第47話
「まあ似合っているじゃないの二人とも〜!」
裏から出てきた俺たちを見て、店長は親戚のおばさんみたいな事を言う。
メイド服が似合っているなど言われたのは人生初だ。
それと流石に男としてホールに出るわけには行かなかったので、一応ウィッグと麗奈にしてもらった化粧で軽い女装をしている。
何かあった時は麗奈にフォローして貰えるので、後の女子特有の仕草などはうまく誤魔化すしかない。
気を決め引き締めていこう。
「それじゃあ、これから四時間よろしくね?」
「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
たった四時間、学校よりは遥かに短い時間だ。
しかし今の俺にはそのたった四時間が地獄にしか感じない。
ましてやこの店は駅から少し離れているとは言え、徒歩十分の距離にある。
今切実に願うのは一秒でも早く終わって欲しい事と、学校の知り合いに会わない事だ。
一番会いたくないのは白石辺りだな。
「じゃあまずは、未来の先輩たちを見てもらおうかしら」
そう言って店長はフロアで働くメイドたちに顔を向ける。
その中で特にテキパキ働いている一人に、俺たちは視線を集中させた。
「あの子最近入った子でね。良く働いてくれるし、小さくて可愛いから人気も高いのよ〜」
「そうなんですか……って」
俺は店長が絶賛するその店員に目を凝らす。
特徴的な桃色の髪、それに高校生とは思えない背丈、後ろ姿しか確認を取れていないがまさか……。
いやそんな馬鹿な事はあり得ない、あってはならない。
頼むから違ってくれ。
そう一心に願っていると、その店員は店の扉が開くと同時に満面の笑みで客を出迎えた。
そしてちらっと見えたその横顔を見て俺は絶句する。
「おかえりなさいませ、ご主人様〜!」
何故ならその少女は、見知った学校の者だったからだ。
◇ ◇ ◇
「紹介するわね、八神桃ちゃんよ。店ではモモちゃんと――」
「な、何でここに銀がいるんだ!」
「見学よ。貴方こそ意外ね、こんな所でバイトしているなんて」
驚く八神とは対照的に、麗奈の方は普段通りな反応を見せる。
そんな二人の会話を横で見ていた店長は、俺に近付き耳打ちをしてきた。
「ねぇ衛介ちゃん、あの二人って知り合いなの? それに『銀』って?」
「ええと……ほら、麗奈のやつ綺麗な銀髪をしているじゃないですか。そこから取った、に……ニックネームですよ!」
危ない危ない、ここで食い違いが発覚したら俺はここで店長に命を刈られるだろう。
何としてでもそれは避けたいので必死に誤魔化す。
店長は怪訝そうな顔をするが、敢えて追及はしてこなかった。
恐らく納得はしていないが、変に首を突っ込むのを控えたのだろう。
いや、寧ろ下手に何か言って麗奈を手放す事になるのを避けたかったのかも知れない。
まあその方がこちら的には好都合なのだが。
「まあいいわ。八神ちゃん、未来の後輩になり得る二人に店の事を教えてあげて頂戴」
「……分かりました」
「それじゃあよろしくね?」
八神の肩を優しく叩き、店長は再び奥へと消えていった。
これで少しは楽になるな。
それにしても、麗奈の言う通り八神がここでバイトしているのは意外だった。
てっきり八神はこういった可愛いカルチャーには興味無しと思っていたが……。
するとそんな俺の心境などいざ知らず、八神は面倒な顔を見せつつも店の説明は始めようとする。
しかしその前に、麗奈の横にいる見知らぬ俺の身元を聞いた。
「それで、そこにいるのはあんたの連れなの?」
「ええ、私の友人よ」
そう言って麗奈は俺の腕を引っ張り、その柔い身体で抱いた。
するとどうだろう、俺の腕は麗奈の大き目の胸に挟まれ、その至福の感触に俺は襲われる。
プリンの様に柔らかいがきちんと弾力があり、それはもう永遠に触れていても飽きがこない。
