておりますので」


 穏やかな顔をしていた柚子だが、その言葉を境に鋭い目付きを麗奈へと向ける。

 その眼光は、とても女子中学生が向けて良いものではなかった。


 敵や仇、そう言った者に向ける憎悪を込めたその瞳。

 それを向ける麗奈のことを、俺たちの兄妹仲を割く外敵として柚子は識別している。

 先程の『お兄ちゃん』呼びが、もしかしたらそれに拍車を掛けているかもしれない。


 再び麗奈は俺に視線を送ろうとする。

 しかし今度は俺の目を蜜柑が塞ぎ、アイコンタクトを取らせないようにしてきた。

 これでは麗奈と意思疎通が出来ない。


「さあ答えてください――見知らぬお姉様?」

「……」


 どうする、どう答えるんだ麗奈。

 兄妹ならこの場を上手く収められたが、それは二人蜜柑と柚子には通用しない。

 かと言ってうちの鍵を持ち、自由に出入りを許しているような奴の事を、ただの友人と呼ぶのは無理がある。

 しかし他に選択肢が存在しない、これでは八方塞がりだ。


「柚子、違うんだ。そいつはその……」

「お兄様は黙ってて下さい……蜜柑お姉様?」

「おっけー!」


 その言葉とともに俺の目を塞ぐ蜜柑は、流れるように俺の顔に登り、顔ごと地面に叩きつけられた。

 その後直ぐに俺の首を脚で挟み、三角絞めを掛けてきた。


「み、みか……ん!」

「義妹を作るような浮気者のお兄なんか、このまま愛妹の太腿で失神しなよ!」

「ぐ……」


 まずい、このままだと本当に意識が飛ぶ。

 俺は直ぐに降参の意を蜜柑に送るが、締め付けは依然として変わらない。

 蜜柑の奴、このまま本気で落としに来ている。


「さあ、お答え下さいませ?」

「そうね……私たちの関係、それは――」


 そう言った麗奈は、懐からを取り出す。

 正確にはその状態を目視していないので、そう言った動作の音が聞こえた。

 そして取り出した何かを見せつけ、それを見た二人は驚き声を上げる。


「そ……それは!?」

「な……なっ!?」


 何だ、一体何が起きている。

 目の前に広がるは引き締まった、しかし女子の柔さだけは残してある太腿だけであり、他の状況が全く確認できない。

 ゆっくりと意識も薄れてきており、耳も遠くなって行く。


 しかし刹那、動揺したであろう蜜柑の拘束が緩んだ。

 残りの意識を強く持ち、その太腿の隙間から麗奈を盗み見る。

 するとそこにはスマホの画面を見せる麗奈の姿があった。

 そしてそこに映されているで現状を全て察した。


 ――やってんなぁ、麗奈。


 立ち上がり、麗奈を止めようとするが、再び蜜柑の力が戻る。

 完全にキマッている三角絞めに、俺は力無く倒れ意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る