第46話
試験終了の放課後、俺と麗奈は件のメイド喫茶へと訪れていた。
「おかえりなさいませ、ご主人様〜!」
「すみません、電話した斉藤です」
「あ、こんにちは! 奥にどうぞ〜」
店の扉を開くと、可愛らしい声が俺たちを出迎えた。
それに軽く会釈を返し、俺たちは店の奥へと向かう。
一度ノックしてから休暇室と書かれた扉を開く。
そこには、フリルをふんだんに使用した可愛らしいメイド服を着た――屈強な男がいた。
「ようこそ衛介ちゃん、それから麗奈ちゃん。まずはそこに掛けて頂戴?」
な、何なんだこの巨漢は。
某格ゲーの脳筋キャラとして登場していても可笑しくない図体をしている。
こんな可愛いだけしか求めていない店に、とんでもない不純物が混ざっているではないか。
そんなビジュアルに反して、中身はオネェであろう巨漢こと店長の指示通り、手前のパイプ椅子に俺たちは腰掛ける。
「今日は来てくれてありがとう。覚えているわよ麗奈ちゃん、貴方ほどの逸材は中々いないもの」
「光栄です」
麗奈は駅前で店長にあったと言ってたが、こんなのが駅前にいたら普通離れるだろう。
いや麗奈は確か『しつこくて』といってたな。
流石の麗奈も、こんな男に迫られて断るのは難しかったというところか。
それにしても、趣味なのか店の方針なのか分からないが、いい歳した大人が、ましては元軍人だと言われても一切違和感ない体格の男が、黒を基調としたフリフリの可愛いメイド服を着るのは見ていて良いものではない。
ただでさえ外は暑いというのに、室内でも体調を崩しそうだ。
「今日はうちの見学って事なのよね?」
「そうです」
「分かったわ、けれど店のルールには従ってもらうわよ。ここは好きに使っていいから、これに着替えたらホールに来て頂戴ね」
そういって店長は袋に入った新品のメイド服をテーブルに置いた。
どうやら店のルールというのは、従業員側はメイド服を強制着用しなければいけないものらしい。
だからこんな厳つい店長も着ているのか。
しかしそれよりも、俺はテーブルに置かれたメイド服を見て戦慄する。
何でメイド服が――二枚もあるんだ?
「衛介ちゃんも終わったらホールに来てね?」
「いや行きませんよ!? 俺はこいつの付き添いなだけですから!」
どうして俺まで着なければならないのだ。
それもメイド服なんて、俺は男だぞ?
「へぇ、うちのルールに背くってのかい……良い度胸だ」
「あ、あの……?」
「悪いがねぇ、うちで働くからには守ってもらう掟があるんだよ。郷に入っては郷に従えってねぇ……分かるかい?」
「は……はい」
俺の太腿よりもはるかに太いその片腕をテーブルに乗せ、店長はギラリと俺を睨みつける。
圧倒的なその威圧を受けた俺はハムスターのように縮こまる。
というか今日は見学なのだから、制服のままでも良いと思うのだが……。
しかしこれ以上何か言えば最悪死人が出かねないので、俺話が終わるまで終始沈黙を貫いた。
「それじゃあ、また後でね」
「す、すみません。着替えってどこですれば……?」
「ここで良いじゃない?」
「でもこいつと一緒じゃ……」
「けど貴方達兄妹さん何でしょう?」
そう、そうなのだ。
俺たち二人は兄妹――という設定なのだ。
昨日、店を見学したいと電話をしたのだが、店に入れるのは女子だけだと言われてしまった。
しかし麗奈も未開の地に一人で足を踏み入れるのは嫌だと聞かなく、仕方なく俺が麗奈の兄として何とか話を付けたのだ。
「兄妹なら裸の一つや二つ、散々見てるでしょう?」
「いやでも、俺もこいつも年が年ですし……」
「何よ衛介ちゃん、貴方麗奈ちゃんの裸で欲情しちゃうの? 妹なのに?」
「うっ……」
確かに本物の妹なら欲情なんてするはずがない。
しかし麗奈は設定の妹だ、裸なんて見たら大変なことになってしまう。
「それにこの店、女の子しか雇うつもり無いから更衣室と兼用してるのよ。だからここしかないの」
「……そうですか」
「それじゃあよろしくね〜」
ゆっくりと扉が閉まる音を最後に、店長は出て行った。
休憩室には俺と麗奈二人、互いにメイド服を持っている。
これは覚悟を決めるしかないか。
手を持ったビニールの包装を解き、中からメイド服を取り出す。
こんなふりふりなの、今から着るのか。
どうしてこんな事に……。
「考えたって仕方ないわよ」
「そうだな……って、着替えるなら着替えるって言え!」
「着替えるわ」
「遅ぇよ!」
雪のように白く張りのあるその柔肌と、上下セットの漆黒の下着姿にまでなっている麗奈に俺はツッコミを入れる。
しかし麗奈は全く動じず着替えを続ける。
その魔性の姿に俺の視線は釘付けにされそうになり、反対を向いて俺も上着を脱ごうとする。
しかしその時だった。
「それで、感想は?」
「……何のことだ」
「こんな美少女の裸を拝んでおいて、一言も無いなんて失礼じゃないかしら?」
下着姿を見せつけている麗奈は俺にそう問う。
こいつは俺に何を言わせたいんだ。
自画自賛するほど美しい身体ですねとでも言って欲しいのか。
「……あんまそういうの男に聞くのはどうかと思うぞ?」
「十点、罰としてそれ私が着せてあげるわ」
「ま、待て……まだ心の準備が――いやああああぁ!」
この瞬間、俺は麗奈の手によって、人生初のメイド服着用の儀を終えたのだった。
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