そんな魔性の存在に包まれ心が高揚するが、しかし俺は慌てて大声を出す。
「ちょ、れ……!」
まずい、今の設定は兄妹だがそれは店長用のもの。
八神の前では友人と伝えてしまった。
ならばここでは麗奈の事を何と呼ぼうか。
「あら……どうしていつもみたいに『麗奈ちゃん』と呼んでくれないの
「へ……衛理?」
「自分の名前を忘れちゃうなんて、とんだお馬鹿さんね。衛理は?」
成る程、衛介から一文字変えて衛理か。
まあそれなら覚えやすいし、思いのほか馴染んでいる。
即興の割には良いセンスだな。
「わ、分かったら離れてよ、れ……麗奈ちゃん!」
「ぷっ……ごめんなさいね衛理」
「れ、麗奈……ちゃん!」
「あんた達仲良いのね、銀がそんなに楽しそうにしてるの初めて見たわ」
「そうよ、私たち超がつく程仲が良いの」
そう言ってまた俺にくっ付いてこようとする麗奈を、今度は軽く躱す。
少し不満げな顔を向けてくるが、これではいつまでたっても先に進まない。
俺は八神に向き直り、深く頭を下げる。、
「それじゃあ八神さん、よろしくお願いします」
「モモで良いわよ、それじゃあ始まるわ。ここの店は文字通りメイドが接客する喫茶よ。けれどある一点に置いては他の店と一線を画しているわ」
「ある一点?」
「そう、今からそれが見られるわ、あそこを見なさい」
店の一番奥、四人掛けのテーブル席を指差す八神。
その席には一人の男性客が座っていた。
スーツ姿と会社使いの鞄、恐らくあれはサラリーマンだろう。
そんなリーマンの横には、うちの店員ことメイドが一人付いており、二人楽しそうに笑談している。
もしやあの接待のような事がこの店の特色なのか?
しかしそんな考えを裏切るかのように、もう一人の店員が何かを持ってその席に現れる。
その店員がお盆の上に乗せている黒光する物に、俺は激しく戦慄した。
あれは――鞭か?
「始まるぞ……」
「え、え?」
一体何が始まるのか分からないまま、奥のテーブルに異変が起きる。
客と笑談していたメイドは、もう一人のメイドが持つお盆からその罪人を罰する道具を受け取った。
すると今度はそのメイドは徐に立ち上がり、客の方に顔を向けて悪い笑顔を見せる。
そしてゆっくりと黒光するそれを天に掲げたら――勢いよく客の腕に叩きつけた。
「おっらああ! お前まだ勤務時間だろうが! それなのに良くこんな所に顔を出したもんだな――ああ!?」
「あひぃぃ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「ご主人様も付けろよ……このデコ助がああ!」
「ひぎいぃぃ! ありがとうございますご主人様ああぁ!」
先程まで可愛い顔をしたメイドが豹変、ドスの効いた低い声でリーマンに罵声を浴びせる。
それと同時に右手に持つ黒光する鞭がリーマンを襲う。
その神速、連撃からなる鞭打ちに、リーマンは苦顔を見せる――と思いきや、寧ろ喜びの表情が浮かんでいた。
な、何なんだこの店は。
「あ、あのモモさん。ここってまさか……」
「そうだよ、ここはただのメイド喫茶じゃない。痛み苦しみ、それらの快楽を求める変態が集う店、それが『メイド喫茶ピース』なんだよ」
苦痛を快楽に感じる変態が集う店だと?
それってかなりヤバイ所じゃないか。
これだったのか、俺のセンサーが反応していたのは。
未だ鞭打つメイドの目はそれはもう楽しそうで、打たれているリーマンの方もとても高揚している。
win-win、これほど的確にこの状況を説明できる単語があるだろうか。
しかし俺は声を大にして言いたい。
――こんな所に麗奈を置くことはできません!
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